#77 管理者の量刑【さらら→鋼侍視点】
「――お兄! ――叶純さん! ……うーん、ダメですね。応答がありません」
私――破瀬さららは、『スター・ウィッシュ』のギルド本拠地にいた。より正確には、そのオペレーター室の中だ。
そう。私は今日もダンジョン・オペレーターとして、お兄たちのダンジョン探索や配信のお手伝いをしていた。
しかし――今は、異常事態が発生している。
PC用の配信ソフトの画面上に、視聴者のコメントが流れる。
《……あれ? ダンジョンどこ行った……?》
《さっき画面、固まってたな。今はさららちゃんが映ってるけど》
《なんやなんや。……また通信障害でもあったんか?》
通信障害――最後の視聴者のそのコメントは、状況を言い当てているかのようだった。
「――ごめんなさい! 一旦、配信中断しますね」
《え〜……残念》
《……まあ、しゃーなしやな》
《再開、待ってるよー》
視聴者のコメントを尻目に、私は配信の停止ボタンをクリックした。
ヘッドセットを外して、ふうっと息をつく。
ちょうどそのとき、寧々さん――ギルドの団長である神楽屋寧々さん――が、このオペレーター室に入ってきた。
開口一番に、寧々さんが言う。
「さららちゃん、状況はわかる?」
私は前を向いたまま、PCの操作をしながら答える。
「地下9階まではふつうに配信できてました。今も映像が見えています。でも、10階から先は――」
私は、複数あるモニターの1枚を目線で示す。
それには、ダンジョン管理局のウェブサイトを映していた。
サイト内には、各ダンジョンのカメラ映像にアクセスできるページがある。もちろん、誰でも見れるわけじゃない。正規の探索者が入場しているダンジョンに限り、私たちギルド関係者のアクセスが許可される仕組みだ。
龍ノ顎ダンジョンでは、地下10階から先の映像がブラックアウトしていた。
その情報を伝えようとした矢先に、お兄たちとの通信が途切れてしまったのだ。
「……状況から考えると、地下10階から先で通信機器の障害が起こった――ってことかしら?」
「それが一番ありそうですけど……」
理屈で考えると、そうなる。
――ただ、私の頭の中で何かが「違う」と叫び続けていた。
「……嫌な予感がします」
「どういうこと?」
寧々さんが首をかしげた。
――私の胸の中で、悪い予感がまるで黒い雲のようにムクムクと大きく育っていた……
「根拠はないんですけど――。……バルディアの『奈落』みたいな、大変なことが起こるんじゃないか、っていう……」
「それは一大事……――いえ、大災害ね」
寧々さんの顔色が一気に真剣味を帯びた。
思い過ごしならいいんだけど……――確かに、現実に起こったら災厄の再来だ。
「瑠依――津川に連絡するわ。すぐに管理局から人を手配してもらいましょう」
寧々さんはそう言って、早速スマホで電話を掛け始めた。
津川瑠依さん――ダンジョン管理局で、東京エリアの統括を務めている人だ。
「……もしもし、瑠依? 至急、お願いしたいことがあるんだけど――」
寧々さんが通話にかけた時間は、1分に満たなかった。
その間に瑠依さんは、最速での対応を約束してくれたようだ。
「――さららちゃんは、これからどうする? ……こんな状況だし、休憩に入ってもいいけど」
「……様子が気になるので、もう少しここで待機してみます」
私はなんとなく、今この場を離れてはいけないような気がした。
「そう? ……あまり、気を張りすぎないようにね」
「はい、ありがとうございます」
会話を終え、寧々さんが踵を返したそのとき――
モニターの1台――龍ノ顎ダンジョン内部を映していたものに動きがあった。
「あっ……映った!」
「――えっ?」
ドアに手を掛けていた寧々さんが振り返る。
お兄たち3人は、地下10階のカメラに映っていた。
あの大ホールは……――タイラントドラゴンの居室、〝巨竜の間〟だ。
でも、その巨竜の影は見えない。……もう倒しちゃったのかな?
