#90 エピローグ【さらら→鋼侍視点】
あれから、もうすぐ5か月――。
神とのドタバタや、両親と再会した3日間が懐かしい。
「――あ、さららちゃん。もう休憩終わり?」
「はい」
私――破瀬さららは今、北海道のとある探索者ギルドの配信ブース内にいる。
モニターの1つには、この近くのあるダンジョン内の光景が映っている。
別のモニターでは、配信アプリを全画面表示にしている。
――うん。実は、ちょっと配信の合間に休憩してたんだ。
なんでって……〝あのパーティー〟の探索ペースが早すぎるのが悪い。
「――頑張ってね。続きも楽しみにしてる」
「ありがとうございます!」
ギルドのスタッフにお礼を言って、私はブースのドアを閉めた。
――視聴者もジレてるかな……と思ったけど、同接数は休憩前より増えていた。
そろそろ事前に予告した〝開始時刻〟だから、ついさっき入って来た人もいるんだろう。
私はすっと息を吸った。
「――みなさん、大変長らくお待たせしました!」
《さららちゃん帰って来た!》
《――ってことは、そろそろアレか?》
《あ……もうすぐ予定の時間だね》
配信を再開するやいなや、100万単位の視聴者から数え切れないほどのコメントがつく。AIの自動要約機能によれば、『多種多様な反応が寄せられています』……ふむふむ――って、そりゃ見たらわかるよ!
気を取り直して、私はカンペを読み上げる。
「――あのバルディアX級ダンジョン攻略から早5か月。人類が再びX級ダンジョンの攻略に挑むときがやってきました」
ごくり、と画面の向こうで多くの人がつばを呑んだような気がした。
――そう。
元はS級だった北海道の『悪神ダンジョン』。
それがX級ダンジョンとして格上げ認定されたのは、つい3か月前のことだ。
その日突然、ダンジョン内で複数のX級モンスターが発生したのだ。
……探索していたパーティーに死者が出なかったのは、幸いなことだった。
私は十分な間を置いて、次のセリフへと進む。
「――そして今回このチャンネルでは、世界で初めてX級ダンジョンのボス戦をライブ配信します!」
《うおおおおぉぉっっ!!》
《すげえっ! 世界初だってよ!》
《キタ来たあぁぁーーーっっッッ!!》
視聴者の熱は一気に最高潮まで高まった。
――よし、いい感じね!
……バルディアのボス戦は、録画のリプレイ配信になっちゃったからね。
みんな、今回のライブ配信を楽しみにしてたみたい。
やっぱり、「生」って配信の醍醐味だよね。
「それでは改めて、今回この〝偉業〟に挑む世界トップレベルの探索者たちを紹介していきます――――」
†††
――北海道、悪神ダンジョン。
俺――破瀬鋼侍はその最深階で、仲間とともに待機していた。
ここまでの20階層をサクサクと踏破してしまったところ、『しばらく休憩してて!』とさららに申し渡されたのだ。
……いや、だってなあ。
仲間がみんな、競い合うようにしてモンスターをなぎ倒していくんだぜ?
何もしなかったら、視聴者に『ハセコーがサボってるぞ』って言われるしなぁ……
「――配信、盛り上がってるね」
と声を掛けてきたのは、俺の所属ギルドである『スター・ウィッシュ』の相棒、天王寺叶純だ。叶純は俺にとってもう、私生活においてもかけがえのないパートナーだ。
「ああ――さすが、さらら。盛り上げ上手だよな」
俺が正直にそう言うと、叶純は「ふふっ」と笑った。
――あれ? ……俺、なんか変なこと言ったかな?
《――ハイ、シスコン来た》
《ハセコーといえばこれだよね》
《まあ、実際さららちゃん上手いけどな》
と、配信のガヤ勢がコメントでツッコミを入れて来た。俺はそれを、Dフォンと接続したスマートコンタクトレンズを通して確認した。
――なんだよー……
さららがすごいのは、本当のことだろ?
「――コージとサララってホントに仲良しよね? ワタシも妹ほしいなあ〜。……ねぇコージ、結婚しよっ?」
「ばっ……! 何言ってんだよ、リタ!」
いきなりとんでもないことを言ってきたのは、カリフォルニアからやって来た世界で最初のX級探索者、リタ・フェニックスだ。
リタは1月下旬にアメリカに帰国したが、今回のX級ダンジョンに志願して参戦してくれた。
リタの爆弾発言の後、配信の方でコメントの流速が恐ろしいことになっている。
……ちょっと、しばらく内容を見る気にはなれないな。
「え〜、ダメ? ワタシ、コージなら第二夫人でもいいんだけど……」
「第二ってお前……!」
――確かに、日本でも実はB級以上の探索者には重婚が認められていたりするけど……
俺はチラッと叶純の様子をうかがった。
――後から思い返せば、これが最大の間違いだった……
「……ねえ、鋼侍。――今、どうしてこっちを見たのかしら……?」
――あ、これマズイやつだ……
ぶわっと、顔中からいやな汗が噴き出る。
俺はこのとき叶純の背後に、荒々しい黒龍の姿を幻視していた。
「い、いや……婚約者である叶純を差し置いてこんな話はできないな、と思って……」
――そう。実は俺と叶純は、いま婚約中なのだ。
今はダンジョン内だから着けてないが、叶純は外ではいつも俺が誕生日に贈った婚約指輪を身に着けている。
「――――ふうん?」
あああああぁぁぁーーっっ!!
