#88 後日談【さらら視点】
1月6日、金曜。
私――破瀬さららは昨日と同じく、朝から四谷にあるギルド『スター・ウィッシュ』の本拠地に出勤していた。
バイト代は出るけど、今日はオペレーターの仕事はお休みだ。
「――この世界の神様に、異世界の神様ねぇ……。そんなことが起こってたなんて……」
私の話に対して、ギルドの団長である神楽屋寧々さんの反応は初め、半信半疑という雰囲気だった。
そう。
――私は昨日の約束を守り、寧々さんにひと通りの出来事を説明しているところだ。
「……目の前でさららちゃんが消えるのを見てなかったら、とても信じられなかったわね」
それが決め手となり、寧々さんは私の話を信じてくれた。
「――でも、管理局には何て説明したらいいかしら……?」
それはとても悩ましい問題だ、と思う――……
昨日、私たちは見事に神レグラとの戦いで勝利を収めたのだけど、社会に与える影響という意味で、少し問題が生じかけていた。
龍ノ顎ダンジョンの地下10階で、レグラが登場した辺りからばっちりダンジョン内のカメラに映っていたのだ。
幸い、そのときには配信は止めていたから、世間に何も異常な出来事は露出していない。
でも、ダンジョン管理局のサーバー側では、しっかりとレグラの姿が映像に残っていた。その後、その場にいたお兄を始めとする人々が転移によって続々と姿を消した場面も、はっきりと映ってしまっていた。
……まったく、配慮の足りない神さまよね。
レグラと神テラへの「お仕置き」が終わった後でそのことに気づいた私は、リヴィエにお願いして管理局のサーバー上の電子データをごまかしてもらった。
――本来はレグラの仕事なんだけど、そのときにはレグラも神テラも使い物にならない状態だったから……
リヴィエは「グレムリン」という、レグラの眷属を有効活用したのだそうだ。――この対応によって、大スキャンダルに発展することは防ぐことができた。
ただし、データが改ざんされる前に、管理局の中で映像を見てしまった人もいると思われる。
これに関してはもう「知らぬ存ぜぬで通そう」ということで、口裏を合わせることにした。
お兄と叶純さんは、今この場にはいない。
2人とも霞が関のダンジョン庁に出掛けている。
これは、ダン対――ダンジョン対応戦隊からの要望に応えてのことだ。
レグラが登場してからのダンジョン内の映像データはごまかしたけど、「S級隊員の雨江輝人が不法にダンジョンに侵入していた」という事実は消えなかった。
そこで、「地下10階にこつ然と現れた雨江」の件について、ダンジョンから脱出するまで行動を共にすることになったお兄、叶純さん、世音さんの3人は、ダン対から事情聴取を受けることになったのだ。
……まあ、私は転移で直接ギルドに戻ったから、雨江についてもごまかそうと思えばできたんだけどね。
でも、あの人は元々悪さをしようと企んでいたみたいだし、そこまでしてあげる義理がなかった。……叶純さんにも、ゴキブリかって思うぐらい嫌われてるみたいだし。
後日聞いた話によれば、雨江は減給と一定期間の謹慎処分を受けたそうだ。
やや甘い対応にも思えるけど、具体的に悪事を働いた証拠が残ってるわけでもないし、妥当な処分なのかな……。
――で、ダンジョン管理局側の対応についても、結論としてはなんとかなった。
映像記録が改ざんされたことで管理局内は混乱していたようで、意外とあっさりごまかせた。
管理局側から見たら、謎の通信障害によって地下10階以下の状況が不明な事態が発生したのに、原因不明のまま復旧したという形になる。
「――……寧々先輩、何か隠してません?」
唯一、管理局から来た津川瑠依さんは、やや疑わしげな目つきを見せていた。
「何のことかしら?」
――しかし、やましさなど全く感じさせない寧々さんを前に、追及を諦めたようだ。
短時間の聞き取り調査の後、瑠依さんは足早にギルドを立ち去った。
……これで、完全に一件落着と言っていいだろう。
管理局の追及をやり過ごしつつ、私は寧々さんにその他諸々のてん末についても語ることになった。
「――それで、その後はどうなったの? さららちゃんはまだ不思議な力が使えるの?」
それは確かに、寧々さんにとっては当然の疑問だと思う。
――でも、私はあわてて首を振った。
「いやいや! もう神さまに返しちゃいましたよ。――あんな力、どう考えてもただの女子高生が持ってていいものじゃありませんから!」
「なぁんだ、残念」
寧々さんはがっかりしたようだけど、とんでもない。
