#9 イレギュラー
――引き続き、祖師谷B級ダンジョン内にて。
「…………あ、ドロップアイテム」
遥歌が2匹目のオークを倒した場所に、ころん、とテニスボール大の真っ白な球体が転がっていた。
ダンジョンでモンスターが倒れたときに、ときどき発生するアイテム――ドロップアイテムの一種だ。
《ラッキー! モンスターコアじゃん》
《定番だけど、換金効率いいよな》
カメラを通して配信映像を観ている視聴者たちが、そんなコメントを投稿した。
この白いボールは「モンスターコア」と呼ばれる物だ。
ダンジョンに充満する「魔素」の結晶と見なされており、特殊な装置によって人類が利用可能なエネルギーを取り出すことができる貴重な資源である。
遥歌は近くにモンスターの気配がないことを確認し、武器を収めてドロップ品のモンスターコアをバックパックにしまった。
――――その次の瞬間だった。
ドゴゴガシャガラガガガッッッ!
遥歌の真横の壁がけたたましい物音を立てて崩壊し……――中からモンスターが飛び出してきた!
――ガラガラと石造りの壁が崩れ落ちると同時に、そこに設置されていた通信設備もメチャクチャになった。
「――――なっッ!?」
遥歌は驚愕に目を見開く。
現れたのは、オークロード。
本来、このB級ダンジョンでは出現しないはずのA級モンスターだ。
その筋骨隆々とした巨大な身体には、見る者をおびえさせる威圧感があった。
オークロードは出会い頭に分厚い鉄塊のような剣を片手で振るい、硬直したままの遥歌目がけて振り下ろす――――
このとき、遥歌は両足がすくんで動くことができなかった。
SP――スピリット・ポイント――によるバリアはまだ十分残っていた。
――が、彼女はB級探索者だ。
A級モンスターの致命の一撃に耐えられるかはわからない。
《ヤバい! ダンジョンのイレギュラーだ!》
《ルーミエたん、避けてーーっ!!》
配信チャンネルに悲鳴のようなコメントが流れる。
(…………ダメ、動けない。私、ここで死ぬの――――?)
遥歌の視界の中で、あらゆるものがスローモーションで動きだした。
頭上から、ギロチンのような重厚な刃が迫って来る。それは遥歌に明確な「死」を意識させた。
そんな遥歌の視界を、大きな何かが横切った。
――それは、グレーの制服を着た配信施工員の背中だった。
「――――人が作った配信設備をぶっ壊してんじゃねぇっ!!」
配信施工員――鋼侍は怒りの叫びを上げ、オークロードの顔面を蹴り飛ばした。
「――――ぶもおぉぉっッ!?」
オークロードは剣を取り落とし、自ら開けた壁穴の奥に吹き飛ばされて行った。そして、そのまま光の粒子に変わった。
《………………》
《………………》
《………………》
配信チャンネルも含め、しばらく無言の時間が続いた。
「……………………えっ?」
長い沈黙の後、遥歌は呆然と声を発した。
――B級ダンジョンに発生したA級モンスターという異常は、その場に潜んでいたもう1つの規格外によって上書きされた。
(…………あ、ヤベ…………)
遥歌の反応を聞いて、鋼侍は自分がやらかしたことを悟った。
今回、遥歌の前に割って入った鋼侍は、ばっちりカメラにも映っていた。
オークロードによる設備の破壊は、幸か不幸かそのカメラには影響がなかった。
《――A級モンスターを瞬殺ぅっ!? ……配信施工員じゃなかったのかよ!》
《もしかして、あいつじゃない? ――あの、例のウワサの配信施工員って》
《都市伝説かと思ってたら、実在したのか…………》
《……あの男、A級探索者以上の実力者だ。間違いない》
配信画面上で、コメントが滝のように流れていく。
疑惑が、確信へと変化する。
このとき、配信の同時接続数は300万に達していた。
もはや、誰の目を誤魔化すこともできなかった。
鋼侍の顔に冷や汗が浮かび、つーっと流れ落ちた。
「――――あ、あなた! そんなに強いのに、なんで配信施工員なんかやってるのよ!!」
恐怖と衝撃から立ち直った遥歌のそのセリフは、大多数の視聴者の声を代弁していた。
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