第一話 生贄と救世主
母国シルバーナから遠く離れた東の国で、目鼻立ちのはっきりとした金髪碧眼の冒険者がポツリと呟いた。
「頭が八個ある竜がいると聞いて期待してきたが、本当に……本当に、がっかりだ」
肩まで伸びた髪を掻き上げ、気怠げに呟く彼の名は、リンドヴルム。
この世で、最強と歌われる竜人族の一人だ。
S級冒険者である彼は、世界を渡り歩き数多のクエストを達成しながら、自分と渡り合えるだけの歯ごたえのある竜を求め続けていた。
それでも、彼に匹敵する強者には出会えていない。
長身の竜人族の中でも、一際背が高く、手足も長い彼が刀を一振すれば風圧で周りの物が吹っ飛ぶ程の威力。
国内では、既に相手になる者が居なくなっていた。
そこで、今回も、八頭の竜が生贄の少女達を食い物にする話を聞きつけて、腕試しと人助けが一度に出来ると一ヶ月以上かけて遠く離れたこの地へとやって来た。
しかし、対峙してみれば図体ばかり大きくて、動きは切られるのを待っているのかと勘違いするほど鈍かった。
きっと、下手に多すぎる頭が重いのだろう。
100%の実力を出せる竜の形態を取ることもなく、人の姿のまま大太刀を一振りすればスパリと首が落ちてしまう。
それを七度繰り返せば、敵はミミズのように地面をのたうちまわりながら息絶えてしまった。
残ったのは落胆に溜息をこぼすリンドヴルムと呆然とする生贄の少女だけ。
周りは倒れた竜が流した血で、大きな池のように血溜まりが出来ている。
プンと匂う生臭さに、リンドヴルムも眉をひそめた。
そんな凄惨な状況の中で、少女は、見慣れない男と首を失った竜を何度も見比べる。
「大丈夫かい、お嬢さん」
黒髪と黒目がちな垂れ目が印象的な彼女は、声を掛けられても返事をすることもなく、キュッと身を縮めた。
まだ、リンドヴルムを敵か味方か判断付きかねているのだろう。
怯えた様子で、両手をぎゅっと握り締めている姿が痛々しい。
片膝を付き、視線を下げてやると、ようやく彼女の視界にリンドヴルムの瞳が映ったようだ。
「これで、俺の顔が見えるかな?」
彼の眼差しの優しさに、やっと助けられたことに気付いた少女は、慌てて頭を下げて、
「あ、あ、あ、ありがとうございます」
と礼を述べた。
「気にするな、気にするな。別に君を助けるために戦いを挑んだわけじゃない。俺は、自分より強い者を捜し求めているだけだ。どうだ?俺は、強かっただろ?」
気を使わせないよう、おどけた口ぶりで経緯を話すと、少女は目尻を下げて嬉しそうに何度も頷いた。
「はい!すごかったです!ビュン!やぁ!って、一瞬でした!」
何度も瞬きを繰り返し、興奮気味に語る様子は、まるで赤子のように純粋で邪気がない。
その様子が、あまりにも可愛くて、リンドヴルムは、大きな手で彼女の小さな頭を撫でてしまった。
その驚きで、カッと目を見開き体を震わせた少女は、次の瞬間、
ポン
白い煙を巻き上げながら、フワフワの茶色い毛玉になっていた。
どうやら、彼女は獣人族だったらしい。
変化した姿はフワフワの綿毛のようなで、黒い瞳が目に一杯の涙を溜めてリンドヴルムを見上げている。
「悪い、悪い。驚かせてしまったな。俺は、リンドヴルム。竜人族だ。お前は、アナグマ……か?」
「ウ、ウチは、オタケです。た、狸です」
「タヌキ?聞いたことがないな」
「お母さんが、東の国にしか住んでいないって言っていました」
「そうか。で、お前の家族は何処にいる?家まで連れて行ってやろう」
リンドヴルムの申し出に、オタケは悲しげにポロポロと涙をこぼした。
「皆、死にました」
「え?」
「皆、アイツに食われて死んでしまいました」
村を襲った八頭の竜が、住民の殆どを食い殺したらしい。
その後も、生贄を出すよう脅され、一匹、又一匹と歳若い少女が生贄に出されていた。
今、村に残っているのは、ほとんどが男で、女性は生贄にそぐわない高齢の者だけだという。
「なんて、酷い話だ」
ただでさえ家族を失った少女を、更に追い込む所業にリンドヴルムは憤ったが、オタケはそうでもないと言う。
「生きていても、もう家族に会えない。それなら、いっそ、家族の元へ行きたかったのです」
親兄弟を全て失ってしまったオタケは、自ら望んで最後の生贄に志願したという。
その自暴自棄ともいえる心持ちに、リンドヴルムは不安を感じた。
このまま彼女を置き去りにすれば、家族の後を追ってしまうのではないか?