これ、絶対怒ってる! 叶純がメッチャいい笑顔で怒ってるよぉ……!
――どこだ! 俺は今、どこで間違えたんだっ!?
ちらっと高速で流れる配信コメントを見ると、『ハセコー、死ね』とか『この朴念仁が』とか書かれていた。……解せぬ。
……あの、リタ。俺の腕をつかんで震えるのはやめてくれないか……? 怖いのかもしれないが、火に油を注いでるぞ、それ……?
「――ウルサイ。痴話ゲンカは外でやって」
この場にいた最後の1人が冷たいセリフを放ったことで、俺たちはふっと我に返った。
楊麗風。
弱冠18歳にして、中国の麒麟児だ。
――世界で4人目のX級探索者。それが麗風だ。
彼女のX級認定が世に発表されたのは、今からたった2か月前のことだ。
今回、中国政府たっての希望で、麗風もこの作戦に参加することになった。
彼女は日本語も得意で、今のところ俺は意思疎通で不便を感じたことがない。
「わ、悪い。麗風。ちょっと、脱線しすぎたな……」
「「――ごめんなさい」」
俺たちは3人で横並びになって、やや小柄な麗風に頭を下げた。
彼女は身長156cmで、この中では一番背が低い。
「――フンっ」
と、麗風はそっぽを向いた。
麗風がツンツンしているのは、別に今に始まったことじゃない。
初めて出会ったときから、こんな感じだった。
……でも、背格好がさららに似てることもあって、俺はどうしても彼女を嫌いになれそうにない。
――ともあれ、俺を合わせてこの4名で、今回の守護者討伐に挑むことになる。
「……相変わらず、ヘンなヤツ……。ニブいし……」
「?」
麗風が何かブツブツと言っていたが、よく聞き取れなかった。
――これ以上、彼女の機嫌を損ねない内に先に進んだ方が良さそうだな。
「……よし、さらら。もうボス部屋に入ってもいいか?」
『あっ! もうちょっと待って!』
――っと、そろそろかなと思ったんだが……
まだ、少し時間が余っていたらしい。
『お兄、何か意気込みとか語って場をつないでくれない?』
「意気込みぃ〜?」
……そんなの予定になかったよな?
無茶ぶりでは? ――と思わなくもなかったが、他ならぬさららの頼みだ。兄として、なんとかしないとな。
――意気込み、意気込みか……
……うーん。いざ考えてみると、なかなか思いつかないなぁ……
「……何かある?」
ひとまず、隣にいた叶純に振ってみた。
「――そうだね。久々にX級のボスと戦うわけだけど、このメンバーなら全然不安はないかな。……むしろ、ボス戦があまりに早く終わってしまわないかの方が心配だよ」
叶純はよどみなく、スラスラと語った。
《おおおぉ、さすがカスミ!》
《すごい自信だなぁ》
《……まあ、ある程度は長く戦ってほしいよね。泥試合はイヤだけど》
――俺の婚約者がすごすぎる件。
いや、なんでそんなにパッと言葉が出てくるの!?
……今なら行ける気がする。――よし、俺も続こう。
「――確かにそうだな。俺にとっても――――」
『あ、お兄。もうボス部屋に入っても大丈夫だよ』
――と、しゃべりかけたところでさららに出鼻をくじかれ、俺は盛大にズッコケた。
《……このお約束感よ》
《カスミにゆずるからだよ。尺のコントロールが下手クソ》
《ハセコー、ざまぁ(笑)》
視聴者の容赦ないコメントがグサグサと俺の心に突き刺さる。
――はぁ……
X級探索者になってもう半年になるってのに、相変わらず俺はこんなんばっかだな……
……ま、しょうがないか。――これが俺だ。
変にカッコつけたって、どうせロクなことにならないしな。
「――鋼侍、大丈夫?」
叶純が、そっと俺の肩に手を置いた。
「ああ」
俺は両手でパシッと頬を張り、気合を入れ直す。
「――――よし! じゃあ、ボス戦行こうぜ!」
「「「応ッ!!」」」
こうして俺は、また1つ大きな扉に手を掛けた――――。
(了)
お読みいただき、ありがとうございました。
これにて本編完結です。
本作をお楽しみいただけた方は、ぜひ★の評価をお願いします! 作者の今後の創作活動への大きな励みとなります。




