#82 白騎士
真っ暗な星の海のような、ダンジョンの深奥にて――。
破瀬鋼侍は、ダンジョン内で知り合った〝黒騎士〟を名乗る謎の人物と共に、「ボス部屋」にも似た真っ白な両開きの扉をくぐる。
その先には、再び見慣れた宇宙空間が広がっていた。
ここに至るまでに、ダンジョンのあらゆる場所で見た光景だ。――それが本物の宇宙ではないということに、2人はとうに気づいていた。
白い扉の内側さえも透明な壁に変わり、きらきらと輝く星空を映していた。
――マジックミラーみたいだ、と鋼侍は思った。
ボス部屋に似せたような広間。
内壁が透明なため、その境界は判別しづらい。が、100メートルから200メートル四方ぐらいの大きさだろう。――壁からの反響音によって、鋼侍はそう推測した。
「――あれが、〝白騎士〟……」
純白の戦士が、奥の壁際で待ち構えていた。
おそらく、出口を守っているのだろう。
侵入者に気づいた白騎士は、鋼侍たちと同じペースで前へと歩きだす。――その結果、3者は広間の中央で向かい合った。
「――この姿で逢うのは何年ぶりだい? 〝白騎士〟」
「さてな……」
黒騎士が「宿敵」というだけあって、両者は旧知の仲のようだ。
未来的な全身鎧姿の2人は、まるで色違いのフィギュアのようにそっくりだった。
――唯一異なる装いの鋼侍は、白騎士の放つ気配に緊張を高めていた。
(……やっぱり、コイツも〝師匠〟と同じ……! 強さの底が見えねぇ……!)
白騎士がおごそかな声を放つ。
「……この先に進みたければ、俺に力を見せてみろ」
鋼侍は白騎士から、黒騎士よりも真面目で物静かな雰囲気を感じ取った。
「――相手は俺でいいのか……?」
「師匠(=黒騎士)に代わってもらえないかな〜」という、わずかな望みをかけて鋼侍はたずねた。
しかし――、
「……誰が相手でも容赦はしない」
定型句のような答えを返され、内心でがっかりした。
「……先手は譲ってやろう。かかってこい」
「言ったな……」
少し離れた距離で向き合った後、鋼侍対白騎士の戦いが始まる。
白騎士が両手に構えるのは、長剣とカイトシールドだ。
2本の大剣を操る超攻撃型の黒騎士とは違い、攻守に優れたバランス型の装備だと言える。
――黒騎士と同等の力を持つという、白騎士。
鋼侍との力量差としては、文字通り大人と子供ほどの開きがあるはず。
鋼侍は、腹をくくることにした。
(――――最初から、全力で行く!)
全身からSPを放出する鋼侍を見て、黒騎士がバイザーの中で目を細める。
「おや……もう〝アレ〟を出すのかい。――ったくあの子は、思いきりが良すぎんだよ……」
鋼侍がジグザグにフェイントをかけながら、白騎士に襲いかかる。
「――おおぉぉッ! 光槍突撃ッッ!!」
それは、鋼侍がこの3日間で身につけた攻撃スキルの1つだ。
大量のSPで体の前面を覆う槍状のオーラを形成し、敵めがけて突撃する。
今の鋼侍が持つ手札の中で、最も威力の高い攻撃だ。
回り込んで死角を突こうとした鋼侍だったが、白騎士は鋼侍の動きに完璧に追従し、真正面から盾で光槍の突撃を受け止める。
――ズガガガガリガリリィッッ!
激しい衝突音が、広間を震わせた。
「……良い一撃だ」
鋼侍の突撃は、白騎士のカイトシールドに大穴を開けていた。
「へっ、そりゃどうも!」
鋼侍は身にまとったSPのバリアを維持したまま、すぐに再び距離を取る。
――無防備なまま止まったら、瞬殺される。そんな予感があった。
†
(――――意外と善戦できている、だと……?)
