#79 ダンジョンの主(前編)【さらら視点】
まるで、白昼夢のようだった。
「――ここは…………?」
私――破瀬さららは今、ふしぎな体験をしている。
ついさっきまで、ギルド『スター・ウィッシュ』の本拠地で、団長の寧々さんと一緒にダンジョンの様子を見ていたはずなのに……
訪れたこともない場所。
これまでの人生で見てきたどんな景色とも違う。
強いていえば、海外の広い自然公園あたりとか?
人の手が入っているとは思えない、見渡す限りの大自然だ。
でも、ジャングルのように乱雑ではなく、ふしぎな調和が取れている。
別世界――そう呼ぶのが、ぴったりの光景だった。
『――……聴こえますか……?』
遠くの方から、かすかに誰かの声が聴こえたような気がする。
でも私の心は、目の前の光景に対する驚きと、「夢なら、早く目を覚まさなきゃ」という思いでいっぱいだった。
この〝夢〟の世界に入る前に、私が最後に見た光景。――それは「レグラ」という謎の少年(?)が、妙な魔法でお兄――鋼侍兄を消し去ったところだった。
お兄も心配だし、残された叶純さん達も心配だ。
あのレグラって子は普通じゃない。
いったい、どうしたら――
『聴こえますか?』
「うわあっ!」
急に耳元で話しかけられ、私はびっくりしてひっくり返った。
……って、ウソ!?
――私、浮いてる!?
このとき初めて気づいたんだけど、私はまるで幽霊みたいにふわふわと空中をただよっていた。さっきは景色を俯瞰で見下ろしていた、というわけだ。
「わ、わわわっ……お、落ちるうぅっっ!?」
パニックになった私は、そのまま真っ逆さまに地面に落下するんじゃないかと思った。
私があわてて両手をジタバタと振り回していると――
――パシッと、誰かが片手をつかんでくれた。
ぐいっと体を引き上げられ、再び足を大地に向けて垂直に立つ。
「……ふうっ。助かった〜」
ほっと、大きなため息が出た。
――と同時、目の前から鈴の音のような澄んだ声が響く。
『驚かせてしまいましたか? ごめんなさい』
その声の主、そして私の手をつかんでくれたのは、透き通るような水色の髪をした色白の少女だった。
うわ、きれいな人……
完璧な左右対称――人知を越えた美貌の持ち主が、今の私と同じように、空中にたたずんでいた。
――ふつうの人じゃない。私はそれを直観した。
『あの……』
「……あっ、失礼しました」
思わず、ぼーっと見惚れてしまった。
――はて?
……この人はいったい……?
『突然お招きしてしまって、申し訳ありません。なにぶん緊急事態だったもので』
「そ、そうなんですね……?」
えっ……?
この人が、私をこの世界に招いた……?
『――ここは私の精神世界です。外の世界では時間が止まっているので、ご安心ください』
「はあ……」
よくわからないけど、なんかすごいことになってきた。
……いきなりの展開すぎない?
「あなたは、いったい――?」
私が問いかけると、彼女は膝を曲げて軽く頭を下げた。西洋式のカーテシーに似たおじぎだ。
『申し遅れました。私の名は「リヴィエ」――あなた方が住む世界とは、異なる世界の神です』
「か、神さまっ!?」
私は非常に驚いた――でも、心のどこかで納得してる自分もいた。
確かに彼女は、神さまにふさわしいだけの美しさと神々しさを兼ね備えていると思う。
――ってか、たかが人間の私に対して、めちゃくちゃ礼儀正しい!
……どこかの神さまに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい気分だわ。
だけど、そんな神さまがなぜ私を……?
