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#72 攻略祝賀パーティー(後編)

 満月が夜空に輝くころ――。

 〝白亜宮〟と称されるバルディア王宮の中庭で、2人の日本人探索者が向かい合っていた。


 破瀬(はせ)鋼侍(こうじ)天王寺(てんのうじ)叶純(かすみ)


 いずれも現時点で「世界最強」と目される探索者の1人だ。

 その英雄同士の逢瀬(おうせ)は、きっと大衆の興味を引きつけてやまないだろう。――が、幸いにして、今このとき、この場は2人きりだった。


 2人とも少々頬が赤いのは、祝賀パーティーでアルコールが入ったため――だけではないのかもしれない。


「……つ、月がきれいだな」


 ぎこちなく、鋼侍が会話を始める。


「えっ、鋼侍。それってどういう……?」


 そのセリフが「アイ・ラブ・ユー」の遠回りな表現であることを知る叶純は、いっそう顔を赤くして問い返すが――


「へっ? 言葉通りの意味だけど……」


 ――平常運転の鋼侍を前に、ガクッと体勢をくずした。



 そんな夫婦(めおと)漫才のようなやりとりはありつつ、2人は自然と泉の前に並んで月を見上げていた。



「いまだに信じられないよ。俺がこうしてここにいることが」

「探索者になって、まだ2か月だもんね」


 ぽつりと鋼侍が発した言葉に、叶純が合いの手を打つ。


「――でも、私は知ってたよ。鋼侍は強いって。初めて()ったときから」

「そ、そっか」


 初めての出逢い――それは、あの龍ノ顎(りゅうのあぎと)ダンジョンで、当時は配信施工員だった鋼侍が叶純の危機を救ってマンティコアを倒したときのことだった。


 お互いに、その日のことはよく覚えていた。


「声を掛けようと思ったのに、あっという間にいなくなっちゃうんだもん。ひどいよねぇ」

「わ、悪かったよ」


 少しだけなじるように叶純が言うと、鋼侍はバツが悪そうな顔をした。

 クスクスと笑う叶純の顔を横目で盗み見て、鋼侍はまた顔を赤くする。


「――叶純こそ、アジ・ダハーカとの戦いのときはすごかったな。叶純がいなかったら、絶対にアイツは倒せなかったよ」

「う、うん。やっぱり、そうかな」


 それは、鋼侍にとっては自然な話題選びのつもりだったが、叶純にとっては若干触れられて困る話題でもあった。


「あのパワーアップの原因は謎のままなんだろ?」

「う、うん」


 叶純の返事は、嘘ではない。

 ――なぜなら、彼女は夢の内容を覚えていないから。

 『トリニティ・システムEX』について知る者は、今この世にはいない。


 ただし、叶純は自身に発現した「スキル」の名称と効果については熟知していた。また、アジ・ダハーカ戦ではその効果を身をもって体験していた。

 しかし、今ここで鋼侍にそれを話す気にはなれなかった。


(――あれはちょっと、恥ずかしすぎるから……)



 鋼侍は叶純の返事に、なんとなく歯切れの悪いものを感じたが、気にすることはなかった。


 ――というのも、鋼侍はこの後のことで頭がいっぱいだったからだ。


(――そろそろ、頃合いかな……?)


 会話が一段落した(と鋼侍が思った)ところで、鋼侍は行動に出る決意をする。



「――叶純(かすみ)。ちょっと俺の方を向いて、目を閉じててくれないか」


「えっ!? ……うん」



 突然の鋼侍(こうじ)のお願いに、叶純は内心で非常にあわてた。その内容があまりに意外なものだったからだ。

 ……とはいえ、憎からず思っている相手のお願いである。まさか、彼に危害を加えられるなどと思いはしない。


 叶純は素直に鋼侍の指示に従って、目を閉じる。


 自然と、少し高い鋼侍の目線を向いて、(くちびる)が上向きになった。


(な、何をされるのかな……!?)


 叶純の耳には、遠くのパーティーの喧騒(けんそう)よりも、ドキドキと高鳴る自分の心音の方がはっきりと聴こえていた。



 一方の鋼侍はというと、そんな叶純の姿を見て、耳先まで真っ赤になってしまった。


 ――これって、まさかキス待ちのポーズ!?


