#84 反逆の狼煙【さらら視点】
「――――『ダンジョン・マスター』ダト…………!」
龍ノ顎ダンジョンの「コアルーム」にて。
私――破瀬さららは、この世界の〝管理者〟にして下界に降臨した神、レグラと対面していた。
銀髪金眼の西洋人形のような美少年――まさしく神の御業というべき造形美だ――が、怒りをあらわにして私をにらんでいた。
背中にうすら寒いものを感じるけど、こんな理不尽な神さまに気持ちで負けたくはない。
――先ほどのレグラとお兄の会話は、途中から聴こえていた。
信じられない……いや、信じたくもない話だけど――お父さんとお母さんの乗っていた飛行機が墜落したのは、目の前の神さまの仕業なんだ。
『――さらら、ここで戦ってはなりません。打合せ通りに』
(うん、わかってる!)
心の中でリヴィエに返事をして、私は「コアルーム」の奥から入り口の方に瞬間移動する。――リヴィエとは、私に力を貸してくれている異世界の神さまだ。
「転移ダト!?」
私が転移したことは、レグラにとっては驚きだったようだ。
……リヴィエに借りた力の使い方が、少しずつわかってきた気がする。
「こっちだよ、おマヌケな神さま♪」
私はあえて、ばかにするように挑発した。
ついて来てもらわないと困るからなんだけど……実際、レグラのさっきの怒りっぷりはおもしろかった。
――こっそりイタズラを仕掛けるのって、楽しいよね。
……まさか、神さまを相手にイタズラすることになるとは思わなかったけど……
「……『ダンジョンブレイク』が起こらなくて残念だったね? 悔しかったらついて来なよ」
私がレグラをからかうと――
「キ、キサマァ……ッ!」
効果はばつぐんだった。
レグラが真っ赤になって怒るのを確認した私は、さっと踵を返して「コアルーム」の1つ手前の部屋――すなわち、「守護者の間」へと移動する。
――……え? 「危なくないのか」って?
やだなあ……、今の私は「ダンジョン・マスター」なんだよ?
ダンジョンは私の味方――手足みたいなもんだよ。
だから今の私にとって、守護者は〝番犬〟同然ってこと。――ってか、文字通りの〝守護者〟だね。
あのまま「コアルーム」で争ってたら「核」が壊されてたかもしれないし、「守護者の間」――つまり、ボス部屋の方が有利に戦える。
そんなわけで、レグラを挑発してこちらに移動したのだ。
龍ノ顎ダンジョンの守護者は、「赤龍」というモンスターだ。
全長20メートルに上る、真っ赤な鱗を持つ東洋の龍。飛行能力を持ち、上空からの攻撃を得意とする。探索者にとっては厄介極まりない敵だ。
S級モンスターの中でもトップクラスの強さを持つモンスターだけど、さすがに神さまを相手にするには力不足だ。
……幸い、ばかみたいに「核」に魔素を提供してくれた〝神〟がいたおかげで(笑)、この赤龍を大幅にパワーアップさせることができた。
その姿はもう、「赤龍」という呼び名にふさわしくない。
体はひと回り大きくなり、全身の鱗から金色の輝きを放つようになった。また、頭の角や前足がそれぞれ1対ずつ増えた。
――おそらく、あの「アジ・ダハーカ」にも引けを取らない強さになったはず……。これなら、レグラにも対抗できるのではないかと思う。
名前は――「赤金龍」と呼ぶことにしようか。
「赤金龍、レグラと戦って!」
「――グオオオォォォォッッ!」
私を追って守護者の間に現れたレグラに、赤金龍が猛然と襲いかかる。
このボス部屋の広さは、約500メートル四方。この子が飛び回るだけの高さも十分にある。
「クッ――! 〝管理者〟の我を差し置いて、ダンジョンの守護者を操るというのカッ!」
あわてたレグラだけど、すぐに両手を剣と盾に変化させて赤金龍の攻撃をしのいでいた。
――あの手……お兄と戦ってたときも剣や杖の形に変化させていた。
……やっぱり、ひと筋縄では行かない相手みたいだ。
私はさっそく、次の手を打つことにした。
「――ダンジョンよ、私の望みに応えて!」
私がそう叫ぶと、空間のある領域に変化が起こる。
まるで、空気の密度が急変したかのように、その奥に映る景色がぐにゃりとゆがんだ。
その次の瞬間――――
「――うお! ここは……ボス部屋か……?」
「あれは……レグラ! ――それに…………さららちゃん!?」
ゆらいだ空間から現れたのは、地下10階の〝巨竜の間〟にいた2人の戦士(+1人のおまけ)だった。
天王寺叶純さんと四方津世音さん。
日本を代表する、頼もしい2人のトップ探索者だ。
――そう。
私がリヴィエに借りた力――「ダンジョン・マスター」の権能を用いて、2人(3人)をここ地下18階に転移させたのだ。
「――叶純さん、世音さん! 手を貸してください!」
私がそう言うと……、ついでにワープさせたもう1人――雨江という人だ――が困惑したようすを見せた。
「……えっ――? お、俺は…………?」
この人のことはよく知らないけど……もともと何か悪だくみをしてたみたい。それに、この人が足を引っ張ったせいで、お兄がレグラの魔法を食らってしまった。
――だからまあ、アテにはならないかな。
「あなたは、その辺でジャマにならないようにしててください!」
「……そ、そんな雑な……」
――悪いけど……、今あなたに構ってるヒマはないの!
