#86 神への反逆(後編)
「――――ぴぃギャアアあああ゛あ゛ぁぁァァっっッッッ!!」
レグラの絶叫が、龍ノ顎ダンジョンのボス部屋中に響き渡った。
苦痛にもだえるレグラの様子を見て、鋼侍以外の全員が自分の目と耳を疑った。
――ちなみに、この頃には13体いたレグラの複製体はすべて掃討されており、やることがなくなった赤金龍などは退屈そうにあくびをしていた。
世音と雨江が、驚きを言葉にして表す。
「効いてる……! 間違いなく、効いてるぞ!!」
「な、なんでだっ!? レグラに有効な物理攻撃なんて、あるわけないだろっ!」
特に、雨江にはショックが大きかった。
自分の持つ【原作知識】が通用しない――それを示す現象が目の前で起こったからだ。
『――――あ、あの力は……!』
そのとき、さららの頭の中で、神リヴィエの驚きあわてたような声が響いた。
(……どうしたの、リヴィエ? ――お兄が何をやったか、わかるの?)
さららは声には出さず、心の中でリヴィエに問い返した。
『え、えぇ……。信じがたいことですが、あなたのお兄さんはとんでもない力を手に入れたようです』
リヴィエは戦慄していた。
――それは鋼侍の力が、神であるリヴィエ自身にも届き得るものだからだ。
『あれは〝神殺し〟の力。――神以外の存在が神を滅ぼし得る、究極の武器です』
†
(――――コ、コレは……この感覚は何ダ……っッ!?)
レグラは神としての数千万年にも及ぶ長い生において初めて、未知の感覚を2つ同時に味わっていた。
「…………イ、痛アァい……っッ?」
1つは、身を切るような痛みだった。
それまでの仮初めの肉体としての痛みとは、全くの別物だ。
それは『神域』にいるレグラの本体――神の存在の〝核〟である精神体そのものに、ズブリとナイフを突き立てられたような感覚だった。
(…………コ、コレが本物の「痛み」というモノなのカ――!?)
自身の〝核〟が傷つけられることによってレグラの内に芽生えた、もう1つの感覚。
それは――――「死の恐怖」だ。
レグラは震えた。
恐怖は『神域』にいる本体だけでなく、下界にいる仮初めの肉体にも及んだ。
その結果、鋼侍の眼前で身をよじらせ、ガタガタと歯を打ち合わせながら涙を流すこととなった。
尻もちをついたレグラに、鋼侍はゆっくりと歩み寄る。
「――……ひっ、ヒェッ……!」
レグラは立ち上がることも忘れ、両手を地について後退りした。
鋼侍は、ニヤリと笑みを浮かべる。
「――――どうだ? 〝神殺し〟の力は?」
その言葉は、レグラに衝撃をもたらした。
「〝神殺し〟ダト――――っッ!?」
その力の存在については、レグラも知識として知っていた。
「ソ……ソンナ、バカな……ッ! ナゼ、キサマがそんな力を…………ッ!?」
ほんの40分ほど前まで、〝ハセコー〟はそんな力など持っていなかったはず……
――レグラのその認識は正しかった。
驚愕を隠せない様子のレグラに、鋼侍はフッと笑みをこぼす。
「――――お前のおかげだぜ、レグラ」
「なん、ダト……?」
レグラの表情に疑問符が浮かんだ。
鋼侍はいい笑顔を浮かべ、嬉々としてその疑問に答える。
「――お前が『あのダンジョン』に転移させてくれたおかげで、俺はこうしてお前をぶちのめせる力を手に入れて帰って来られた……ってわけだっ!」
「ソ、ソンナ……っッ!?」
ここでのレグラの表情は、まるでこの世の終わりを見たかのようだった。
(……ふ、フザケルな……っ! そんな都合のいい話があってタマルか……っ!)