私が複数のカメラの映像をチェックしていると、同じ画面を見ていた寧々さんがつぶやく。
「ゼオンが倒れている……? それに、あの青年……ダン対の隊員――?」
……いや、それらよりも最大の違和感は――
「――寧々さん。この子って、どう見ても子供ですよね……?」
私は、PCのマウスカーソルで1人の少年――にしか見えない者――を示した。
明らかに場違いな、銀色のスーツを着た白人の少年が、お兄たちと向き合っていた。
寧々さんが、彼の映像を見て目を細める。
「外国人かしら……? ……相当な美少年ね」
私はマウスをズルッとすべらせた。
……確かにそうだけど、そこじゃないですって。
「――あんなところにいる時点で、普通の子供じゃないですよね。ダンジョンに入場申請もしてないはずです」
「……それはそうね」
私がそう言うと、寧々さんはうなずいてくれた。
私たちが取るべき次の行動は――
「――ひとまず、鋼侍か叶純と通信をつないでみましょう」
「はい!」
†††
引き続き、龍ノ顎ダンジョンの下層〝赤宮殿〟内の大広間にて――。
「――『レグラ』だと…………?」
俺――破瀬鋼侍は、ヤツが言った言葉を繰り返していた。
その名前には聞き覚えがある……
――ってか、さっき聞いたばっかりだ。
俺は「レグラ」と名乗った少年のプレッシャーに冷や汗をかきつつ、ある決意を固めた。
――しゃくではあるけど、仕方のないことなんだ……と、自分に言い聞かせて。
「……叶純、スマン。先に謝っておく」
「――なに?」
レグラが現れてから、俺のそばまで戻って来ていた叶純が小首をかしげた。
世音さんは……というと、雨江に蹴られて頭を強く打ったせいか、まだ意識が戻っていないようだ。
俺は視界にレグラをとらえたまま、意を決して言う。
「――そこの雨江のヤツにさぁ、ポーションかけてやってくれる……?」
「えっ……?」
俺の言葉を聞いた叶純は、眉を「八」の字の形にして心底嫌そうな顔をした。
――ごめん! ほんっっと、ごめん!
……嫌だよな? やりたくないよな、そんなヤツの治療なんか。
わかるよ……俺だって嫌だからな。
――でも今は雨江しか、レグラについて知ってそうなヤツがいないんだ……!
俺は内心で叶純に平謝りしながら、なんとか説得して雨江の方に向かってもらった。
――さて、レグラとの対決は避けられないかもしれないが、雨江が意識を取り戻すまでの時間を稼ぎつつ、少しでも情報を引き出したい。
俺は〝敵との会話〟という、慣れない試みをすることにした。……ふだん戦ってるモンスターはしゃべらないからね。
「……お前は何者だ? 〝特異点〟って何のことだ?」
無表情のレグラは何を考えているのかわからない。――が、どうやらいきなり攻撃して来ることはないようで、少し安心した。
「――我はこの世界の〝管理者〟……本来の神に代わって汝らを見守り育むモノ……」
それは機械音声のような、抑揚のない回答だった。
――〝管理者〟だって? 「神」って言葉は雨江も使ってたな……
俺が神に目をつけられた、とかなんとか……
「〝特異点〟とは――世界に異常な変革をもたらすモノ。……その変化は世界にとって、好ましいものではナイ……」
レグラは、俺のもう1つの問いにも答えてくれた。
まるで、決められた答えを正確に返す機械のように。
「そうなのか……」
なんで俺が〝特異点〟なのかはわからないが、とにかく良く思われてないってことはわかった。
そんな会話の合間に、俺はちらちらと横目で雨江の治療の様子を確認していた。
一方の叶純は、雨江の治療のために、盛大なため息と共にポーションを取り出していた。それから、フタを開けてビチャビチャと雑に雨江の胸に振りかけた。
その後、まるで汚いモノに触れるかのように、目を背けながら刀の鞘でゴンッと雨江の頭を叩いた。
ひと通りやることを終えると、叶純はササッと走って俺のそばに戻ってきた。
そして俺の反対側にピタリとくっつき、雨江を視界に入れないようにする。
――一連の仕草がちょっとかわいくて、ほっこりしたのは内緒だ。
「――う、うぅ……」
ゴホッと血を吐きながら、雨江が意識を取り戻す。
「あ゛〜、痛ってぇ〜……クッソっ、なにしやがるんだよぉ……」
まだ傷が痛むのか、雨江の声は半ば涙声だった。
「――――…………」
レグラと俺の会話は止まっていたが、いつの間にかヤツも雨江の方をじっと見続けていた。
……どうしたんだ?