「さららちゃん、これっていったい――――」
「――叶純! 話は後だ」
叶純さんが何か問いかけようとしたんだけど、世音さんがその肩に手をかけて制止してくれた。……正直、ありがたい。
――ごめんなさい、叶純さん。……後で、ちゃんと説明しますから!
「……で、どうすればいい?」
と、世音さん。
――さすが歴戦のトップ探索者。話が早い。
その隣で、叶純さんも今は黙って私の言葉を待っていた。
私は、ひとつ息を吸ってから言葉を発する。
「――レグラを抑えるために、力を合わせましょう」
短い打合せの時間を経て、最初に飛び出したのは叶純さんだ。
「――断空!」
叶純さんの刀が空中で閃き、遠距離からレグラの片腕を斬り飛ばした。
「……クッ! ――天王寺叶純か!」
「レグラっ! よくも鋼侍を――ッ!」
叶純さんの気合は十分だけど、なぜか今はアジ・ダハーカ戦のときのような圧倒的な力は発揮できないみたいだ。
無理はせず、赤金龍を盾にして攻撃をするようにお願いした。
レグラの傷はすぐ再生するようだけど、とにかく自由に動けないようにジャマをするのがねらいだ。
「――破瀬さらら! キサマがコイツらを転移させタのか!」
「……うん、そうだよ?」
今さらのレグラの質問に、私は平然と答えた。
――すると、近くにいた世音さんと雨江が、私を見てギョッと驚いた顔をしていた。
……あれ? 何か変だった……?
「……許サン……。キサマがそうするのナラ、こちらも数ヲ増やす……!」
そう言ったレグラの背中が、ボコボコッと盛り上がる。
うわぁ……ちょっと、グロい……
あのスーツみたいに見えた服も、実はレグラの体の一部ってことか。
モンスターで言うと、スライムみたいな特性を持った肉体なのかもしれない。
それからひと呼吸ほどの間に、レグラがわらわらと増殖していた。
――いや、レグラそのものではない。本体以外はみんな、顔のパーツがないのっぺらぼうだ。……作画の手抜きかな?
顔無しのレグラの複製体――それが、一気に13体も出現した。
『……予想通りですね』
と、リヴィエが私にだけ聴こえる声で言った。
そう――ここまでの展開は、全部リヴィエの読み通りだ。
……あのコピーからは、レグラ本体ほど強い力は感じない。――ということも含めて。
『――やはり……。S級モンスター相当の力量のようです』
(さっすがリヴィエ! 予想的中だね!)
私が胸中でリヴィエをほめたたえると、リヴィエから喜びの感情が伝わってきた。
顔無し――偽レグラの数は13。
……これなら、事前に考えていた通りのやり方で対応できる。
「――世音さん。さっき言った通り、私の護衛をお願いします」
「ああ。――おい、雨江! お前も手伝え」
「わかったよ……」
世音さんの言葉に、雨江が渋々といった様子で従う。雨江を信用するわけじゃないけど、それはそれでありがたい。
背中の大剣を抜きながら、世音さんが言う。
「ただ、嬢ちゃんよ……。さすがに多勢に無勢すぎるぜ」
「大丈夫です」
――と、ほほ笑んで応えた。
それから少しかっこつけて、空中に片手を伸ばしながら叫ぶ。
「――ダンジョンよ、私を守る戦士を生み出せ!」
……実は叫ばなくてもいいんだけど……
――こういうのは、カタチから入るのも大事……だと思う。
ブゥン……と虚空から現れたのは、身長2.5メートルほどの白と黒の竜人たち。
それぞれ7体ずつの、計14体――よし、偽レグラより1体多いね!
「ひっ、ひぃっ! モ……モンスターを召喚したぁっ!?」
「じょ、嬢ちゃん……そいつらはいったい何なんだ……?」
あわてふためく雨江に続いて、世音さんが青い顔で恐る恐る私にたずねてきた。……さすがに疑問を押し殺せなかったみたい……
「――S級モンスターのドラゴニュート・ブランと、ドラゴニュート・ノワールです。……今だけでいいので、仲良くしてくださいね?」
――と、説明したところ、雨江がまるでバケモノでも見るかのような顔をしている。
……なによ、その顔。……ちょっとひどくない?