レグラは理不尽さえ感じていた。
――もっとも、それを訴えたところで、目の前に〝神殺し〟の力を持った鋼侍がいる事実が覆ることはなかった。
「――さあ、お仕置きの時間だぜ……!」
ガンッと、鋼侍が再びガントレットを打ち鳴らす。
――ビクンッ、とレグラはその音に身震いした。
レグラにとって今の鋼侍は、残酷な処刑人に等しかった。
恐怖に襲われたレグラは、あわてて片手を前にかざす。
「ま、待テッ! わ、我はこの世界の〝管理者〟ダゾっ! その我を害すれば世界がどうなるか、わかっているノカっ!?」
それはもはや、世界を盾にとっての命乞いだった。
神の威厳もへったくれもないそのみじめな態度は、今の鋼侍とレグラの力関係を如実に表していた。
――常識的に判断すれば、鋼侍はレグラを傷つけられなかったかもしれない。
しかし、鋼侍はただ不思議そうに首をかしげる。
「さあ……? 別に、なんとかなるんじゃね?」
レグラの顔が真っ青になった。
「そ、それは愚かナ……――ギャアアァァァッッ!!」
なおも見苦しく命乞いを続けようとするレグラに対し、鋼侍はスッと接近し、レグラの片足をグリーブで思いっきり踏みつけた。もちろん、〝神殺し〟の力はしっかりと有効化した上で。
「つべこべ言ってんじゃねえよ」
鋼侍にとってみれば、レグラの罪状は既に「絶対に超えてはならないライン」を何段階も突破しており、泣いて謝られても許せる状況ではなかった。
「……さららに剣を向けただけでも、お前の罪は万死に値するが――それだけじゃない。――4年前、お前に殺された親父と母さん。それと、他の220人の乗員の分も合わせて――――」
鋼侍が裁判官のように罪状を読み上げ、神への量刑を発表する。
「――――1万発、ぶん殴らせてもらう!」
その大きな数字に、周囲の一同は息を呑んだ。
そして――――
(……ム、無理だッ…………ア、アノ「痛み」を1万発も食ラッタラ…………)
――それは、レグラに濃密な「死」を予感させた。
†
――5分後。
「――オラオラオラオラオラオラオラオラァァッッ……!!」
「グギャぎゃぎゃギャがガガがあばババばばブバばっッッ!!」
この5分間、鋼侍は平均して秒間約3発のペースでレグラを殴り続けていた。
鋼侍が掲げた1万発に達するまでは、約1時間かかる見込みだ。
すでに、レグラの肉体は原形をとどめていなかった。
(――こ、このままデハ、本当に殺されてシマウ……!!)
生命の危機を感じたレグラは一度、転移によってこの場から逃げ出そうとした。
しかし――――
「――転移が、発動じな゛い゛、ダド…………!?」
その言葉を発したとき、レグラの顔の造形は子供が粘土をこねたかのようにゆがんでいた。
転移の発動妨害――そんな芸当ができるのは、この場でただ1人。
「ギザマ゛の゛仕業が! 破瀬ざら゛ら゛……ッ!!」
レグラに崩壊した顔面を向けられたさららは、冷ややかな表情で答える。
「――知らなかった? ボス部屋からは逃げられないんだよ?」
「お゛、オ゛ノ゛レ゛え゛ぇぇっ――――グギャア゛ア゛ァぁっッ!!」
レグラの怒りの声は、途中で絶叫に変わった。
そのすぐそばで、鋼侍が拳を振り抜いていた。
「――気安く人の妹の名前を呼んでんじゃねえよ」
「ビェッ! ……も゛、申し゛訳ナ゛ガッダ! ご、ごの゛通り゛ダ!」
レグラは正座をして、地に頭をつけて謝った。
――土下座である。
それを見ていた雨江や、さららに憑依しているリヴィエは驚きあきれた。
――神が人に土下座を――
レグラの神としての尊厳とプライドが、粉々に砕け散った瞬間だった。
とはいえ鋼侍にとって、それらはどうでもいいことだった。
「謝るならまず、お前が4年前に殺した人たちに謝れよ」
――ここで生真面目なレグラは、謝罪をする以前の問題点に気づいてしまう。
「ぞ、ゾレ゛は……じがじ、彼ら゛はずでに死ンデ――――」
その返答は、鋼侍の怒りに更に火を注ぐ結果となった。
「まだわからせが足りてねえみたいだなあぁぁっ!?」
「ビィェェぇ――っッ!?」
レグラの悲鳴と絶叫は、まだまだ続く。
――このころ鋼侍たちの周囲では、先ほどさららによって召喚された約10体のドラゴニュートたちがヒマを持て余し、仲間同士で模擬戦を行っていた。
30分後――。
さすがに殴り疲れた鋼侍は、腕を休めて小休止を取る。
「――ふうっ……。あと何発だ? ……5千は行ったかな?」