村に戻れば、唯一の歳若い娘として丁重に扱われるだろうが、それは、子孫を残すための道具になることでもある。
心を通わせた者と添い遂げられるなら良いが、今までにも少女達を犠牲にして生き延びてきた男達が、オタケに相応しいとは思えない。
「行くあてはないのか?」
「あい。生まれてから、村から出たこともないのです」
リンドヴルムの質問に、オタケは、悲しげな微笑みを浮かべ、諦めたようにコクリと頷いた。
その哀れな様子に、リンドヴルムは、つい、
「なら……俺と一緒に行くか?」
と言ってしまった。
口から出たからには、仕方ない。
覚悟を決めて、彼女が独り立ちするまで見届けてやろうと心に決めた。
一方、思わぬ誘いに、オタケは、ただでさえ大きな目をもっと大きく見開いた。
戦う術のない彼女は、村から逃げても直ぐに盗賊に襲われるか獣に食われるしかないと諦めていた。
しかし、先程の戦いを見ても、この竜人の強さは世界屈指なのだろう。
せめて、安全な場所まで連れて行ってくれれば、薬師だった母から学んだ技術を生かせる道が広がるかもしれない。
幼い頃から胸に抱いてきた夢を思い出したオタケは、トクトクと鼓動を早めた心臓を両手で押さえてリンドヴルムを見上げた。
「本当に、付いていっても、よろしいのですか?」
「あぁ、君がよければ」
獣化した彼女は、リンドヴルムの手の上に乗るほど小さい。
彼が常に斜め掛けにする鞄に入れても、邪魔するどころか入っていることすら気付かないくらいの重量しかないだろう。
八頭の竜に村を荒らされてからと言うもの、オタケは、食べ物にありつくのも大変だった。
体の大きな者には逆らえず、小さなオタケは、いつもお腹を空かせていた。
グゥ
もう何日も、まともに食事にありつけていない。
鳴ったお腹の音すら小さくて聞き逃しそうなほどだ。
オタケは、お腹を両手で押さえると、
「ウチ、リンドヴルム様と行きたいです」
と小さな声だが、はっきり答えた。
その目には、生きたいと願う者の生気が漲っていた。
ポン
再び人化したオタケは、一糸纏わぬ裸体だった。
これには、リンドヴルムのほうが慌てる。
目を閉じると、ゆっくりと彼女を地面に降ろし、
「服を着てくれ」
と頼んだ。
先程狸に戻った時に脱げてしまった服は、ヒラヒラの布を何枚も重ねて着るこの国特有の衣装『着物』だ。
慣れた手つきでいそいそと着ると、帯をしっかりと締め、ポンポンとおなかの辺りを叩いた後、オタケは目を閉じたままのリンドヴルムの背を突いた。
「着ました」
特に恥じる様子もなく自分を見上げるオタケに、リンドヴルムの方が恥ずかしそうだ。
顔を真っ赤にしながら、
「あ、あぁ、ありがとう。頼むから、これからは、人型に戻る時は他の人が居ないところで戻るように」
と注意する。
「あい」
返事だけは良いのだが、その意味を理解しているのかは、彼女のキョトンとした表情からは読み取れない。
「まぁ、いい。行くぞ」
「あい!」
こうして、竜人族最強と呼ばれるリンドヴルムと、実は秘めたる力を小さな体に宿した希少な狸オタケの物語が始まった。
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