幕間 神の誤算【テラ視点】
わしの名は「テラ」、神じゃ。
何を隠そう、お主らの住む地球をふくむ世界を創造したのは、このわしじゃ。
それも、わしが創った77の世界の1つに過ぎん。
わしは、お主らの住む世界である実験を行うことにした。
初めての試みじゃったから、慎重に経過を見たかった。――しかし、わしは他の76の世界の管理もあって忙しい。
そこでわしは、眷属の1柱である「レグラ」に実験の経過観察と合わせて、お主らの世界の管理運営を任せることにした。
レグラには少々融通の利かんところもあるが、まじめで優秀なやつじゃ。仕事を任せるのに何の不安もなかった。
――それがまさか、あんなことになろうとは……
†
さて、わしはいま『霊界』に来ておる。
――うむ。死者の霊を管理する世界じゃな。
生きとし生けるものはみな、死後この世界を通って次の世界に旅立つ……ということは知っておるかな?
このような物質を超越した世界では、わしぐらいになると思い通りの姿が取れる。わしは今回、白髪のおじいさんの姿になることにした。――神っぽいじゃろ?
――で、いま何をしとるかというとじゃな……
ある2人の人の霊の前で、土下座をしておる真っ最中じゃ……!
†
「……なかなか面白い見世物だったぜぇ、テラさんよぉ……」
――ひいぃぃぃぃっ!
ドスの効いた女性の霊の声を聞いて、わしは内心で震え上がった。
神じゃないのかよ――と思うかもしれんが、怖いもんは怖いんじゃ。
というか、この2人の霊はただの人の霊じゃない。魂の格が全然違う。
……いったい、これまでの輪廻でどんな経験を積んできたんじゃ……?
「……こ、このたびは誠に申しわけなく……」
わしはしぼり出すような声で言った。
霊体なのに変な話と思うかもしれんが、こういうのはイメージ次第なんじゃ。
「――ふむ。謝罪は受け取ろう。だが、話はそれで終わりではない。……おわかりかな?」
もう1人の男性の霊が冷静な声で言う。
言葉は丁寧じゃが、静かな怒りと圧がひしひしと伝わってきて、こっちはこっちでおっかない。
「も、もちろんでございますですじゃ」
わしは顔を上げ、なるべく好々爺然として見えるように笑顔を作った。
――2人と目が合って、ピシッとその顔が固まった……ような気がする。
2人の人霊の顔は、1ミリも笑うておらんかった。
破瀬祭離殿と、破瀬守殿。
――レグラのあのスカポンタンが、飛行機事故に見せかけて、うっかり殺してしもうたお2人じゃ。
わしはその事実を知って、こうしてあわてて謝罪に参ったというわけじゃ。
――世界のバグ? そんなものは二の次じゃ。
多少バグがあろうが、世界は回る。放っておけば良いのじゃ。
……もっとも、それがわからん愚か者が今、やっきになっとるようじゃがの……
――はて……気のせいか。お2人の背後に、おそろしい天使と悪魔の姿が見えるような気がするのう……
異世界からいらしたとのことじゃが、元はどんな存在だったんじゃろ……
祭離殿が片足を前に出し、わしの顔をのぞき込みながら言う。
「――それで? あの『レグラ』とかいう管理者の親であるあんたが、今回の1件にどう〝落とし前〟をつけてくれるって言うんだ? あぁん?」
……完全にマフィアかヤクザ者みたいじゃのう。
わしがそんな感想を思い浮かべたとき――
「――いま何か、妻に失礼なことを考えませんでしたか?」
守殿にそう指摘され、ビクリと背筋が伸びた。
「い、いえいえ! めっそうもない!」
ま、まさか心を読む能力を? い、いやいや……神であるわしにそのような能力が通じるはずが……
「……あ、あのう。わしはいかような罰でもお受けしますが、レグラは許してやってくれませんか。わしの監督不行き届きということで、どうか……」
わしはわずかな希望をかけて、正座の姿勢のまま拝むように言った。
じゃが――
「あ゛? いつからあの世には少年法が出来たんだ?」
「……少年って歳でもないでしょうに。実行犯を見逃すなどあり得ませんね」
――返ってきた答えは、にべもなかった。
わしはガックリと肩を落としたが、2人からしてみれば当然の話じゃった。
祭離殿が続けて言う。
「――いいか。まだそのレグラには何も伝えるなよ。お前に聞いた話じゃ、まだ何か悪あがきしようとしてるみたいだからな。最高の間抜け面を拝ませてもらうぜ」
……ああ、哀れなレグラよ。不甲斐ないわしを許しておくれ。
何千億年と生きておるわしじゃが、今日初めて新たな学びを得た。――霊体においても、涙は出るのじゃという。
――しかし、とわしは思う。
目の前の2人の〝正体〟はわからぬが、さすがに神であるわしの方が魂の格は上のようじゃ。
今の話の流れでは、この先レグラはわしもろとも、目の前の2人の手にかかって、グチョングチョンのギッタンギッタンにされてしまうじゃろう。
それを防ぐ方法が1つある。それは――
今この場で、わしがこの2人を消すことじゃ。
――もちろん、みだりに魂を消滅させることは非常に大きな罪じゃ。
『霊界』の主にも何と言われるかわからん。
じゃが、このまま2人に従うよりは――……
――そんな風に、良からぬことを考えておったバチが当たったのかもしれん。
ふとわしは、『霊界』に強大な「圧」が接近して来るのを感じた。
「…………なんじゃ…………?」
信じられんプレッシャーじゃ。
まるで、神であるこのわしの存在がかすむような……
やがて、その「圧」の持ち主が姿を現す。
それは黒と白――2柱にして1組の神じゃった。
2柱の神は、愉快そうな声を上げて言う。
「――楽しそうな話をしてるのね」
「――久しぶりだな、我が子よ」
わしはその2神を前にして、仰向けにひっくり返るところじゃった。
あばばばば……
なんじゃ、このお方々は……
その2神の機嫌を少しでも損ねたら、自分なぞプチッとつぶされてしまいそうな、そんな本能的な恐怖を感じた。
……わしゃ、神じゃぞ。そんなバカな……
しかし、わしの目の前の2人は平気な顔をして、親愛の込もった声で2柱に応じる。
「おお、主神! ニュクス神じゃねぇか!」
「ヘリオス様、お久しゅうございます」
黒い女神がニュクス神、白い男神がヘリオス神とおっしゃるそうじゃ。
ここへ来て、にぶいわしの頭でも察するところがあった。
――きっとこの2柱の神こそ、お2人が前世でお仕えしとったという神なのじゃろう。
それは今のわしにとって、絶望的な事実じゃった。
――無理じゃ……。どっちの神も、わしなんぞより遥かに格上じゃ。天地がひっくり返っても勝ち目はない……
そんな風に、わしが現状の認識を改めておった頃――
ニュクス神――闇色の女神が口元をうっすらと開き、三日月のように酷薄な笑みを浮かべる。
「それで――私たちの大事な愛し子であるあなた達が、そちらの方に大変お世話になったみたいねぇ?」
――あっ……わし、終わった。
わしは、否応なしにそれを悟った。




