#8 取材
さらに、その翌日のこと。
物語の舞台は、世田谷区にある祖師谷B級ダンジョンに移る。
「――はーい。それじゃあ、これから本格的にダンジョンを攻略していきますね☆」
うら若き女性探索者が、無骨なスマートフォンのカメラに向かってウインクをしていた。
ここは、祖師谷ダンジョンの地下1階層の奥。2階層へと続く階段の手前だ。
その女性探索者に向けて、自撮り棒にセットしたDフォン――探索者用のスマートフォンを構えているのが、配信施工員の破瀬鋼侍である。
……グレーの制服を着た彼の表情は、見るからにげんなりとしていた。
《――待ってました!》
《ルーミエちゃん、今日もカワイイ!》
《ちくしょう! 配信施工員のやつがうらやましいぜ!》
女性探索者の「ルーミエ」――本名、三枝遥歌――の視界の隅に、配信アプリに投稿された視聴者のコメントが流れる。
彼女は今、配信アプリと連動したスマートコンタクトレンズを装用しているのだ。
遥歌は視聴者の反応に満足しながら、2階層への階段を下りて行く。
一方の鋼侍は、自撮り棒を遥歌に渡してからその背後に続く。
ふだんは行動を共にすることがない、異色のペアでのダンジョン配信だった。
B級探索者のルーミエは、ダンジョン配信業界のインフルエンサーとして知られている。
S級探索者のカスミとは異なるタイプの有名人だ。
ルーミエの配信チャンネルの登録者数は500万人を超えている。
今も、100万人以上のユーザーがこの配信を視聴していた。
「――ダンジョン攻略の前に、ここで配信施工員さんのお仕事について教えてもらいましょう」
「うぇっ……!? は、はいっ」
急に話を振られて、鋼侍は戸惑った。
Dフォンのカメラは今、遥歌と鋼侍の両方をツーショットで映していた。
――今日の彼女の配信企画は、「ダンジョン配信を陰で支える配信施工員のお仕事をのぞいてみよう」というもの。
遥歌がダンジョン管理局に取材を申し込んだところ、若手の鋼侍がこれに応じることになった、という経緯である。
「はーい。先ほども紹介した配信施工員の破瀬さんでーす」
「ど、どうも」
なんとなく、カメラに向かって会釈する鋼侍。
――隣に立つ遥歌とは、肩が触れ合うほどの至近距離だ。
……整った遥歌の顔立ちを横目に、鋼侍はドキドキと胸が高鳴るのを感じた。
《あああ゛あ゛あ゛、あの野郎! ルーミエとツーショット配信しやがってええぇっ!!》
《……わかってる。そういう企画なんだってことは……。でもこの殺意の衝動は抑えられない……》
《地味モブの配信施工員のクセにぃぃっ! そこ俺と代われぇっ!!》
配信上では、鋼侍に対する視聴者の羨望と怨嗟のコメントが滝のように流れていた。
――が、配信に接続しておらず、スマートコンタクトも持ち合わせていない鋼侍には知る由もなかった。
「……あ! よく見ると、あそこの壁の上にカメラがありますね。あれも施工員さんのお仕事ですか?」
「そうですね。カメラは配信の生命線ですからね。モンスターに壊されないように、なるべく目立たないところに取り付けてます」
初めこそ緊張していた鋼侍だったが、そこはさすが配信慣れしたインフルエンサー。
遥歌は簡単な答えやすい質問から始め、徐々に鋼侍の言葉を引き出していった。
……会話を交えながらのダンジョン探索は順調に進んだ。
そんなある時、
――――ふと、鋼侍が何かに気づいたようにダンジョンの右手奥の方を見る。
「…………あ、モンスターが近づいてきましたね」
「え……? ――――ホントだ」
遥歌もつられてそちらを見れば、2匹のモンスター――オークという豚面の亜人が近づいて来ていた。
愛用の武器――二本一対の双剣――を抜いて戦闘態勢を取りつつ、遥歌はいぶかしむ。
(――私より先に気づいた? こいつ、E級じゃなかったの……?)
モンスター――魔素に対する感知能力は、一般的に高ランクの探索者の方が優れていると言われる。
遥歌はE級相当と聞いていた配信施工員の方が先にオークの接近を察知した事実に、少しショックを受けた。
「下がっててください。あ、カメラはダンジョンの方に切り替えておいて」
「はい」
しかし、今はオークの対処に集中すべきだ。
遥歌は一旦、疑問を棚上げすることにした。
(……やけに落ち着いてるわね……。――慣れてるのかしら?)
自然体で距離をとる鋼侍に対し、そんな風にも思った。
†
――ザシュッ!
《ルーミエたん、素敵ぃーー!!》
《うおぉぉ、オークを瞬殺だ!》
先手必勝。
遥歌はオーク2匹に高速で接近し、すれ違いざまに1匹の頭を切り飛ばした。
相棒をやられ、きょろきょろと周囲を見回しているもう1匹の背後を取り、決め技の名を叫ぶ。
「――――レディアント・クロス!」
十字の斬撃が走り、オークの体は四分割された。倒れたオークがきらきらと光の粒子に変わっていく。
《出た! ルーミエの必殺技!》
《あれ、カッコイイよな〜》
小さな疑問は残りつつも――、探索も配信も順調だった。
配信の同時接続数は200万を超えた。
企画の成功を確信した遥歌の口元には、笑みが浮かんでいた。
――――この後に起こる大事件を、まだ誰ひとりとして予想していなかった。




