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#81 黒騎士

 ――そこはまるで、星の海だった。



「――……なんだ、ここ…………?」



 破瀬(はせ)鋼侍(こうじ)は、きょろきょろと周囲を見回した。

 たった今、突然この空間に放り出されたところだ。


 360度どこを見ても、暗く冷たい宇宙のような空間が広がるばかりだった。

 そして景色全体が、足下の(はる)彼方(かなた)に見える強い光を中心に、ごくゆっくりと回転しているようだった。


 吸い込まれそうで不安になるが、どこを見ていいのかもわからない。

 ――そんな感覚だった。


 鋼侍はついさっき、レグラからランダム転移の魔法を食らって、この空間に投げ出された。

 ここがどこなのか、どこへ向かえば帰れるのか――……何もわからなかった。


「――進むしかないか……」


 鋼侍はとりあえず、足が向いた先に歩き出すことを決めた。


 目には見えないが、地面はそこにあった。つるつるとした透明な床のようだ。同じく透明な壁や天井もあるようだ。

 空気も、豊富な魔素(まそ)もあった。


 ここで、鋼侍の頭にピンと来るものがあった。


「――……まさか、ダンジョンなのか……?」


 見た目が宇宙なことを除けば、慣れ親しんだダンジョンと条件はそう変わらない――鋼侍はそう感じた。


 ダンジョンといえば――と鋼侍が思った直後、


 いつの間にか鋼侍の視界内に、巨大なモンスターが出現していた。


 ――まるで、いきなり宇宙空間を切り裂いて、領域(テリトリー)の内側に侵入してきたかのように。


(……本物の宇宙じゃない――? パソコンで言ったら、デスクトップの壁紙みたいなもんか……)


〝――目に映るものだけを信じてはいけない――〟


 鋼侍はこのダンジョンのルールを1つ、理解した。



 巨大な蛇人間。

 現れたモンスターを端的に表現すれば、そうなるだろう。


 ただし、下半身の大蛇の胴体は、腰を起点に複数が群がって(うごめ)いており、両肩からも多数の蛇が頭を出して、鋼侍を見下ろしていた。

 ギリシャ神話に登場する「テュポーン」によく似た怪物だ。――よって、以降はテュポーンと述べる。


(――俺1人でコイツと戦うのかよ……!)


 初見の敵だが、X級でも指折りの力量を持つモンスターに違いない。――鋼侍は、テュポーンの放つ魔素からそれを感じ取った。


 仲間は誰もいない。

 鋼侍は悲壮な思いを抱えつつ、両手に光の盾(オーラシールド)を出現させた。



「……はー、疲れたぁ……」


 力尽きたテュポーンが光の粒子に変わったことで、鋼侍はここがダンジョンの中だと確信を持つことができた。

 戦闘に要した時間は1時間あまり。

 鋼侍はひどい精神疲労を感じていた。それだけ余裕のない戦いだった。


 テュポーンには弱点らしい弱点がなく、高い再生力を誇る相手を無限に削り続けるような戦いとなった。

 しかも攻撃力が非常に高く、鋼侍は装備をボロボロにされてしまった。


(先が思いやられるな……――ってか、叶純(かすみ)たちは無事なのか……?)


 自分がこのダンジョンにいる間に、元の場所では何が起こっているだろうか――そう思うと、鋼侍の胸にチリチリと焦りが(つの)った。


 とにかく先に進まなければ――鋼侍がそう思い、再び歩き始めたときのことだった。



「――やれやれ。あの程度の雑魚(ざこ)を相手に……見てられないねぇ」



 そんなあきれたような声が、鋼侍のすぐそばから聴こえてきた。


「! ――誰だっ!」



 ――暗い宇宙に溶け込むような、漆黒(しっこく)の戦士が佇んでいた。



 SF作品に登場しそうな全身を(おお)うメカニカルなデザインの甲冑(かっちゅう)。それに身を包んだ人型の存在がそこにいた。


(いつの間に……)


 この戦士は遅くとも、さっきの戦闘が終わる前にはそこにいたはずだ。

 ――しかし鋼侍は、声を掛けられるまで戦士の存在に気づかなかった。


(それに――コイツ、ヤバい(・・・)……)


