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薬屋たぬきの恩返し~命を救われた子狸は、茅葺屋根の家で竜と愛を育む~   作者: ジュレヌク


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第三話 冒険者ギルドの天使

夜の帳が下り、月の柔らかな光が降り注ぐ『薬屋たぬき』に、一人の男が訪れた。



「こんばんは、オタケさん」



暖簾をくぐって顔を見せた彼の目は、まるで久しぶりに孫に会った祖父のように優しい。



「こんばんは、イブー様」



冒険者ギルドの長をつとめる梟族のイブーは、注文していた回復薬の受取にやって来た。


教会が販売するポーションと違い、オタケの作る薬は、効き目が薄い代わりに値段が安い。


軽い怪我や体調不良等にちょうど良く、栄養ドリンクのような役割を果たしていた。


夜間に購入できる者は、無論直接店を訪れるのだが、それが敵わない者もいる。


なにせ、昼間に買いたくとも、薬屋たぬきは開いていないのだ。


その為、冒険者ギルドや商業者ギルドでも、少量ではあるがオタケから薬を購入し、手数料を加算して販売している。



「ご注文の回復薬、20本です。ご確認ください」


「いつも助かります。ありがとう、オタケさん」



白い髪を後ろに撫で付けたイブーは、丸めがねを人差し指でクイッと持ち上げた後、受取書にサインを代金を台の上に置いた。


しかし、金の入った袋は見るからに重そうで、定価以上の金額が入っていることは見なくても分かる。



「イブーさん、多すぎます」



戸惑ったオタケは、慌てて袋を押し返したが、イブーもイブーで押し返してくる。



「これは、冒険者達が、前回仕入れた回復薬を購入した際、お釣りを拒否したことによる差額分です」



銅貨八枚のところ、銀貨一枚を出し、お釣りの銅貨二枚を拒否。


そんな輩が多数居たため、なんと銅貨が二十枚以上多くギルドに支払われていたという。


それを収入とすることも出来たが、真面目なイブーも、それを良しとしない。


もし、そんな事をしたら、冒険者達から誹りを受ける。


唯でさえ、単独行動が多い彼らは、こだわりも強く、まとめるのが大変なのだ。


出来る限り、問題を起こしたくない。


故に、余った金は、オタケが受け取るのが皆にとっても一番良い解決策なのだ。



「彼らは、貴方に感謝を伝えたいが為に、こうして余分を払うのです。受け取っていただかないと、こちらも収支が合いません」



頑なに押し付けてこようとするイブーに、最後はオタケの方が折れた。



「それでは、ありがたく……」



ただでさえタレ目なオタケが、眉を下げると益々愛らしい顔になる。


困り顔のオタケを見て笑いをこらえるイブーに、彼女は口を尖らせながらも、頭を下げて足元にある籠の中を漁り始めた。



「では、その余分を支払われた方に、こちらをお渡しください」



せめて支払った差額分の補填にと、オタケが出してきたのは、彼女がおやつに作った干し芋だ。


保存食にもなるし、携帯もしやすい。


遠征などで甘味などが恋しくなる冒険者には、小腹を満たせる上に、癒しにもなるだろう。


そして、安価なため、相手もお礼として受け取りやすい。



「これは、逆に、奴らにとってご褒美なのでは?」


「いえ、お芋さんも、農家の方におすそ分けしていただいたものなのです。多く頂いたので、一人で消費しきれずどうしようかと思っていました」


「それならば、ありがたく頂きましょう」



話が付いたので、イブーは、紳士的に一礼すると、お隣さんへと戻っていった。


これが、他の冒険者では、こうはならない。


何せ、彼らは、「我等の天使」とオタケを崇め奉る勢いなのだ。


可愛い見た目は勿論のこと、薬の効き目も言う事がない。


冒険者だからと言って、皆が金持ちではないのだ。


安価でも一定の効果が期待できるオタケの薬は、些細な体調不良でも命の危険に繋がる彼らにとっては「お守り」のようなもの。