「S級モンスターが14体も…………――俺たちって必要か…………?」
……って思ってたら、なんと世音さんまで私にジト目を向けてきた。
「――あ、当たり前じゃないですか! この子たちは、まだ生まれたてなんですよっ! ちゃんと面倒見てあげてくださいよ!」
苦しい言い訳になっちゃったけど……、世音さんは「やれやれ」と首を振りつつ、ドラゴニュートたちと共闘する姿勢を取ってくれた。
――――よし! これで、時間かせぎのメドは立った……!
ドラゴニュート1体の力は、偽レグラ1体と互角のはず――雨江は数に入れないとして……2体は私の護衛につけても問題なさそうだ。
いくら力を手に入れたからと言ったって、私は戦士じゃないからね。油断は命取りだと思う。
――――後は、あの人が帰って来るまで粘れれば…………
(――リヴィエ、あとどのくらいかわかる……?)
私は、胸の中のリヴィエにそれをたずねた。
†††
『――あなたのお兄さんは、きっと間もなく帰って来ます』
「……えっ? ホント!?」
リヴィエにそれを聞いたのは、私がダンジョンの「コアルーム」に転移して、レグラにドッキリ大作戦を仕掛ける準備を終えた直後のことだ。
『――はい。「霊界」の方で動きがあったようです。どうやら、他の神々も動いている様子』
「……な、なんかすごいことになってるんだね……」
――また話が、雲の上の方に飛んで行った。
そう思わざるを得なかった。
――お兄は『霊界』のVIPだった?? ……何もわからない……
『――その神の1柱から頼まれました。転移の座標指定に協力してくれ、と。……お兄さんは、やや特殊な空間にいるようですね』
……そうなんだ。
――〝座標〟か……位置ってことだよね。
リヴィエの力の一部は今、この世界にいる私に宿っている。だから、ちょうど良かった――……ってことなのかな?
「……――大丈夫そう?」
『はい。ただ――空間をつなぐ間は、少し集中する必要があります。その間はサポートができませんので、気をつけて』
「うん、わかった!」
私とリヴィエの間で、そんなやりとりがあった。
†††
『――たった今、向こう側から合図がありました! ――これから私は、転移の補助に入ります』
(わかった! よろしくね!)
それは私にとって、今か今かと待ち望んだ瞬間だった。
――――お兄が帰って来る…………!
お兄が帰ってくれば、きっとレグラにも勝てる。
……お兄がいなくなる前とは違って、今なら「ダンジョン・マスター」の力を借りた私がみんなをサポートできる。
みんなで力を合わせれば、きっと……!
――私は、そう信じていた。
このとき、龍ノ顎ダンジョンのボス部屋内では、合計で30近くの人や神、モンスターが入り乱れての大混戦となっていた。
……戦力は釣り合っている。何も問題はなさそうだ。
――――ここで私には1つ、失念していたことがあった。
それは……この場で転移の魔法を使えるのは、リヴィエの力を借りた私だけじゃない、ということだ。
「…………これ以上、付き合っていられナイ。――茶番はもう、終わらセル」
そんな声が、実際に聴こえたわけではない。
……ただ、その瞬間――ゾクリと冷たい殺意が、背中に差し込まれたような気がした。
「――――レグラが、消えたっ!?」
レグラと戦っていた叶純さんが、驚愕の叫びを上げた。
その直後だった。
「死ネ」
レグラの声が、ごく近くから聞こえた。
護衛の2体のドラゴニュートの首が、一瞬で胴から断たれて宙を舞った。
「あ……」
――――防御魔法を……!
――ダメっ! 間に合わない…………ッ!!
眼前に迫るレグラの剣に、私が絶望して涙があふれかけたとき――――
――――ガキイィィンッッ…………
私の視界は、見慣れない黒い鎧をまとった人の背によってさえぎられていた。
それは、世界で一番頼りになる大きな背中だった。
――――帰って来た…………!
その喜びと、もうこれで大丈夫だという安心感で、私の胸はいっぱいになった。
「――――バカなッ!? 〝ハセコー〟ダト…………ッ!?」
まったくの予想外だったのだろう。
レグラが愕然としているのが、声だけでわかった。
攻撃を防いだ姿勢のまま、お兄の背中がぶるりと震える。
――――その背から、バチバチと雷が落ちる直前のような、激しい感情の高ぶりを感じた。
「――――俺の妹に…………何さらしてくれとんじゃ、ワリャああぁぁっっッッッ!!」
それは、私史上初めて見る、
巨大火山が噴火したような、大爆発だった。