 身構える鋼侍のこめかみに冷や汗が流れる。

 相手の力量が読めない。――少なくとも、いま倒した「テュポーン」より遥かに上だ。……鋼侍は、そう推測した。


 ――仮に不意打ちを食らっていたとしたら、きっと()すすべなくやられていただろう。


 黒の戦士は、ゆっくりと両手を上げた。


「……おいおい、落ち着きな。やるつもりならもうやってるよ」


 ――敵意はない。黒い戦士は態度でそれを示していた。


 それを理解し、鋼侍は少し緊張をゆるめた。


「あんたは……? ここで何を?」


 鋼侍の質問を聞いて、黒の戦士は片手をあごに運ぶ。


「1個ずつ聞いてほしいもんだが……まあ、その疑問はもっともかねぇ」


 ――その仕草と口調が、鋼侍の記憶の中にある誰かと重なるような気がした。


「あたしのことは〝黒騎士(くろきし)〟と呼びな」


 ……見たまんまだな。


 鋼侍はそう思いつつ、「黒騎士ってカッコイイな」と、厨二(ちゅうに)(ごころ)が刺激されるのも感じていた。


「目的は……――そう。このダンジョンの奥にいるヤツに用があるのさ」


「……そうなんスね」


 その説明に、鋼侍はとりあえず納得した。

 ――もう少し鋼侍に注意力があれば、取ってつけたような説明だ、と感じたかもしれない……。



「――ところであんた、強くなりたくないかい……?」


 そんな質問をしてきた黒騎士は、どこかウズウズしているように鋼侍(こうじ)は感じた。

 唐突な問いではあったが、鋼侍は深く考えず正直に答える。


「そりゃ、なりたいかなりたくないかで言ったらなりたいですけど……」

「そうかい!」


 表情はバイザーに隠されて全く見えないが、黒騎士が喜色を浮かべたのが鋼侍にも伝わった。


「――だったら、あたしが(きた)えてやるよ」


 黒騎士は、片手の親指で自分を差し示した。

 謎めいた人物(?)だが、相当の実力者であることは間違いないだろう。

 鋼侍にとって、ありがたい話ではあった。しかし、


「俺、急いで元の場所に帰らないといけないんスよ」


 鋼侍は自分が「レグラ」という神のような存在によって、この場所に無理やり転移させられたことを説明した。

 黒騎士は、(わけ)知り顔で(表情は見えないが)うんうんとうなずく。


「安心しな。ここでの時間の流れは、ふつうの世界とは比べものにならないぐらい早い。――こっちで1日過ごす間に、向こうでは5分も進まないよ」

「! そうなんですか!」


 鋼侍がもっとよく考えていれば、それをなぜ黒騎士が知っているのか――という、自然な疑問が浮かんだかもしれない。

 ――が、鋼侍は短いやりとりですっかり黒騎士に対する警戒を()いてしまっていた。……あるいは、黒騎士の雰囲気が鋼侍にそうさせたのかもしれない。


「――ぜひ、よろしくお願いします! 師匠!」

「師匠か……。いい響きだねぇ……」


 黒騎士、改め師匠と呼ばれるようになった者は、まんざらでもない様子だった。




 黒騎士の実力は、その後すぐに明らかになった。

 再びテュポーンが現れたとき、黒騎士はあっという間にそれを仕留めてみせたのだ。


「すっげ……」


 目の前でそれを見せられた鋼侍は、開いた口がふさがらなかった。


 黒騎士は、左右の手でそれぞれ刀身1メートルを超える大剣を(たずさ)え、二刀を自在に操っていた。

 ただ強いというだけではない。豊富な戦闘経験に裏打ちされた、洗練された戦闘技術の一端を垣間見(かいまみ)せた。


「――どうだい? あたしは結構やるだろう?」

「……け、結構なんてもんじゃないッスよ!」


 得意げに問われ、鋼侍はカクカクと首を縦に振った。


 その反応に、黒騎士は満足げにうなずく。


「あんたも鍛えれば、このくらいできるようになるさ。――さあ、次の獲物を探そうか」

「は、はい!」




 それからモンスターと数回の戦闘を経て、黒騎士が鋼侍の姿を見かねたように言う。


「――しっかし、あんたの装備、もうボロボロだねぇ……」

「そ、そうッスね。でも、今これしかないんスよね……」


 この不思議なダンジョンの中に、修理をするような設備はない。

 黒騎士はわずかに思案するようすを見せてから、言う。


