第ニ話 王都の茅葺き屋根の家
世界屈指のダンジョンを有するシルバーナ王国は、何百年も昔から竜人が治めており、その生活水準は他の追随を許さないほど裕福なものである。
この恩恵にあやかろうと多種多様な種族が移民として住み着いたことで、色鮮やかな文化が花開き、更に王都に華やかさを添えていた。
一攫千金を求めて集まる冒険者達、ダンジョンのドロップ品を扱う商人、彼らの胃袋を満足させる料理人、右を見ても左を見ても、活気ある光景は観光で訪れる人々の気持ちまでも明るくさせる。
特に並び立つ冒険者ギルドと商業者ギルドの本部は、壁に大理石を使用しており、太陽の反射でそれ自体が白く輝くように見えた。
しかも、八階建ての一番上に、高価な色ガラスを使ったステンドグラスでそれぞれの紋章をあしらっており、行きかう人は、溜息を付きながら上を見上げ、その荘厳さに目を輝かせている。
だが、この二つの建物の間にある平屋建ての小さな建物に気付く旅行者はいない。
細長い草を束にして敷き詰めてある屋根と黒く炙った板で囲われた壁は、家と言うより家畜小屋に近い。
本当なら、煉瓦造り建物が多く並ぶ王都にあって、この異質な佇まいは人目を引く存在になってもおかしくはないだろう。
しかし、両側に建つギルド本部のせいで日中ですら薄暗い空間では、この全体的に地味な色合いの建物は、騙し絵のように見えなくなってしまう。
看板代わりに吊るされた紙でできたランタンには、筆文字で『薬屋たぬき』と東の国の言葉で書きなぐってあり、インクが垂れたのか文字が滲んでいた。
風で揺れると一部破れた部分が、人の口のようにパクパクと開いたり閉じたりしており、みすぼらしさに拍車をかけている。
まるで幽霊でも出そうな店構えだが、ここが、なかなかの人気店なのだと言えば観光客は驚くだろう。
今は、ちょうど昼食時で、店の入口は固く閉ざされている。
ここが本領を発揮するのは、日が暮れてからなのだ。
夕闇がせまり、街灯に明かりが着く頃、ランタンに蝋燭が入れられユラユラとオレンジ色の光が心もとなく光る。
他の薬屋や診療所が閉まる中、ここは深夜営業を始めるのだ。
切り盛りするのは、看板娘兼薬師の少女オタケ。
リンドヴルムに命を救われた、あの狸の獣人だ。
夜行性と言うことを逆手にとって夜しか明けない薬屋を開くと、その噂が徐々に広まり、両隣のギルドから来る冒険者や商人達だけでなく、子供が夜中に発熱した親など幅広い客層に愛される店となっていた。
競合すると思われていた薬局や病院、教会の治癒院も、夜中たたき起こされることが無くなった上、オタケが作る薬が、効き目の穏やかな野草を原料としているため、昼間に受診するまでの応急処置として受け入れてくれている。
互いに、持ちつ持たれつの間柄と言うこともあり、オタケは、売った薬の効能などを詳しく記したものを、必ず受診の際に医師に手渡すようにと客に伝えていた。
こうして、開店してから一年になるが、今では、この町には無くてはならない薬屋になっている。
彼女の服装は、今も東の国特有の『着物』という布を重ねて着用するものだ。
頭には三角頭巾。
『割烹着』と呼ばれる腕まで覆う白い独特のエプロンを身につけ、壁一面に設けられた小さな引き出しの中身を一つ一つ確認しては数を数えている。
本人は、今年十九歳になると言い張っているが、体も小柄なために、どう見ても十三、四。
体の大きな竜人から見れば、十にも満たない幼児に見える。
商業者ギルドに登録し、店を開くのには十八歳以上と言う年齢制限があるため、虚偽申請をしているのではないかともっぱらの噂だ。
しかし、この店が、夜間唯一の医療機関とも言えるため、だれも不満を訴えるものはいない。
「こんばんは、オタケちゃん、傷薬を貰いたいんだけど」