戦闘開始から10分以上が過ぎた。
彼我の実力差を考えれば、圧倒的な強さでねじ伏せられても不思議はない。
そう予想していた鋼侍だったが、意外にもそんな展開にはならなかった。
そして、鋼侍はその理由に見当がついていた。
「――……ふむ。〝10%〟は問題ないようだな」
鋼侍には、白騎士のその言葉の意味がわかった。
「ありがてぇなぁ……。手加減してくれてるのかよ……?」
そう。白騎士は力をセーブしていたのだ。
つまり、白騎士はこれまで本来の10分の1の力しか出していなかったということだ。
あまりに絶望的な力の差を前に、鋼侍は自然と口角を持ち上げていた。
「――あまり早く終わってもつまらんだろう? ……俺にも、楽しむ権利ぐらいあるはずだ」
……なんか、微妙に実感がこもっているような――……?
白騎士のセリフの裏にある思惑が気になった鋼侍だったが、深く考える時間は与えられなかった。
「――次は少し強く行く。……死ぬなよ」
「……上等だ」
〝20%〟と、白騎士が声に出して告げた。
戦いは、より激しさを増してゆく。
†
『――あんたの動きには、無駄が多すぎる』
極限まで集中力が高まった中、鋼侍は脳内のどこかで黒騎士の教えを回想していた。それはほぼ無意識下の行いであり、白騎士との戦闘行動に支障はなかった。
『急所を突くセンスは認めるが、もっと攻撃の予備動作をなくしな。攻撃を避けるのも、最小限を意識しな』
黒騎士の指導はわかりやすかった。
元々探索者になって日が浅く、あれよあれよという間にX級まで上り詰めた鋼侍だ。
このダンジョンに至るまで、明確な上位者からここまで濃密な指導を受ける経験などなかった。
鋼侍は乾いたスポンジが水を吸うように、黒騎士の教えに従ってめきめきと実力を伸ばした。
――いまや鋼侍の戦闘力は、地球の他の全探索者からかけ離れたレベルに達していた。
†
(…………もっと速く、もっと鋭く、コンパクトに…………)
激しい剣戟の応酬の中、だんだんと鋼侍の動きが加速していく。
このとき鋼侍は、いわゆる〝ゾーン〟に入っていた。
「――……こいつは……!」
観戦していた黒騎士は、いつしか前に身を乗り出していた。
さっきから、白騎士の攻撃はことごとく空を切っていた。
おそらく今の鋼侍には、周囲全てがスローモーションに見えているだろう。
(アイツ……! ここに来て開花しやがった……! ――チッ! どうせなら、あたしのときに見せてほしかったねぇ……)
若干の悔しさを感じながらも、黒騎士は内心で鋼侍に賛辞を送った。
「――まさかッ、これほどまでとは……!」
鋼侍の光の盾の刃に斬り取られ、白騎士の鎧が欠損した。
まだ刃は内側の肉体にまでは届いていない。――しかし、それも時間の問題と思われた。
――いま、白騎士の能力解放は何%に達していただろうか?
――30%? ――50%?
鋼侍の脳内にはもう、そんなことに割り振る思考のリソースはなかった。
いまの鋼侍の頭にあるのは、ただ1つ――
〝目の前の敵を討つ〟――これだけだ。
そしてついに、鋼侍の光の盾が、白騎士の兜のバイザーを正面から打ち抜く――――
「――――見事だ、鋼侍…………」
深々と貫かれたかにも見えた白騎士の顔面だが、負傷してはいなかった。
白騎士はとっさに魔力による障壁を張り、鋼侍の光の盾による突きを紙一重で防いだのだ。
壊れたバイザーに隠されていた白騎士の素顔――それを間近で見た鋼侍は、細い目を限界まで見開く。
「――――…………親父ぃ…………ッ!!」
忘れもしない、鋼侍の父親――破瀬守の満足げな顔がそこにあった。
――パン、パン、パン、……とグローブが打ち合わされる音が響く。
2人の戦いを見守っていた黒騎士が、拍手を送りながら歩み寄っていた。
その正体は誰か――――鋼侍はもう、確信を得ていた。
「――――母さん! 母さんなんだろ!」
鋼侍が黒騎士に向かって叫んだ。
黒騎士は答える代わりにバイザーを上げ、初めてその下の素顔を鋼侍にさらす。
――――鋼侍にとって、4年ぶりに見る懐かしい顔がもう1つ、そこにあった。
「……強くなったね、鋼侍」
黒騎士――破瀬祭離はそう言って、鋼侍の健闘をたたえた。
亡くなったはずの両親との、思いがけない対面。今、この時を前に――――
鋼侍の瞳の上には、きらきらと光るものが浮かんでいた。