「ふむ……。あたしがなんとかしてやろうか? ちょいと見た目は変わるだろうけど」

「えっ、そんなことできるんスか?」


 驚く鋼侍に、黒騎士はヒラヒラと片手を振る。


「ああ。お茶の子さいさいさ」



「――……どうだい?」

「すげえ! めちゃくちゃイケてますね!!」


 黒騎士が手をかざして何ごとかを念じると、鋼侍の装備がフルリニューアルされた。

 ガントレットとグリーブはほぼ元のデザインのままだが、胸部や腰部にも黒騎士と同じような材質の鎧パーツが増え、明らかに防御力が増していた。

 全身を覆っていた魔鋼(まこう)素材製のスーツも、より強靭(きょうじん)な素材のものに生まれ変わっていた。


「新しい装備には自己修復機能がある。多少壊れても、魔素がある環境なら元通りさ」

「すごっ! いや、それヤバいっすね!」


 ――そんな装備が普及したら、装備の修理で稼いでいる業者が倒産しそうだが……このときの鋼侍がその考えに思い至ることはなかった。


 ただし、元の鎧パーツにあった赤いラインは消え、黒を基調に白を差し色としたカラーリングに変わっていた。


「……別に真っ黒でも良かったんだが、後で文句を言われそうだからねぇ……」

「いや、これカッコイイっすよ! 最高です!」


 単純な鋼侍は、黒騎士の謎めいた独り言を気にすることはなかった。


「黒と白――闇と光で……さしずめ、〝陰陽拳士(おんみょうけんし)〟ってとこかねぇ?」

「うおおぉぉ! かっけーーッッ!!」


 子供のように盛り上がる鋼侍を見て、黒騎士はバイザーの内側で生温かい目つきになった。




 それから鋼侍が黒騎士に鍛えられ、ダンジョンの深部に向かうまでに、鋼侍の体感で3日ほどの時間が流れた。


 ――その間、2人は食事や睡眠等の生活をどうしたのか、と疑問に思う者もいるかもしれない。


 そこで、鋼侍の元の世界も含めて、ダンジョン内では探索者の生理活動が停滞するということを補足として述べる。

 これにより、探索者は食事やトイレの問題を気にすることなく、ダンジョン内で長時間の活動が可能となっている。




 ――――場面はダンジョンの深部へと移る。


 鋼侍から見て、そこはまるで「ボス部屋」の前だった。


 ここに至るまでに通過したダンジョンの壁や床は、一定の距離以内では透明に見えるものだった。

 しかし、いま鋼侍と黒騎士の前に立ちはだかっているのは、真四角の白い両開きの扉だ。内部を見通すことはできない。


「……この奥に、師匠の敵がいるんですね……」


 鋼侍が緊張の面持ちで言った。

 鋼侍から見て、未だ強さの底が見えない黒騎士。その敵とは、どれほど強大な存在なのだろうか……――そんな想像をしていた。

 この3日間で飛躍的な成長を見せた鋼侍だが、それでも黒騎士の力にはまるで及ばないという自覚があった。


「……ああ。言ってなかったね。戦うのはあんたさ」

「えっ」


 鋼侍の目が点になる。


(――そ、そんなっ!? い、いや……師匠がそう言うってことは、俺でも勝てる相手なのか……?)


「――俺が? ……師匠の相手じゃなかったんです?」

「あれ? そういう話だっけ……?」


 黒騎士は、うっかりしていたとでも言うように片手を頭の後ろに運ぶ。


「……別にいいだろ? せっかく鍛えたあんたの力、あたしに見せてくれよ」

「まあ、師匠がそう言うなら……」


 上手く丸め込まれたような気持ちになりながらも、鋼侍は師の言葉に従うことにした。


 鋼侍自身、自分の成長を確かめたい気持ちもあったからだ。

 今の自分ならテュポーンはおろか、ベヒーモスやアジ・ダハーカが相手でも勝てる――そんな自信もあった。



「……で、中にいるのってどんな相手なんです?」

「ああ」


 黒騎士はひと呼吸はさんだ後、鋼侍の問いに答える。



「――――ヤツの名は〝白騎士(しろきし)〟。あたしの因縁の宿敵(ライバル)であり、あたしと互角の強さを持つ戦士だ」



「……………………」


 黒騎士の説明を聞いて、鋼侍は思った。



 ――――みんな、ごめん。


 …………俺の人生、ここまでみたいだ…………






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