表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

86/89

#78 突然の別れ【叶純視点】

 私――天王寺(てんのうじ)叶純(かすみ)は今、龍ノ顎(りゅうのあぎと)ダンジョンの地下10階にいる。

 厳密(げんみつ)には、地下10階の中央にある〝巨竜の間〟という大きな広間(ホール)の入り口付近だ。


「……てめぇ、親父と母さんをどうしただと? ――もう1ぺん言ってみろ」


 すぐ隣から重く低い声が響き、私は肩を震わせた。

 ――鋼侍(こうじ)のこんな声、初めて聞いた。……怒ってるんだ。それも、すごく。


「…………うぅ」


 そんなとき、後ろの壁際で小さなうめき声が聞こえた。

 世音(ぜおん)さんの声だ。世音さんは雨江(あまえ)の不意打ちによって、今まで気を失っていた。


 私は鋼侍のそばを離れ、すばやく世音さんの近くへ移動する。


「世音さん、大丈夫ですか?」

「あ、あぁ……。――チッ、不覚を取ったぜ」


 世音さんは頭を手で押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。

 そして周囲を見回し、状況の変化に戸惑いを見せる。


「……何が起こってるんだ? なんで、ダンジョンに子供がいる?」

「私もまだ、わからないことの方が多いんですけど――」


 私は推測もふくめて、かいつまんで状況を説明することにした。

 これまでのレグラや雨江の言動が、推測の主な根拠となる。


 その説明の最中――



「――ふざけんじゃねぇっ!!」



 鋼侍が怒りを爆発させた声が、広いホール内で反響した。

 ――同じ会話を聞いていた私も、気持ちは鋼侍の怒りにシンクロしていた。


 ……レグラは、ひどい。

 理不尽で血も涙もない存在だってことが、はっきりわかった。

 ――こんなヒトが、私たちの世界の〝管理者〟だって言うの?


「……それじゃお前は、親父たちを殺すためだけに、250人が乗った飛行機を墜落(ついらく)させたって言うのかよ!!」


「――そうダ」


 怒鳴り声を上げる鋼侍に対し、レグラは眉ひとつ動かさなかった。

 私は「信じられない」という気持ちでいっぱいだった。


 ……人の命を、何だと思っているの……!?


「――〝異分子〟を始末できたことを思えば、ささいな犠牲(ぎせい)ダ」


 ……〝異分子〟の排除って、そんなに大事なことなの!?


 ――鋼侍の両親が悪事を働いたわけでもないのに、〝異分子〟っていうただそれだけの理由でっ!


 気づけば、私は歯を強く食いしばっていた。

 そんな私を見かねてか、世音さんが私の肩にそっと手をそえる。


「……おい、叶純(かすみ)――落ち着け。お前まで熱くなってどうする」

「は、はいっ……」


 世音さんにそう言われて、少し頭が冷えた気がする。


 ――そうだ。

 いまは臨戦態勢。冷静さを欠いてはいけない。


 状況が変化したのは、そんなときだった。



『……お(にい)、叶純さん。聞こえますか?』


 耳元に装着していたパッチフォンから、さららちゃんの声が聴こえてきた。


 ……まさか、通信が回復した?

