#74 「主人公」の憂鬱【雨江視点】
「――クソっ! ネットの愚民どもがっ!」
俺――雨江輝人は、掲示板サイトでの書き込みにイラ立ち、手にしていたスマートフォンを壁に放り投げた。
いま俺がいるのは、自宅2階にある自分の部屋だ。
……どいつもこいつも、俺の価値をまるでわかっちゃいない。
――――俺は、この世界の〝主人公〟なんだぞ。
†††
俺には、前世の記憶がある。
――そう。俺は〝転生者〟だ。
俺が自分の前世を思い出したのは、中1の春。
全国一斉探索者資質検査を受けたときのことだ。
『――ぐあぁっっ!!』
『――あ、雨江くんっ!?』
ヘルメット型の検査機を装着し、計測が始まった瞬間だった。
突然、頭が割れるような痛みに襲われ、俺は意識を失った。
泥のような眠りの中で、俺は自分の前世を思い出した。
……結局のところ、何者にもなれなかった下らない人生だった。ゲームと推し活だけが日々の癒やしだった。
『――間違いない。この顔は……』
前世の記憶を取り戻した後、改めて鏡に映った自分の顔を見た俺は、あることに気づいた。
『……「エクアド」の主人公じゃん』
『エクセリアル・アドベンチャー』――通称『エクアド』。よくある1人プレイ専用のRPGだ。それは、俺が前世で最ものめり込んだゲームだった。
この事実に気づいたとき、俺はあふれる喜びを胸に押し留めることができなかった。
『うおぉぉーーっ! やったぁーーーっっ!!』
『――て、テルちゃん? どうしたのっ?』
つい部屋で叫び声を上げてしまい、ママに不審な目で見られてしまった。
『エクアド』の世界に行けたら――前世で何度そう夢想したことか。それも、主人公なんて最高だ。
何より大事なことは、主人公はメインヒロインであるカスミ――天王寺叶純と恋人同士になれるということだ……!
前世では数多くのゲームやアニメに触れたが、中でも『エクアド』のカスミは別格だった。まさに〝俺の嫁〟だ。グッズはすべて買い揃えていたし、……なんなら薄い本にまで手を出した。
カスミがいたからこそ、俺は『エクアド』にのめり込んでいたのだと言える。
――つまり、気づいたら俺は理想の世界に理想の立場で転生していたわけだ。
そこで俺は、カスミとのトゥルーエンドを迎えるために本気で生きることにした。
――さて、肝心の探索者資質だが、中1のときの検査結果は〝D級〟だった。
意外に低い……とでも思ったか? ――甘ぇよ。
俺はこの世界の主人公だぜ?
俺だけは他の有象無象の探索者どもと違って、自分の探索者資質そのものを成長させることができるんだよ。
この世界で俺だけ〝レベルアップ〟できるってわけだ! ハッハッハッ……!
ただし、そのためにはモンスターを狩って経験値を稼ぐ必要がある。
――だから、とっととダンジョンに行かねぇとな。
この世界では、未成年のダンジョン探索は探索者法で制限されている。……ゲームの世界なのに、変なところでリアルだよなぁ。
過保護なパパとママは、中学生の俺がダンジョンに行くことを渋ったため、ダンジョンデビューは高校入学までお預けとなった。それも、探索者資格を持つ大人の目の届く範囲で行動しなければならなかった。
効率は悪かったが、高校卒業までに俺が探索者資質をC級に上げると周囲からは驚かれた。
……フン……。こんなもんで驚いてもらっちゃ困るぜ。
進路については、ゲームの主人公と同じダン対(=ダンジョン対応戦隊)一択だ。
こちらについても、両親からは危険じゃないかと心配されたが、公務員だしギルドに入るよりは安全だと説得して納得してもらった。
それから原作のゲーム本編が開始する約2年半の間で、俺は探索者資質をA級まで上げた。
ダン対の中でもトップレベルの隊員になり、給料もそれなりに上がった。
周囲からも一目を置かれる存在だ。
原作開始を迎えるに当たって、準備は万全だ。
そう思っていた――――
††
『雨江、出動だ! 今から「龍ノ顎ダンジョン」に向かうぞ』
『は、はい!』
2033年10月。
A級探索者の先輩に招集されたとき、俺はついにこのときが来たと思った。
――原作が始まったのだ。
S級ダンジョンの『龍ノ顎ダンジョン』で配信インフラ設備の故障があり、修理を行う現場作業員の護衛を行う――そんな任務だそうだ。……ゲーム知識では、なんとなく龍ノ顎ダンジョンに行く、としか覚えてなかった。
この任務こそ、俺が主人公としてカスミに初接触する記念すべきイベントなのだ。
……マンティコアに不覚を取ったカスミを俺が介抱して、ウヘヘ……
イメージトレーニングは、ばっちりだった。
ところが――
『……解散だ。配信設備の修理はもう完了したらしい』
『――は……?』
なんと、先走った配信施工員の野郎が、勝手にダンジョンに入って修理を済ませやがったらしい。
『えぇっ!? S級ダンジョンですよ! そんなことってあり得るんですかっ!?』
『俺に聞くな……。確かに異常だとは思うが……まあ、この手の手違いはよくあることだ』
先輩に聞いたところ、その配信施工員の名前は「ハセ」というそうだった。
……おのれ、ハセめぇ……
俺は内心でハセへの呪詛を叫びながら、カスミとの出逢いのフラグが折れていないことをひたすら祈った。
俺が次にハセのニュースを聞いたのは、ヤツがカスミのいる探索者ギルド『スター・ウィッシュ』に加入すると知ったときだった。
その人事が発表された『スター・ウィッシュ』の配信動画を観た直後、俺は部屋中の物に当たり散らした。
『配信施工員がギルド加入ってどうなってんだ!? こんなのゲームじゃなかっただろ!? ……クソがっ! そのポジション、俺と代われよぉっ!!』
物音を聞いたママが止めに来たときには、俺の部屋はメチャクチャになっていた。
ハセ、改めハセコーは、俺にとって悪夢の象徴となった。
ヤツが『スター・ウィッシュ』に入団して11日後に発生した、渋谷の松濤A級ダンジョンの「ダンジョンブレイク」。あれは本来、俺の属するダン対のパーティーとカスミが協力して解決するものだった。
……それを、あの野郎が横からかっさらって行きやがった……!