鋼侍の頭の中では、途中から回数のカウントが段々とアバウトになっていた。
「…………も゛、も゛う゛許ジデ…………」
このときのレグラは、見るからに虫の息といった様相だった。
まともに肉体を再生することさえ難しくなったのか、丸々と太ったブタのような醜い体形に成り果てていた。
――と、ここで鋼侍の問いに答える声があった。
「あと7,500発ぐらいだよ、お兄」
「エ゛ッ?」
そのさららの答えに、レグラの目が点になった。
(――――う、嘘ダッ! あと3,906発のハズ――――)
腐っても神である。
痛みに苦しみながらも、レグラはちゃんと殴られた回数を数えていた。
「ぢ、ぢがッ……%@※&#♣!!」
しかし、歯や舌などの発声器官もズタボロだったレグラは、このときまともに声を発することができなかった。
レグラは言葉にならない声でわめき、その結果――無視された。
「おー……、まだそんなに残ってんのか。――じゃあ、もうちょっとペース上げてくか」
「ちゃんと数えてるから、安心してね」
「おう! 助かるぜ」
――事情を知らない者が見れば、兄妹の和気あいあいとした会話に見えたことだろう。
しかし、レグラにはさららの顔が悪魔に見えた。
鋼侍は、鬼と言うところか。
「「……………………」」
やりとりを見ていた叶純や世音は、なんとなくさららのウソに気づいた。……が、何も口に出して言うことはなかった。
――それから、更に15分が経過した。
「オラオラオラァッ! ちゃんと反省してんのかぁ?」
「ご、ごべんナザい゛い゛いイィぃっっッッ!!」
無様に泣き叫びながら謝罪を繰り返すレグラと、その神をボコボコにする鋼侍の図があった。
もう、そんな光景が1時間近く続いていることになる。
さすがに世音もあくびを噛み殺しており、雨江は地面にあぐらをかいてうつらうつらとしていた。
そんなときだった。
――――ベチャッ
突然、虚空から1人の老人の姿をした何者かが出現して、ボス部屋の赤茶けた地面の上に落下した。
「「「…………へっ?」」」
((((――――誰……?))))
一同の動きが止まり、心の声まで含めたシンクロが起こった。
うつ伏せに倒れたその者の姿は、身なりのいい白髪の老人のようだった。
その姿を見て、真っ先にあわてたのは全身が肥満児のように腫れ上がったレグラだ。
「――テ、テラ様ッ! な、なぜココにっッ!?」
そう。その老人の姿は、神テラの依代である。
神テラとはレグラの上位神であり、この世界の創造主だ。
「――テラ……?」
鋼侍にとっては、初めて名前を聞く神だった。
だがこの場にはもう1人、テラの名を事前に知っていた者がいた。
「え――? テラって、確か……」
その声を上げたのは、さららだ。
「知ってるのか、さらら?」
鋼侍に問われ、さららは記憶を探りながら答える。
「う、うん……。リヴィエ――異世界の神さまから聞いたんだけど、確かレグラを従えてて、この世界を創った神さまが『テラ』っていう名前だったはず」
「――レグラの親分ってことか……」
そのとき、ふと鋼侍の頭の中に声が響く。
『――鋼侍、ソイツも同罪だから、ついでにやっちゃいな』
それは『霊界』にいる祭離の声だった。
祭離は鋼侍に語った。
――そもそも、レグラに【正典】を渡して遂行を命じたのはテラであり、テラこそが諸悪の根源とも言える、と。
「――……そうか、わかったぜ!」
話を理解した鋼侍はガントレットを構え、2柱の神に歩み寄る。
「ひ……、ひいぃぃっッ!!」
自らの運命を悟ったテラの表情が恐怖で染まる。
「――……? お兄、いま誰かと話してた……?」
さららはその点が気になったが、このときには疑問を解消することはできなかった。
その後――――
「――――オラオラオラオラオラオラオラオラァッ! もうひとつ、オラオラオラオラァァッッ…………!!」」
「――ぷギャアアあああ゛あ゛ぁァァっっッッ……!!」
「――あばばババばばブベボぼばばばばばっッッ……!!」
レグラとテラという、この世界を統べる2柱の神は、仲良く鋼侍の手でボコボコにされることとなった。
「――あ、お兄。数がわかんなくなっちゃったから、もう1万発ずつ行っとこっか」
「わかった!」
「「も゛、も゛う゛許じでグレ゛〜〜っッ!!」」
お読みいただき、ありがとうございました。
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