 ――さっきまでは、全くつながらなかったんだけど……。


「聞こえてるよ。こっちの声は聞こえる?」

『あ、叶純さん。――聞こえます! ……良かったぁ』


 私がパッチフォンを介して応答すると、さららちゃんは安心したようだ。


「……なんだと……? まさか――」


 そんな声を発したのは、鋼侍(こうじ)の背後にいた雨江(あまえ)だ。

 雨江は顔を真っ青にしていた。


 このとき雨江は、ちゃっかり鋼侍が恵んだポーションを使って、レグラに斬られた左肩の治療を済ませていた。

 ……命を助けてもらったんだから、後でちゃんと感謝しなさいよね。


 雨江は手をブルブルと震わせながらDフォンを取り出し、「ゲェッ!」と叫ぶ。

 それから鋼侍の前にいるレグラに向かって、言う。


「……お、おい、レグラ! お前、何やってんだよ! ネットがつながってんじゃねーか!」


 問われたレグラは小首をかしげる。


「? グレムリンの工作は停止させタ。もうキサマの頼みを聞く気はナイ」

「! クソッ……、そういうことか!」


 雨江はヤケになったのか、Dフォンを地面に投げつけた。……物に当たるなんて、サイテーね。


 〝グレムリン〟って……また意味不明な単語が出てきたけど……――おそらく、通信の障害を起こしていたのはレグラだったのね。……で、それは雨江の頼みだった、と。

 ……まあ、雨江は現役のダン対メンバーなんだし、配信に映って悪事がバレたら困るってことかな。


 雨江との会話の直後、レグラは再び両手を剣の形状に変化させた。

 ――やっぱり、さっきのは見間違いなんかじゃなかった。

 レグラの体は、ふつうの人間のものじゃない。


 昔観た古い映画で、ああいう敵役が登場していたことを思い出す。……確か、液体金属(リキッドメタル)だっけ?


「――話は終ワリ。そろそろ、〝異分子〟を排除スル」

「させるか!」


 今にも雨江に襲いかかろうとするレグラに対し、鋼侍は再び両手に光の盾(オーラシールド)を展開して身構える。


「ひ、ひぇっ! た……助けてくれぇっ!」

「雨江、邪魔だから後ろに下がってろよ」


 鋼侍はそう言ったが、雨江は鋼侍のそばから離れようとしない。

 まるで鋼侍を盾にするかのように、レグラの攻撃から隠れている。

 ――アイツ……鋼侍の邪魔をしたいの?


「い、嫌だぁっ! こ、殺されるぅっ!」


 レグラの剣と鋼侍の盾が再びぶつかり、スパークが飛び散る。

 あの剣の攻撃……私の刀でまともに受けられるかは自信がない。


「……すげぇ動きだ……――クソッ! この俺が、指をくわえて見てるだけとは……」


 世音さんが悔しそうに言った。

 ……うん。あの2者の攻防に割って入るのは、私でも難しそうだ。


 2人がつばぜり合いのような姿勢になったとき、レグラが鋼侍に問いかけた。


「なぜだ……なぜ〝異分子〟ヲかばう? ソイツはキサマを殺そうとしていたのダゾ?」

「……んなの、目の前で人が殺されそうになってるのに、黙って見てられっかよ!」


 ――鋼侍(こうじ)……!


 私は鋼侍の言葉に、強く胸を打たれた。


 ――雨江のような憎たらしい相手でも身を(てい)して助けてあげられるなんて、あなたは本当にすばらしい人ね……!


 正直、私にはとても真似(まね)できない行為だ。

 ――だから私は、そんな鋼侍が好きなんだ。


「不合理。理解不能」

「お前みてぇなヤツには、一生わからねぇだろうなぁ!!」


 少なくとも、「人間性」という一点においては、鋼侍とレグラの勝負は鋼侍の圧勝だ。――私はそんなことを思った。


 2者が目まぐるしく攻防を続ける中、私の目の前で信じられないことが起こった。


「――ハセコー、俺を守ってくれぇっ!」

「! お、おいっ!」


 ――あのバカっ! 何してるのよッ!


 なんと雨江が何を血迷ったか、背後から鋼侍の片足にしがみついたのだ。


 ……ひょっとしたらそれは、命の危機を感じた上での必死の行動だったのかもしれない。


 でもそれは、この場のレグラ以外の全員にとって、最悪の行動だった。


「! 〝異分子〟、良いアシスト。そのまま〝ハセコー〟を抑えてイロ」


 レグラの右手が錫杖(しゃくじょう)のような形状に変わり、先端が鋼侍の前に突き出される。レグラの左手は、人間の手の形に戻っていた。

 ――鋼侍の眼前に、白く輝く大きな魔法陣が出現する。


「――なんだ、コレ……?」


 鋼侍は油断なく、両腕で盾を構えた。


 そして、次の瞬間――――


 ――――カッ! ……と、魔法陣から真っ白な閃光が放出される。


「鋼侍ッ!」


 私は片腕で光をさえぎりながら、彼の名を叫んだ。


 ……数秒がたって、徐々に光が収まっていく。その間に、さっきの魔法陣も消滅した。


「うそ…………」


 それ(・・)を目にした瞬間、私の両腕は意思を失い、だらんと()れ下がった。


 目の前の光景が信じられなかった。

 信じたくなかった。



 ――――鋼侍の姿が、その場から影も形もなくなっていた。



 彼が立っていた場所には、ただ、みっともない格好で地面に()いつくばる雨江の姿があるだけだった。


『お(にい)――……?』

『鋼侍が、消えた……?』


 パッチフォンから、さららちゃんと寧々(ねね)姉さんの声が聴こえてきた。

 鋼侍の状況は、オペレーター側からもつかめないみたいだ。


 レグラが心底楽しそうな様子で高笑いする。


「アーッハッハッハッハッ! やったゾ! 〝特異点〟を始末シタ! これでもうヤツに(わずら)わされることはナイ!」


 ――レグラの見た目を考えれば、それは少年の年相応の無邪気な笑いにも見えなくもなかった。


 ……あなた、ずっと無表情だったくせに、そんな顔もできたのね……?


