#80 ダンジョンの主(後編)
龍ノ顎ダンジョン、地下10階――。
探索者らの間で〝巨竜の間〟と呼ばれる大広間にて。
「――クックックッ……」
この世界の管理者、レグラは非常に上機嫌だった。
レグラは今、自ら創造した仮初めの肉体に魂を宿して、下界に降臨していた。
その最大の目標は、〝特異点〟である破瀬鋼侍をこの世から排除することだった。
先ほど、【主人公】である雨江輝人の行為によって、鋼侍に致命的な隙が生まれた。
レグラはその機を逃さず、ランダム転移の魔法によって鋼侍を追放することができた。――それが、この上機嫌の理由だった。
レグラは次に、このS級ダンジョンをX級に進化させた上で「ダンジョンブレイク」を引き起こすつもりだ。――そうすることで、攻略されてしまったバルディアのX級ダンジョンによる異界の〝侵食〟を再開するのだ。
これによって、現状を元の【正典】に大きく近づけられるはず――レグラはそう考えた。
「――――断空!」
そんな算段を立てていた頃、レグラは自身の肉体が斜めに両断されたことに気づいた。
見れば、天王寺叶純が太刀を振り抜き、必殺の攻撃スキルを放った後だった。
しかし――――
「…………今、何かしたのカ?」
レグラはまるで痛みを感じていないかのように、平然と言った。
「――そんな……!!」
「あぁ……やっぱり、『物理無効』だ……」
叶純は両目を見開き、〝原作〟のゲーム知識を持つ雨江は頭を抱えて嘆いた。
確かに切断されたはずのレグラの肉体は、いまや全くの無傷だった。
鋭い剣閃がレグラの体を斬り裂いた直後、またたく間に自己修復が完了していた。
レグラが叶純に向けて片手をかざす。
「……我に歯向かうのであれば、容赦はしないガ――」
「くっ……!」
レグラから肌を刺すようなプレッシャーを感じ、叶純は後退りした。
とはいえ――と、レグラは思い直す。
天王寺叶純は、【正典】において【ヒロイン】という役割を持つ重要人物だ。
また理由はわからないが、鋼侍を排除した途端に叶純の能力値は大幅に低下していた。ゆえに、レグラにとって今の叶純は、脅威にはなり得ない。
加えて、曲がりなりにもレグラはこの世界を治める者。〝異分子〟でもない現地人の命を、いたずらに奪うことは本意ではなかった。
「――今は捨て置ク。〝神〟の偉大さを噛み締めるが良イ」
そんな捨てゼリフを残し、レグラはその場から転移――瞬間移動する。
目的地は、このダンジョンの最下層。ダンジョンの「核」が設置された「コアルーム」だ。
「消えた、だと……?」
「まさか、『ダンジョンブレイク』を起こしに……?」
レグラの目的を予想し、世音と叶純が呆然と声を発した。
「もうダメだ……おしまいだ……」
雨江はしゃがみ込んで両手を地面につき、絶望の声を上げた。
――転移のような移動手段を持たない彼らには、レグラを止めるすべがなかった。
†
ダンジョンの心臓、「コアルーム」。
その場所は、番人である守護者を倒した先となる。
レグラとしては、守護者に用はない。
そこで、直接「コアルーム」内に転移することで、守護者との戦闘を避けた。
今レグラの前には、空中に浮遊する巨大な赤水晶があった。
「コアルーム」の中心にたたずむこの人間大の結晶体こそが、ダンジョンのあらゆる活動の源となる「核」だ。
「……始めヨウ」
レグラは赤水晶に手をかざし、右手を錫杖に変化させる。
「ダンジョンブレイク」を起こすには、どうすれば良いか。
最もシンプルな方法は、「核」に大量の魔素を供給することだ。
かつ、今回はダンジョンをS級からX級に進化させたい。
そのためには、十分な魔素を蓄えた状態で「核」を操作すれば良い。
「――たっぷり食らエ」
レグラは自身の持つ膨大なエネルギーを、右手の錫杖を通して魔素に変換し、「核」へと注ぎ込む。
「……次は進化ダ」
魔素を十二分に注いだところで、レグラは自身の【管理者】としての権能を用いて「核」を操作しようとする。
しかし――
「……? 操作を受け付けナイ……?」
レグラにとって、本来なら簡単にできるはずの操作が、何度試しても上手く行かなかった。
例えるなら、電源が入っていない状態でテレビのスイッチを入れようとするような、そんな手応えのなさがあった。
「? ナゼ? 我ハ管理者なのに……?」
レグラの精神に多くの疑問符が浮かぶ。
……が、答えが返って来るはずもなく。
レグラはその後も何度か同じ操作を試した挙げ句に、「これはもう、どうしようもない」と悟る。
「――……仕方ナイ。このまま魔素の供給を続ケル。大量の魔素を与えれば、X級に進化する可能性もあるハズ……」
レグラはその可能性に望みを懸け、「核」への魔素の注入を再開する。
「――――――――」
レグラは操作に失敗した鬱憤を晴らすかのように、莫大な量の魔素を赤水晶に注ぎ込む。
そのすべてが、何の抵抗もなく「核」へと吸収された。
――その様はまるで、広大な砂漠にじょうろで水を撒くようであり、あるいは、穴が空いたバケツに水を注ぐかのようでもあった……。
「……………………?」
何かがおかしい――レグラがそう思ったときには、すでに自身がこの受肉体に蓄えていたエネルギーの8割を「核」に注ぎ込んだ後だった。
これだけの魔素を注げば、たとえX級ダンジョンであっても、「ダンジョンブレイク」をゆうに2、3回は起こせるはずだった。
レグラは魔素の供給を止め、しばし様子を見る……。
…………………………………………。
――――しかし、何も起こらなかった。
(……わ、我が注いだ魔素は、どこへ…………?)