特に回復薬は、ダンジョンに潜る際の必需品となっている。


冒険者たちも、オタケが臆病なのを知っている為騒ぎ立てることはないが、商品を見て廻るふりをして、なかなか店から出て行かない。


調薬作業をするオタケ。


商品を袋詰めするオタケ。


掃除をするオタケ。


時々、茶などを振舞ってくれるオタケ。


そんな彼女をしゃべり掛けたい気持ちを抑え、そっと見つめる姿は、普段の騒がしい彼らを知るイブーから見れば気味悪いだけだ。


冒険者達の深夜アイドル、オタケ。


誘いもしないのに、夜の十二時を越えた辺りから、一人、また一人と冒険者が現れる。


その中に、リンドヴルムも含まれており、他の客とは明らかに違う特別待遇を皆、指を咥えて見ているしかない。



「リンドヴルム様、いらっしゃいませ」


「やぁ、オタケ、これは土産だ」



名指しで仕事の依頼が入るほどの実力者であるリンドヴルムは、国外の仕事も多い。


出向いた先で、美味しそうな食べ物があると、彼は必ず土産と称して大量に購入してくる。


そして、彼がオタケへの土産を一秒でも早く持って帰るため、竜の姿で飛行する姿は、最近当たり前になりつつあった。



「また、こんなに沢山。私一人では、消費し切れないのです。どうか、もっと量を抑えてください」



手渡されたリンゴは、布の袋に三十個以上入っている。


しかし、本命の土産は、テーブルの上に置かれた髪飾り。


リンドヴルムは、それが妙に恥ずかしいらしく、誤魔化す為に別のものを大量に購入し、そのオマケのような形で、そっと置いて帰るのだ。



「オタケが以前焼いてくれたアップルパイが、食べたい。焼いてくれるか?」


「まぁ。それならそうと最初からおっしゃってくださったら良いのに。リンドヴルム様のお願いなら、何個だって焼きます」



まるで新婚さんのような初々しいやりとりに、周りの冒険者たちは体が痒くなり、ボリボリと力強く脇や背中を掻く。



「あれで、付き合ってないとか、どういうことだよ」



一人が呟けば、他の面々も小刻みに頷き、鈍すぎるリンドヴルムに溜息をつく。


ここに居る冒険者は、確かにオタケを天使と崇めているが、決して恋人になりたいわけではない。


臆病で、物音に弱くて、それでいて馴染みの客を温かく受け入れるオタケには、何処か悲しい影が見え隠れする。


まだまだ幼く見える彼女が、たった一人異国にいることを考えれば、多少事情も汲み取れるというものだ。


それを心配する彼らは、オタケの幸せだけを祈っているのだ。


その相手が、リンドヴルムであるなら文句はない。


ただ、あれだけオタケに特別扱いを受けながら、その点に関しては、まったく意識していない彼に歯がゆさも感じる。


後押ししてやりたくもあるが、囃し立てればオタケは逃げてしまうだろう。


結局見守るしかない彼らは、時々腹が立ちすぎてリンドヴルムを意味もなく殴ってやりたくなる。


ただ、殴ろうにも一発入れる前に自分が殴り飛ばされるから行動に移さないだけだ。



「アップルパイなら、売り出してくれれば、俺も子供に買って帰ってやれるのになぁ」



既婚者の一人が、オタケに聞こえるような声で独り言を言った。


これで、作り過ぎたアップルパイは、明日の夜には店頭に並ぶことだろう。


この場にいる者は、皆が目配せして、他に情報を洩らさないように頷きあう。


なにせ、彼女の作る料理は、上手い。


甘味だろうが、惣菜だろうが、店頭に並べば、あっという間に消えてなくなるのだ。


それも、作り過ぎた時だけの臨時販売ともなれば、争奪戦は過激さを増す。


先手必勝で情報を得た彼らは、明日、開店と同時に店に雪崩れ込むだろう。


ただ一人、全てのアップルパイを独り占めしようとしていたリンドヴルムだけが、オタケに気付かれないよう気をつけながら周りの面々に牙を剥いて見せていた。



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