#75 嘆きの巨竜【鋼侍視点】
俺――破瀬鋼侍が、バルディア国から帰国して10日ほど経った。
その間に、世間は年末年始を迎えていた。
俺たち探索者も、基本的に30日から3日までの5日間は休業となる。ただし、万が一ダンジョン管理局から緊急要請が来るような可能性を考え、どこへ行くにもDフォンの携帯は必須だ。
この年末年始、俺にとって1番の変化は、X級探索者になったこと……――ではなく、叶純という理想の恋人を得たことだった。
……もうね、なんか叶純と付き合ってから、何もかも変わったよ。
マジで人生が一変した。
――世界って、こんなに美しかったんだ……って思った。
もちろん、俺にはさららというかけがえのない妹がいる。が、俺にとっての叶純の存在は、あの告白から今日までのほんの10日余りで、急速にさららに近い位置まで追い上げて来ていた。
〝――バカお兄! そこは当然、私より叶純さんでしょ!〟
……ん? 今、一瞬さららの声が聴こえたような……
――で、その叶純とは昨年30日に最後に会って、今年は3日が最初だった。初詣は人混みを避けて穴場をねらったのだが、叶純の着物姿は前にもまして素晴らしかったことを明言しておく。
31日と1日2日は、お互い家族と過ごすことを優先した形だ。
――さて、今日は1月5日木曜。新年2日目の仕事日だ。
今日の現場は、S級ダンジョンである『龍ノ顎ダンジョン』だ。……もう、すっかりおなじみのダンジョンになっちまったな。
……配信施工員として初めて機器の修理に来たとき、ビビりながら1人で入場したのがウソみたいだぜ。あの日から、まだ3か月も経ってないんだよなぁ……
俺は朝8時すぎに最寄り駅で叶純と待ち合わせてから、並んでダンジョンへ向かった。
「――よう、久しぶりだな」
「お久しぶりです、世音さん」
ダンジョン前で俺たちと合流したのは、国内屈指のS級探索者であるゼオン――本名、四方津世音さんだ。
世音さんと彼が率いるギルド『無明六文衆』の何人かは、12月のあいだ東京に滞在していた。
そして、バルディア国に遠征していた俺と叶純に代わって、東京の高ランクダンジョンでモンスターの間引きなどをこなしてくれていたのだ。それらのダンジョンの筆頭として、ここ龍ノ顎ダンジョンが挙げられる。
彼らは年末、帰国した俺たちと入れ替わるようにして大阪に帰って行った。
そんな中、世音さんだけが今日こうしてまた龍ノ顎ダンジョンまでやって来た。もちろん、それだけの理由があってのことだ。
「……ん? お前らなんか雰囲気変わったか?」
世音さんが、俺たち2人の間で視線を往復させながらそう言った。
あー……やっぱり、わかっちゃいます?
「なんだ、鋼侍? 気持ち悪ぃニヤケ面しやがって」
「いやあ、実はかくかくしかじかでして……」
俺が叶純と交際していることを話すと、世音さんはパチパチとまばたきをした。
その間、叶純はちょっと照れくさそうだった。
「――なんだ。お前ら、前は付き合ってなかったのか。てっきり俺は……」
なんと11月に大阪で会ったときには、世音さんから見てもう俺たちは付き合ってるんだと思ったそうだ。
……言われてみれば、京都デートの時点でもう、だいぶ距離は縮まっていたかも……?
俺と叶純はついつい互いに目を見合わせ、顔を赤くしてしまった。
ふと気になって世音さんの方を見ると……――今にもゲエッと砂糖を吐きそうな顔をしていた。
「――地下10階層に湧いたタイラントドラゴンが気になってな」
今回、世音さんが再び上京して来た理由がこれだ。
タイラントドラゴンとは、いわば龍ノ顎ダンジョンにおける中ボスである。
強さは当然ベヒーモスの方が上だが、大きさだけならいい勝負だ。
俺も1度だけ戦ったことがある。
……あれは叶純とリタと俺の3人で、バルディアへ出発する前に連携の確認をしていたときだったな。
そのときは、叶純とリタの連続攻撃でトドメを刺していた。
年末に世音さんたちが遭遇したときは、S級探索者が彼1人だけだったので討伐を見送ったとのことだ。
「――お前らがいれば安心だ。ここはひとつ、俺に腕試しさせてくれよ」
世音さんはそう言うと、白い歯を見せて笑った。
今回、世音さんは俺たちの助けをなるべく借りずに戦ってみたいのだそうだ。――あの大物を相手に、けっこうな無茶だと思うけど……
……やっぱりこの人も、戦闘狂なところあるよな〜。
――約2時間後。
俺たち3人は、目的の地下10階層にたどり着いた。
龍ノ顎ダンジョンは、上層と下層で見た目が大きく変わる。
上層は自然洞窟のような雰囲気だが、下層は赤レンガっぽい見た目の人工建築物のようなデザインになるのだ。……本当に、ダンジョンとは不思議な空間だ。
〝赤宮殿〟――それが、下層の別名だ。
タイラントドラゴンがいる大広間は、この階層の中心付近だ。
俺たちは世音さんを先頭にして、赤壁に囲まれた回廊を進んだ。
「……妙に静かだな」
「確かに……」
タイラントドラゴンがいるにしては静かすぎる。
あいつがいたときには、ズシンズシンとこの辺りまで足音が響いていたはずだ。
『……お兄……おかし――……地下10階が…………』
「さらら?」
そんなとき、ダンジョン・オペレーターを務めていたさららの声にノイズが混じり出し、やがて完全に聴こえなくなった。
「……おい、さらら! 何があった?」
応答はなかった。
……何が起こってるんだ?