店に入ってきたのは、この薬屋の真ん前に店を構える宿屋の女将アピス。どうやら、料理をしている最中に指を切ったらしい。
オタケは、コクリと頷くと、小さな貝殻に入った練薬を引き出しから取り出した。
「オタケちゃんの薬は、良く効くから、本当に助かるわ」
ほめられて、ちょっと嬉しいオタケは、オマケに手作りの飴を一掴み一緒に袋に入れた。
「おや、こりゃ家に帰ったら旦那も喜ぶよ」
砂糖と生姜を煮詰めて作った素朴な味は、オタケの母の味でもある。風邪を引き始めた子供達に、よく作って舐めさせてくれた。
オタケは、ジンワリと喉が温かくなるのを感じながら、お白湯を飲むのが昔から好きだった。
舐めるたびに思い出す母の笑顔。
ちょっとセンチメンタルになったオタケの表情を見て、アピスは、訳も分からず抱き締めてあげたくなる。
ただ、風で揺れる木々の音ですら驚く臆病なオタケを刺激せぬよう、見守るだけにするのは、街の皆の暗黙のルールだ。
その代わり、アピスは、オタケの夜食にと思い作ってきたお弁当をテーブルの上に置く。
「オタケちゃん、ありがとうね。教会も病院も、この時間じゃ閉まっているから、昔は皆苦労したんだよ。今じゃ、夜中でも、ここが空いているから安心して暮らせる。これは、そのお礼」
「アピスさん、いつもありがとうございます」
「なに、ご近所同士、持ちつ持たれつ。これからもよろしくね」
「あい」
ペコリと頭を下げるオタケのつむじを見て、アピスはヨシヨシと頭を撫でてやりたくなったが、手を握り締めてぐっと我慢をした。
以前、それをやって彼女を気絶させてしまった魚屋の親父は、今でも客から話を蒸し返されては、コンコンと説教されているらしい。
薬屋たぬきのオタケは、この町のアイドルであり、皆の可愛い娘なのだ。
彼女を連れてきたリンドヴルムは、その経緯を語ろうとしない。
だが、来たばかりの頃の痩せ細った体や艶の無いパサパサの髪の毛を見ただけでも、恵まれた状況でなかったことは推し量れた。
S級冒険者としても名を馳せるリンドヴルムの庇護下でいれば、裕福な暮らしと安全な寝床を確保出来ただろう。
それなのに、あえて働く道を選んだのは、彼に迷惑をかけたくないという理由だけではないようだ。
見た目は幼い彼女だが、生きることの厳しさを知った者の瞳をしている。
仮にリンドヴルムに見捨てられる未来があったとしても、ちゃんと自分の両足で立って生きるのだという覚悟が見えた。
周りの人々から見れば、リンドヴルムは大層彼女を大切にしており、そんな可能性はゼロだろうと分かっているのだが、あえて口にしない。
なにせ、彼女の店作りに、そのリンドヴルム自身が材料を集めて、せっせと手伝っていたのだから。
彼女の望んだ『茅葺き屋根の家』を作るべく、仕事を全て断って藁探しに各地を飛び回り、竜の姿で背負ってシルバーナ王国へ運び込んだ話は、未だに語り草になっている。
彼は、あまりにも幼い容姿のオタケを、歳の離れた妹のように溺愛していた。
竜人族は、寿命が長く殆ど病気にもかからないのだが、兎に角出生率が恐ろしく低い。
大体一人っ子、良くて二人まで。
ご他聞にもれず、リンドヴルムにも兄弟がおらず、突然出来た愛らしい妹分に夢中なのだろう。
そんな彼を、オタケが時々寂しそうに見上げていることにアピスは気付いている。
まだ、恋とも呼べない淡い気持ちだろうが、昔乙女であったアピスには、その甘酸っぱい思いが、いつか思い人に伝わると良いなと温かい目で見守っている。
「じゃぁ、明日の朝まで、がんばってね、オタケちゃん」
「あい」
牛族のアピスは、大きな胸をタプンタプンと揺らしながら帰っていった。
その胸元を、オタケが羨ましそうに見ていたのをアピスは知らない。
ほのぼのとしたオタケ。
楽しんでいただけましたか?