さっきの雨江の口ぶりだと、レグラと雨江は協力関係だったんじゃないのか?
ゆっくりと上体を起こした雨江が、ここで初めてレグラの存在に気づく。
「――ん……? そのショタは……まさか、レグラか!」
…………?
――2人は初対面なのか……?
こいつらの関係がよくわからん。
「…………」
レグラは応えず、相変わらず雨江をじっと見つめ続けている。
……その目つきが、徐々に冷たく研ぎすまされていくようで、ぞくりとした。
――あの目つき……
まるで、虫ケラでも見てるみたいだぞ……
「俺を助けに来てくれたのか、レグラ!」
雨江がそう言った、次の瞬間――
レグラの姿が目の前から消えた。
――やべぇ!
考えているヒマはない。
俺は反射的に光の盾を展開し、地面を強く蹴る。
――間に合えっ……!
ざくりっ
刃が、肉を斬り裂く感触があった。
俺が左手で広げた光の盾は、レグラの手が剣先のように変化した刃の軌道をかろうじて逸らしていた。
あの手――いったい、どうなってるんだ?
レグラの剣は――……雨江の左肩をぱっくりと切り開いていた。
ブシュッと鮮血が噴き出す。
――SPのバリアを貫通した!? 攻撃力がやべぇ……
雨江が反応したのは、その1、2秒後だった。
「……い、痛ったぁぁぁぁいいぃぃぃっっっ!!」
雨江は、みっともなく金切り声を上げた。
――ふだんSPのバリアに守られている探索者の中には、痛みに慣れていない者もいる。たぶん、雨江もそうなんだろう。
「――――チッ!」
舌打ちをしたのは、レグラだ。
俺が右手の光の盾でレグラを殴りつけようとしたとき、ヤツの姿がブレて、もう元の位置に後退していた。――動きがクソ速い。
「……レ、レグラ、何するんだよぉ……? 俺たち、味方だろ……?」
雨江が泣きべそをかきながら質問した。
俺はとりあえず懐からポーションを取り出し、雨江の方に転がしておいた。――もちろん、レグラからは片時も目を離せない。
雨江を見るレグラの顔つきは、先ほどまでの無表情とは一変して、怒りを感じさせるものになっていた。
「――キサマ、〝異分子〟ダナ……?」
レグラにそう言われた雨江の肩が、ビクリと震えた気がする。
――〝異分子〟……?
〝特異点〟とはまた別……?
……いい加減、頭が痛くなってきた……
雨江といいレグラといい、今日だけでどんだけ新しい単語出す気だよ?
「……キサマの魂、この世界のモノではナイ」
「そ、それがどうしたって言うんだよ!」
雨江が俺の背中に隠れながら叫ぶ。……まあ、別にいいけどさ。後ろから刺したりしないでくれよ?
それにしても――魂が異世界産だって?
それって……〝異世界転生〟でもして来たってこと?
――いやいや、そんなアニメかライトノベルじゃあるまいし……
「〝特異点〟を倒せるなら見逃してやっても良かったガ、敗れた以上、キサマを生かしておく意味はナイ」
……レグラは、雨江をいいように利用してたってことか。
神さまみたいな存在のクセして、悪いやつだな〜。
「お、俺は【主人公】だぞ……い、いいのかよ……? 【シナリオ】を元に戻さなくて……」
雨江の声は震えていた。……明らかに怯えてるな。
――対するレグラの答えは、どこまでも無情なものだった。
「【正典】は壊れタ。もう元には戻せナイ。――〝異分子〟は排除スル」
「そ、そんな……」
とりつく島もないレグラの態度に、雨江は返す言葉を失ったようだ。
――レグラは更に、ポツリとこんなことを言った。
「……そう、4年前――〝ハセコー〟の両親を始末したときのヨウニ」
「――――あ゛?」
……俺の聞き違いでなければ、コイツ――
いま、許しがたい罪を自白したよなあ?