Dフォンを取り出した叶純が、画面を見ながら言う。
「鋼侍――配信が止まってる」
「なんだって?」
俺は叶純のDフォンを見せてもらって初めて、今起こっている現象を理解した。
――通信状態を示すアイコンに「×」のマークがついていた。
「……電波がつながらなくなってる……。――設備の故障か……?」
俺は、配信施工員時代によく対応したトラブルを思い出し、そう言った。
「通信エラーってこと?」
「ああ」
そんな会話によって、叶純も世音さんも少し安心したようだった。
「――とりあえず、先にタイラントドラゴンの様子を見てみねえか? その後で原因を調べようぜ」
「はい」
「そうッスね」
世音さんの提案に異議はなかった。
間もなく俺たちは、500メートル四方ほどのドーム状の大空間にたどり着いた。
ここがタイラントドラゴンが居座る広間――通称、〝巨竜の間〟だ。
「……ドラゴンがいねぇぞ」
世音さんの言葉通り、広々としたその空間にモンスターの気配はなかった。
そのとき――
「――――遅かったな!」
高らかな男性の声が広間に響いた。
男はホールの中央付近にいた。
ザッザッ……と足音が響く。
彼は俺たちの方へ向かって、まっすぐに歩いて来ていた。
まだ距離はあるが、どうやら濃紺のコンバットスーツを着ているようだ。
……まさか――
「……誰だ?」
「おかしい。今日、他の探索者はいないはずなのに……」
世音さんと叶純が疑問符をならべていた。
「あの服装……ダン対(=ダンジョン対応戦隊)の隊員かもしれません」
「確かに似てるな……」
俺の言葉に世音さんが同意を示した。
――でも、ダン対がここで何を……?
「――あんまり遅いんで、準備運動がてらにここにいた雑魚は始末させてもらったぜぇ」
男はこちらへ近づきながら得意げに話した。
……なんつーか、あまり仲良くしたくないタイプの性格っぽいな。
――とはいえ、話の内容は衝撃的だった。
「なっ……! アイツが1人でタイラントドラゴンをやっただと?」
「――S級探索者以上の実力者ということ……?」
世音さんと叶純が声を上げて驚いていた。
……日本にそれだけの実力者が隠れていたなんて、ちょっと信じられないな。
男の顔がはっきり見える距離まで近づいた。もう50メートルもない。
――そのとき、俺はハッとした。
「あいつ、知ってるぞ……」
記憶の中にある青年の顔と、男の顔が一致した。
「鋼侍、ホント?」
「ああ」
叶純もあのとき彼と会ったはずだが、叶純の場合は一瞬のすれ違いに過ぎなかったか……。
「――前に渋谷で『ダンジョンブレイク』が起こったときに会ったことがある。あいつの名前は……」
俺は近づいて来た彼に、ビシッと人差し指を突きつける。
「――雨津垂男! ダン対のA級隊員だ!」
間違いない。俺は強く確信していた。
――……しばらく、沈黙が流れた……。
やがて、〝雨津〟の顔がみるみる内に真っ赤になる。
〝雨津〟はなぜか地団駄を踏んで、怒りをあらわにした。
「ちっ、違うわ、このボケぇっ!! 俺の名前は、雨江輝人だッ!! ――それに、A級じゃなくてS級隊員だ、バカヤロウがっ!!」
……そう聞いた俺は、ビシッと突きつけた人差し指をへなっと曲げた。
あれぇ……? そうだっけ?
――巨竜さん、姿すら見せられずに画面外で退場(サブタイトル回収)。