リヴィエの力は、はっきり言ってヤバすぎた。
何といっても、世界中のダンジョンにアクセスし放題、改造し放題なのだ。
もしそんな力を持っていることが誰かにバレたら、どんなことが起こるかわかったもんじゃない。
謹んでお返しさせてもらった。
……実は、リヴィエに返す前に少しだけ、ダンジョン・マスターの力を使ってやってしまったことがある。
なんとなく世界中のA級以上のダンジョンをチェックしてみたところ、危険なイレギュラーの兆しを見つけてしまったのだ。
……やや悩んだのだけど、もし放っておいて大きな事故が起こったら、きっと後悔したと思う。ので、こっそりと火種を取り除かせてもらった。
こんなズルはこれっきりなので、後は世界の探索者たちに頑張ってもらいたい。
更に、私のそばには今も、私以外の人には見えない精霊がとりついている。
この精霊はリヴィエの眷属で、名前をウンディーネという。
私との別れを惜しんだリヴィエが、「連絡用と、お守りを兼ねて」と言って、私に貸し与えてくれたのだ。
――なので、実はリヴィエを呼び出してまた力を借りることも、やろうと思えばたぶん、できてしまう。
でも、さすがにそれは〝ルール違反〟だと思うので、よほどのことがない限りはやらないつもりだ。
――いまここで挙げたことは、私の心の中だけの秘密だ。
龍ノ顎ダンジョンの守護者も、強化した赤金龍から元の赤龍に戻しておいた。
あのドラゴニュートたちも、分解して「核」の魔素の足しにしておいた。
特に赤金龍については、そのままだとX級だからね……。
――まあ、お兄と叶純さんなら勝てるだろうけど。
寧々さんとの会話は、次の話題に移る。
「――じゃあ、テラとレグラっていう神様たちはどうなったの? 鋼侍にボコボコにされて虫の息になったのはわかったけど」
「ああ、その話なら――――」
私は、まだ記憶に新しい昨日の出来事を思い返す。
†††
昨日の午後、龍ノ顎ダンジョンのボス部屋にて。
「――ラスト1発、行くぜっ! ――オオリャアァァッッ!!」
「「グギャあ゛ア゛ぁぁっっッッ!!」」
――ドゴォッ!!
ひときわ盛大な音を立てて、神テラとレグラの肉体がボス部屋内で空中高く舞い上がった。
お兄による「パンチ1万発」のお仕置きの最後の1撃だった。
――やっと終わったか。
私たち一同がそう思ったとき、
『――――あれはもう、再起不能ですね…………』
私の頭の中に、リヴィエの無情なひと言が響いた。
2人が落下した後、ボロボロの姿になった神テラが、もっとボロボロのレグラにすがりついた。
神テラはレグラの体を抱えて、大声で泣き叫んだ。
「れ、レグラぁぁーーーーっっ!!」
「…………」
このときレグラは、完全に白目をむいて口から泡を噴き、ピクピクと体をけいれんさせていた。
神としてテラよりも格の落ちるレグラは、大津波のような怒涛のお仕置きに耐えきれなかったらしい。
かろうじて一命は取り留めたけど、精神が崩壊しており、神として「事実上の死」を迎えたのだそうな……。
――――私、悪くないよね…………?
途中から、レグラも神テラも様子がおかしかったし……
――きっと、どこかの神さまが天罰を下したんだと思う。
……とはいえ、なげき悲しむ神テラを前にして、直接手を下したお兄はどことなくバツが悪そうだ。
それを見かねたように、私の中からすっとリヴィエの霊体が飛び出し、みんなの前に姿を現した。
その姿は半透明のホログラムのようだった。
『――鋼侍よ、気に病むことはありません』
「あ、あんたは……ッ!!」
突然のリヴィエの出現に、お兄だけでなくその場の人間全員が驚いた。
「……神リヴィエ……これが、わしらへの報いというわけじゃな」
唯一、神テラだけは驚いていなかった。
たぶん、リヴィエが私たちに手助けしていたことを知ってたんだろう。
神テラの言葉に応えて、リヴィエが首を縦に振った。
『――はい。鋼侍、そしてさららの復讐は正当な権利の行使です。私も、見ていて胸がすく思いでした』
「そ、そっか! それなら良かった……」
お兄はリヴィエにそう言ってもらえて、気持ちが楽になったみたいだ。
――良かった。お兄が変に落ち込んだりしなくて……
『――テラ、そしてレグラ。私から、あなた方に裁きを申し渡します』
「……それは、〝あの方々〟のご決定ということかの?」
『そう受け取ってもらって構いません』
〝あの方々〟というのは、リヴィエや神テラよりもっと上の神さま達のことらしい。
……やっぱりこの件って、神さま達の間でもちょっとした事件みたいになってるのかな……?