「……鋼侍をどこへやったの……?」


 私は今にも暴れ出しそうな心を胸中で抑えつけながら、レグラに()いた。


「ランダム転移の魔法を使っタ。どこへ飛んだかは我にもわからナイ」

「へえ……」


 ……ずいぶんと、ふざけたイタズラをしてくれたのね。


「ひとつだけ言えることがある。――ヤツはもう2度と、この世界には帰ってこれないということダ」


 ――プチンッ


 頭の中で、何かが切れる音がした。

 私はその衝動のままに、腰の剣に手をかける。


 それに待ったをかけたのは――意外な男だった。


「――カ、カスミ! 待て! レグラと戦っちゃダメだ!」


 いま、私の目の前で両手を広げてわめいているのは、さっきまでそこで地面をなめていた雨江という男だ。


 ――――…………?

 ……この人、何なんだろう?

 ――さっきは鋼侍の邪魔をして、今度は私の邪魔をするの?


「……どいてくれる?」

「ひぃっ……!」


 私が少しだけ怒りのオーラを解き放つと、雨江はわかりやすく恐怖を見せた。

 ――なのに、その場から動こうとはしなかった。


「――い、いや、ダメだ! レグラには勝てない! アイツはこの世界の【神】だ! 地上にいるヤツを攻撃しても無意味なんだよ!」

「……そうなの?」


 この人、なんでそういう大事なこと、もっと早く言わないんだろう。

 ……せっかく鋼侍が助けてあげたのに。


 ……鋼侍の代わりに、コイツがいなくなれば良かったのに……


 私の中で怒りのタガが外れ、黒いオーラが四方に()き出すのが自分でわかった。


「ひっ、ひぇっ……!」


 雨江はすっかり怯えきって、全身をがくがくと震わせていた。


「――――叶純、落ち着け」


 そのとき、私の肩に再び手を置いたのは、先輩探索者の世音(ぜおん)さんだ。


「世音さん……」


 私の心はもう決壊寸前だったが、世音さんのおかげでギリギリ踏みとどまることができた。

 世音さんがいなかったら、私は雨江を斬り捨ててでもレグラに特攻していただろう。


「――とにかく、まだ不明なことが多すぎる。……おい、雨江! お前はとにかく知ってることを全部話せ。……もっとも、レグラが見逃してくれるかはわからんがな」

「は、はい!」


 世音さんは終始、冷静だった。

 この場にこの人がいてくれて本当に良かった。――私は改めてそう思った。


 ――ただ、私は次に雨江がレグラから狙われたとき、鋼侍みたいに我が身を犠牲にして守れる自信はなかった。


 そんな雨江にとって、レグラの次の言葉は幸運だったと言える。


「……気分がイイ。〝異分子〟の処分は、今の働きに免じて保留スル」


 ――それを聞いて、私は眉をひそめる。


 ……やっぱり、雨江って最初から敵だったんじゃ……?


 でも、次にレグラが放った言葉は、そんな小さな疑問を吹き飛ばすものだった。


「――先にこのダンジョンをX級に進化させ、『ダンジョンブレイク』を引き起コス!」


 ――なんですって……!


 私の脳裏に、かつてバルディアのX級ダンジョン周辺で見た光景がまざまざと思い浮かぶ。――そこでは、A級やS級のモンスターが絶えず群れをなし、基地の防衛ラインに向かって飛び込んでいた。


 ……東京で、アレが起こる……?


 この人口密集地帯でそんなことが起きたら、バルディアの比じゃない。人類史上最悪の、地獄のような災害になる。


 ここへ来て、私は1つの確信を得た。


 ――――レグラは、決して〝神様〟なんかじゃない。


 …………悪魔か、魔王のような存在よ…………




お読みいただき、ありがとうございます。

物語も佳境に入ってきました。

土日は朝夕2話ずつ更新します(記:2026-06-12)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