――私が内心でそう思っていると、リヴィエさまはさっそく用件を切り出してきた。
『手短に言います。――「ダンジョンブレイク」を防ぐために協力してください』
「――!!」
「ダンジョンブレイク」――そうだ。
あのレグラという神(?)の少年が、先ほどとんでもないことを言っていた。
――確か、龍ノ顎ダンジョンをX級ダンジョンに進化させて、「ダンジョンブレイク」を引き起こすとか……。
どうやって実現するのかはわからないけど、もしできてしまったら、バルディアの災厄の再来だ。東京はきっと地獄絵図になってしまう……。
「――どうして、それを私に……?」
私の当然の疑問に対し、リヴィエさまは次のように答える。
『資格を持つ下界の民は、あなたしかいませんでした』
「……資格?」
『ええ』
リヴィエさまはうなずく。
『あなたは言わば、もう1つの〝特異点〟――大いなる神々の加護を得た、神の申し子なのです』
「?? そうなんですか?」
何ひとつわからない。
私、実はすごかった……?
「――でも、どうやって『ダンジョンブレイク』を防ぐんですか?」
『私が力を貸します』
――なるほど?
『……実は、ダンジョンとは元々、私の世界にあったものなのです』
「! そうだったんですか」
リヴィエさまが再びうなずいた。
――っていうか私、さっきから似たような返事しかしてなくない……?
『あなた方の世界で25年ほど前、「テラ」という、あなた方の世界を創った神が、あなた方の世界と私の世界とを接続しました。それによって、あなた方の世界に多数のダンジョンが出現するようになったのです』
「『テラ』……レグラとは別なんですね」
『レグラは、テラの眷属です』
眷属――手下みたいなもんか。
神々の世界で、そんなことが起こってたんだ……
なんというか、本当に雲の上の世界の話だなぁ。
『――ですから、私の力をあなたに貸し与えることで、あなたにもダンジョンのコントロールが可能になります』
それは、すごい……
ダンジョン管理局が聞いたら、目の色を変えそうな力だ。
『協力してもらえますか……?』
説明は終わり、話はふりだしに戻った。
――うん。あとは、私が決めるだけね。
私はすっと息をひとつ吸って、リヴィエさまとまっすぐ目を合わせる。
「――やります」
そう答えると、リヴィエさまは穏やかにほほ笑んだ。
『ありがとう、さらら。――勇気ある人の子よ』
私だって、自分が住む東京をメチャクチャにされたくない。
お兄やギルドのみんな、友達だっているんだ。
私に力を得る資格があるのなら、私はみんなの助けになりたい。
私が決意を固めていたとき――ふとリヴィエさまの表情がほころび、少しお茶目な印象に変わった。
『それじゃあ……――ついでにいくつか、〝イタズラ〟でも仕掛けておきましょうか?』
――リヴィエさまって、色んな魅力のある神さまなんだな……と、私は思った。
†††
「――ちゃん、さららちゃん!」
……寧々さんの声が聴こえる。
ここは……ギルドのオペレーター室の中だ。
どうやら、現実世界に帰って来れたようだ。
私はハッと顔を上げた。
現実の私は、今までオペレーター席の椅子の上で眠りこけていたらしい。
「ごめんなさい、寧々さん。……私、寝ちゃってました?」
「え、ええ……。ほんの数秒だったと思うけど、びっくりしたわよ」
数秒――たったそれだけの間の出来事だったんだ。
さっきまでリヴィエさまの世界に招かれて体験したことは、しっかりと私の記憶に刻み込まれていた。
胸にそっと手を当てると、体の内側にリヴィエさまの存在を感じた。
『――どうぞ、リヴィエと呼んでください。私とあなたは対等なパートナーです』
頭の中でリヴィエさま――もとい、リヴィエの声が聴こえた。
……本当に、謙虚な神さまだ。
私の中に、今までは存在しなかった大きな力がみなぎっている。
――すごい。これがリヴィエの……
私はすっと席を立つ。
――時間がない。もう行かなくちゃ。
「寧々さん、すいません。説明は全部終わった後でするので……――驚かないでくださいね」
「えっ?」
そうは言っても、きっと驚くだろうなあ……とは思った。
「――ちょっと、世界を救いに行ってきます」
そう言うと、寧々さんの目が点になった。
「へ? ――さ、さららちゃん!?」
あわてふためく寧々さんの声を聞きながら――
私はリヴィエの力を借りて、龍ノ顎ダンジョンへ瞬間移動した。