『まず、テラ。――あなたはレグラに代わって再びこの世界を治め、下界の民の安寧を守ること。そして、レグラが誤って命を奪った227の魂の行く末を追い、幸福に導くのです』
リヴィエの後半のセリフは、私やお兄にとって特に大切なことだった。
お父さんとお母さんの魂が、今どこでどうしているのかはわからない。
……でも、来世では絶対に幸せに生きてほしい。
「……あいわかった。いずれもなんとかしよう」
神テラは、ひどく疲れたようすで返事をした。
後でリヴィエに聞いたところ、神テラは〝神殺し〟のダメージの後遺症を抱えながら、レグラ以外の眷属たちの力を総動員して、リヴィエに課された〝罰〟をこなすことになったそうだ。
『――次にレグラですが……――私の世界の1つに、人間として転生していただきます』
「な、なんじゃと……!」
神テラは目をむいて驚いた。
――神さまの感覚はよくわからないけど、例えるなら、自分の子供が外国に連れて行かれて奴隷かペットにされるような感覚…………?
愕然とした神テラの表情から察するに、そのぐらいの出来事ではありそうだった。
『――レグラの精神は神として未熟すぎると判断されました。そこで、私が教育係を務めることになりました』
「……そうか。それが運命か……」
神テラはがっくりと肩を落とした。
全てを諦めつつ、それでもやるせない思いを抱えているようだ。
――でも、私から見れば、それはすごく納得の行く裁きだった。
神テラはたぶん、レグラに甘いんだと思う。
自分の眷属だから、親心に近い感情があるのかもしれない。
それに、神テラは【正典】なんていうおかしな物をレグラに押しつけて、リヴィエの世界にまで迷惑を掛けていた。
そんな神テラに任せるより、リヴィエに任せた方が500倍は安心できる。
†††
「――へえ……。最後は、リヴィエ様までその場に出て来たんだ。いいなあ、私もその場にいたかった」
「あはは……。さすがに記録に残すわけにも行かなかったので、ごめんなさい」
うらやましそうに言う寧々さんに対し、私は軽く謝った。
そう。
だからあの「ざまぁ」の瞬間についても、一切映像などは残していない。
「――それなら仕方ないわね」
寧々さんとの話は、この辺で一段落を迎えた。
「それじゃあ……そろそろ叶純たちも戻って来るでしょう。――お昼は出前でも頼みましょうか」
「いいですね!」
お兄たちが霞が関から帰って来たのは、それから間もなくのことだった。
……何か月か後、リヴィエに聞いた話によれば――
人間に転生したレグラは「ハセクォード家」という下級貴族の末息子となり、自分の家名を耳にするたびにビクビクと怯える姿を見せているのだとか……。
それをリヴィエは、いたずらっぽく笑いながら私に教えてくれた。
††
「――いやー。今日でひと通り片付いて、良かったなあ」
午後5時ごろ。
私とお兄は、やや早い時間に2人で家路に就いていた。
「…………」
お兄の隣で中央線の電車に揺られながら、私は考えていた。
ひと通り終わった?
――いや……まだ疑問は残っている。
私はお兄に、聞かないといけないことがある。
「「いただきまーす」」
2人きりの食卓をはさんで座り、手を合わせて晩ご飯を食べ始める。
――よし、準備は整った。
……これなら、そう簡単に言い逃れはできないはず……
「――ねえ、お兄」
「ん?」
好物のエビフライを頬張りながら、お兄が目線だけこちらに向けて来る。
「――昨日、あのテラって神さまが出てきたとき、誰と話してたの?」
「むぐっ……!?」
お兄がエビフライをのどに詰まらせる。
気管に入ったのか、ゴホゴホと咳き込んで「水……」とうめくので、仕方なくコップに水を注いで差し出す。
……話が進まないので、早くしてほしい。
「――よく覚えてないんだけど、そんなことあったっけ……?」
ほう……明らかに動揺していたというのに、お兄にしてはとぼけるのが上手くなったじゃないか。
「――それなら、レグラに転移させられた後、何があったか詳しく教えて」
「お、おう……えーっと、えーっとだな…………」
早くもごまかしのネタが尽きたのか、お兄はだらだらと汗をかき始めた。
――数秒後、お兄は私に向かって両手を合わせ、謝り倒してきた。
「すまんっ、さらら! ――俺、実は今日、事情聴取とか色々あって、結構疲れてるんだ! 明日、必ず説明するからっ!」
「ふーん……」
私はジト目でお兄を見つめた。
――全然、疲れてるようには見えないけどなあ……
今日は、ダンジョン探索もしてないし。
……とは思ったけど、別に私は鬼ではない。
明日から3連休だし、明日必ず説明してくれるというのならまあ、それでもいいかな。
「――明日は、絶対ちゃんと説明してもらうからね?」
「お、おう……! 任せとけ!」
その後、食卓越しにじーっとお兄の目を見つめていたところ、お兄はだいぶ居心地が悪そうにしていた。
そんな夕食時の一幕もありつつ、私はこの晩早めにベッドに入った。