理解不能。
……いや、むしろ――――理不尽すぎる…………!
ここへ来て、レグラのストレスは一気に爆発した。
「――なぜダァァッッ!? なぜ、何も起こらナイィィッッ!!」
怒り狂ったレグラは、決して広くはない「コアルーム」の中に暴風を巻き起こす。それはレグラが、荒れ狂う精神のままにエネルギーを発散させて起こったものだ。
砂埃が舞い上がり、「核」を中心に渦が発生した。
――これによって、レグラはようやく〝あること〟に気づくことができた。
「! ――――何者ダ!」
この場に潜んでいた何者かの存在が、空気の流れを妨げる異物として浮かび上がっていた。
なんとその者は、それまでレグラにも気づかれないほど高度な術で身を隠していたのだ。――ただの探索者にできることではない。
レグラの問い掛けに応えたのは――
「…………あっちゃ〜、見つかっちゃった」
まるで、かくれんぼで見つかったかのような、年若い少女の声だった。
S級ダンジョンの最深部で、今にも「ダンジョンブレイク」を起こそうとしていたこの世界の「管理者」の前だというのに……――その声は、あまりにものんきだった。
「…………キ、キサマは…………!」
レグラは彼女を知っていた。
なぜなら彼女は、レグラが目の敵にしていた〝特異点〟――破瀬鋼侍の唯一の家族である。
「――――破瀬さらら…………!」
この場にいるはずもない彼女が、そこにいた。
さららは、協力者である神リヴィエの力を借りて、レグラより先にここ「コアルーム」内へ転移していたのだ。
X級探索者の力を持ってしても、容易には抗えない相手――それがレグラだ。
そんなレグラを前にして、さららは堂々と胸を張った。
――しかもその上で、からかうように言ってのける。
「はじめましてだね! ……いたずらは楽しんでもらえたかな?」
その言葉によって、レグラは「核」の異常を起こした犯人が誰かを知る。
「キサマ、キサマが…………ッ!」
レグラの全身が怒りで震える。
――その一方で、当然の疑問も湧く。
(――人間にできるようなことではナイ……! ナゼ……? 破瀬さららは、探索者ですらない、ただの人間だったハズ――)
レグラはふと、さららの内側に人間と全く異なる気配があることに気づく。
その気配の正体を探り――――レグラは驚愕した。
「――ん? ……どうかした? 幽霊でも見たみたいな顔だね」
レグラの様子が変わったことに気づいたさららは、問いながら不敵な笑みを浮かべた。
「アリ得ない……キ、キサマのその力は――――まさか、神の…………?」
そう――レグラはこのとき、さららの内側に宿る、神リヴィエの力を感じ取ったのだ。
「ああ、わかるんだ」
さららは納得してうなずいた。
『――そのぐらい、神ならば気づいて当然です』
……という、ここでのリヴィエの声は、さららにだけ聴こえていた。
さららは、鼻を高くして語る。
「そうだよ。――このダンジョンが元々あった世界の神さまが、私に力を貸してくれたんだ」
「なん、ダト……?」
信じられないような声を出すレグラに対し、さららはスッと人差し指を突きつける。
「――いわば、今の私は『ダンジョン・マスター』! これ以上、あなたの好きにはさせない!」
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