 このような勘違いをしてしまったからだ。


 鋼侍は予定していた行動も忘れ、叶純の顔をまじまじと観察したり、急に照れて距離を取ったりと、挙動不審な行動を繰り返した。


「……こ、鋼侍。まだ?」


 素直に目を閉じたままの叶純に問われ、鋼侍はハッと我に返る。


「ご、ごめん。もうちょっと……!」



 ――それから、およそ1分ほどの時が流れる。



「……目、開けていいぞ」


 鋼侍の言葉を合図に、叶純が目を開く。

 正面には、照れくさそうな顔をした鋼侍がいる。


 叶純はゆっくりと自分の左手を持ち上げる。

 目を閉じている間、鋼侍にそっと触れられた感触があった。


「これって……」


 叶純の左手の薬指に、エメラルドの指輪がきらりと輝いていた。

 指輪は叶純の指にぴったりとフィットしており、いま着ているドレスにもあつらえたように似合っていた。


 鋼侍は片手を頭の後ろに運びながら、ぶっきらぼうに語る。


「――元々この日に贈ろうと思ってたんだ。今日はクリスマスイヴだろ? ……まさか、バルディア国で渡すことになるとは思わなかったけど」


 そう。

 およそ1か月前。叶純との煮えきらない関係について、妹のさららにハッパを掛けられた鋼侍は、今日の〝クリスマス作戦〟に向けてちゃんと準備をすることにしたのだ。


 鋼侍はさりげなく叶純の指のサイズを調べ、これまで探索者として稼いだお金を使って、かなり質の高い指輪を選んで用意した。


「エメラルド……私の誕生石?」

「ああ。5月だったよな?」


 叶純の誕生日は5月――誕生石はエメラルドだ。


「……嬉しい」


 鋼侍から叶純への贈り物らしい贈り物は、これが最初だった。

 叶純にとってそれは、これまでの人生で最高のプレゼントと感じられるものになった。


 そして、鋼侍の〝クリスマス作戦〟はこれで終わりではない。


「か、叶純!」

「は、はい!」


 鋼侍から上ずった声で呼ばれ、叶純はつい気をつけをする。

 このとき、叶純から見た鋼侍の顔は、ゆでダコのように真っ赤だった。


 鋼侍が頭を下げながら言う。



「――良かったら、俺と、つ、付き合ってください!!」



 叶純はそんな鋼侍の態度に、あんぐりと口を開けた。

 胸中には大きな驚きと、より大きな喜びが――もしかしたら別の感情もちょっぴり――入り混じっていた。


 続いて、その口が柔らかい笑みの形を描く。


 ――返事をしよう、と思う前に、ここで叶純の中にほんの少し悪戯(いたずら)(ごころ)が湧き起こる。


 叶純は言う。


「――鋼侍、ちょっと目をつぶっててくれる?」

「お、おう」


 頭を上げた鋼侍は、ぎゅっと何かに耐えるように目をつぶる。

 その様子がまたおかしくて、叶純は危うく声を上げて笑うところだった。


 ――ちょうど、さっきと正反対の立場になった。


 叶純は鋼侍に一歩近づく。息がかかるほどの距離だ。


(――リタとの勝負にも勝ったし、これは正当な権利でもあるんだから)


 そんな言い訳を心の中でしながら、叶純はハイヒールの上でちょんと背伸びをした。



 暗闇の中で、唇に柔らかな感触を感じて、鋼侍はつい目を開けてしまった。

 すると目の前には、顔を真っ赤にして悪戯な笑みを浮かべる妖精がいた。


 妖精が言う。


「……答えになった?」


 彼女――叶純も、指先で自分の唇に触れていた。


(えっ……今のって……――)


 遅れてようやく、鋼侍もいま叶純に何をされたのかを自覚する。



 ――それは、2人にとって生まれて初めてのキスだった。



 鋼侍は呆然(ぼうぜん)としながらも、カクカクとロボットのように首を縦に振る。


 ややあって、段々と鋼侍の理解が現実に追いついてくる。


 ――告白、OK。

 ――ファーストキス、OK。


 すべてを理解した鋼侍の胸の中で、喜びが爆発した。



「――ぃいやったああぁぁっっ!!」


「こ、鋼侍! 声が大きいっ!」


 鋼侍は月下でガッツポーズを取って大声で叫び、叶純はあわててそれをたしなめることになった。




 ――なお宴会場の方では、急に姿を消した英雄2人の行方をいぶかしむ者もいたが、不思議と中庭のその一角に余人が立ち入ることはなかった。


 そこには、鋼侍の妹であるさららのファインプレーだけでなく、天の計らいもあったのかもしれない。







お読みいただき、ありがとうございました。

4章のメインパートはここまでとなります。

幕間を2話はさんで最終章へと続きます。


ここまでの物語を★評価でたたえて頂けると作者が泣いて喜びます!

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