その2週間後に起きた『鬼哭峠ダンジョン』のイレギュラー。
本来、S級探索者のゼオンはこの事件によって死亡し、日本で史上最悪の「ダンジョンブレイク」が起こるはずだった。
――なのに、それもハセコーのせいでナシになった。
……ふざけんなっ!!
更に、12月にはバルディアのX級ダンジョンへの遠征だ。
俺にとっての理想は、ハセコーが無様に死んでカスミだけが帰国することだったが……
――わずか20日でダンジョンを攻略した、と知ったときには、もう乾いた笑いぐらいしか出なかった……。
……『エクアド』において、あのダンジョンこそが異世界への唯一の出入り口だったのに……
――ダンジョン周辺はきれいさっぱり魔素がなくなり、これから復興が進むという話だ。……ああ、それはそれは……オメデタイことですね。
――俺が誰よりもよく知ってるはずだったゲームの世界は、気づいたら全然知らない世界になっていた。
……探索者界隈でハセコーとカスミの恋愛関係がうわさされるたびに――嫉妬と怒りで気が狂いそうになった。
†††
A級探索者になってから、約半年――。
原作開始の時期以降に頑張った甲斐もあって、目標にしていたS級探索者にまでなったのは良い。……が、俺はもう真っ白に燃え尽きつつあった。
「あー……リセットしてぇー……」
スマホを放り投げた後、自室のベッドに仰向けになってそんなことをつぶやいたとき――
――ピロン、と音がした。
「……誰だよ。こんなときに……」
ノロノロと起き上がって、スマホを拾い上げる。
さっきのは、チャットアプリの通知音だ。
アプリを開いて、ギョッとする。
「Regula……?」
見知らぬ差出人。
……しかし、俺の『エクアド』に関するゲーム知識の中には、その名前にヒットするものがあった。
――まさか、あの「レグラ」か……?
『――【主人公】である汝に頼みたいことがアル――』
チャットの第1文がそれだった。
まるで怪文書だ。
俺じゃなかったら即ブロックしてるだろうな。
――ってか、俺に前世の記憶やゲーム知識がなかったら、どうなってたんだろうな?
……まあ、でもレグラってそんなキャラだったな。
神のくせして、杓子定規でポンコツ。
ある意味で、そんなレグラのイメージ通りの文面だった。
俺は期待に胸を膨らませながら、レグラからの長文メッセージをスクロールしていった。
レグラは『エクアド』において、主人公が攻略に詰まったときにサポートをしてくれるお助けキャラだった。
しかも、この世界における神。――味方につければ、これほど頼もしい存在は他にない。
「クックックッ……」
気づけば、俺は声を上げて笑っていた。
……ようやく俺にもツキが回って来た。
――どうやら、今のこの状況はレグラにとっても好ましくないらしい。
レグラは、ゲームにおける「正史」を知っている。ヤツはそれを【正典】と称しているようだが……。
ハセコーがぶち壊してくれたそれを、少しでも元に戻したいのだそうだ。
……いいぜ。協力してやろうじゃねぇか。
レグラと俺、利害は一致している。
ハセコーを排除できれば、俺もレグラも嬉しい。
――そうすれば、俺はカスミを手に入れられる……!
「ハーッハッハッハッ……!」
――首を洗って待ってろよ、ハセコー!
お読みいただきありがとうございます。
雨江は、正式には #35 からの再登場ですね。
前話以外でも、実はちらちらと掲示板に雨江らしき人物が登場していました。探してみると、ちょっと楽しいかもしれません(笑)
彼の正体に関して、みなさんの予想は当たっていたでしょうか?
今後の展開もお楽しみいただければ幸いです。




