#68 X級ダンジョン・ボス戦②【叶純視点】
――約1時間前。
私――天王寺叶純は悔しさと情けなさに耐えながら、負傷したベン、ナジャと共にボス部屋の手前まで後退していた。
あのままボス部屋の中にいたら、攻撃の余波だけで死にかねない。その判断からだ。
「アジ・ダハーカ」――オペレーターのカリムがそう呼んだあのボスモンスターの攻撃は、それだけの致死性を持っていた。
特に、あの紫白色の光線ブレス。三つ首のそれぞれの顎から放たれるそれは、他のあらゆるモンスターの攻撃と比べて抜群に強力だ。
「俺たちは、お荷物か……」
安全地帯にたどり着いたところで、ベンがぽつりとつぶやいた。
彼にしては珍しく、感情がはっきりと込められていた。
きっと、自分自身がタンクとしての役割を果たせないことに憤りを感じているのだろう。
「まったく、不甲斐ないな……」
私の肩を借りたナジャの言葉からも、明らかな心残りが感じられた。
「…………」
私の心の中は、きっと2人以上に荒れ狂っていたと思う。
『――下がっててくれ! コイツは、俺とリタで相手をする』
……鋼侍にそんな風に言われることだけは、絶対に避けたかったのに……!
私たちは敗残兵のような心持ちのまま、せめて速やかにケガの治療を始めた。
道中でS級やX級のモンスターから複数のポーションがドロップしていたのは幸いだった。
特に、ナジャの片足の欠損は、X級ポーションでなければ再生できなかっただろう。危うく彼女は、この先一生、障害を抱えて生きていくところだった。
「血が足りない……」
左足を取り戻したナジャだが、顔色は悪いままだった。
ポーションでケガは癒やせても、失った大量の血液が戻るわけじゃない。
造血薬を飲んだ上で、しばらく安静にする必要があった。
「――もっとも、休んでも戦力にはなれないんだがな……」
そう言って、ナジャは自嘲するように力なく笑った。
ボス部屋の中では引き続き、鋼侍とリタがアジ・ダハーカと死闘を続けていた。2人の遠い背中を追うナジャの目は、まぶしいものを見るかのようだった。
「…………」
少し離れた場所で、腕の治療を終えたベンが地面に座り込んでいた。
2メートルの長身を持つ彼の姿が、いつもよりずいぶんと小さく映った。
それから1時間あまりの間で、SPが枯渇寸前になったリタが2回ほど補給のためにこちらまで後退してきた。
――つまり、その間は鋼侍が単独でアジ・ダハーカと戦うということだ。
「あの竜と1対1で戦うなんて、アイツは本物の化け物だな……」
ナジャの声からは、鋼侍への畏怖がありありとうかがえた。
……確かに、それには同意しかなかった。
2回目に戻って来たリタは、こんな風に言っていた。
「タフな相手だわ……。そろそろ撤退も考えなくちゃね。ミンナ、ここは任せたわよ」
そんなリタの口ぶりになんとなく、彼女らしい嫌味のない気づかいを感じた。
2人のために退路を守る――たったそれだけのことでも、ここにいる私たちの役割だと言えるのかもしれない。
事実、そう言われて少し心が軽くなったような気がした。
――――……本当に、それでいいの?
心の奥から、そんな声が聞こえてきた。
――否、だった。
いいわけがない。
――何のために日本からここまで来たの?
――鋼侍の隣にいるためでしょう?
――ここで指をくわえて見ているだけでいいの?
心の中の自分が、あきれた顔で叫んでいた。
……その通りだ。見ているだけじゃ、ダメだ。
『――やった! 首を1つ落としたぞ!』
『スゴい! さすがコージね!』
そのとき現実の世界では、鋼侍が達成した快挙にオペレーター陣が喝采を上げていた。
……でもその直後、怒り狂ったアジ・ダハーカの猛攻に、鋼侍は押し込まれているようだった。
「――回復してきた。コージに加勢して来るわ」
「ああ……、頼む」
リタとナジャがそんな会話をしていた。
――リタに任せていればいい?
――鋼侍のバディはあなたでしょ?
そうだ。
鋼侍のバディの座を、リタに明け渡したくはない。
……そのための力が欲しい!
心の中で強く願った、そのとき――――
〈――――最適化ガ完了シマシタ。スキルヲ起動シマス〉
どこからか、異質な声が聞こえて来た。
「……えっ?」
驚いて声を上げると、こちらを見るナジャと目が合った。
「どうした?」
「い、いいえ……」
今の声は……?
どうやら、私以外の誰にも聞こえなかったみたいだ。
それから間もなく、私は体の内側で起こった不思議な変化を自覚した。
――なに? 力が無限に吹き出して来るみたい……
それはかつて、初めて訓練用のダンジョンでSPを認識したときの手応えに似ていた。
自分の中にありながら、それまで無自覚だった力に気づく――あの感触だ。
変化はそれだけじゃなかった。
いつも自分のSPを把握する、脳内の第六感というべき感覚。
その感覚がとらえる領域に、全く新しい概念が生まれていた。
……たぶん、ゲームのステータス画面ってこんな感じなのかな?
おなじみのSPとは別の箇所に「スキル」という表示があった。
脳内で意識を凝らすと、それがはっきりとわかる。
視覚のような感覚だけど、目で見ている景色とは別物だ。――脳の中にもう1つスクリーンがあるような感覚。
その画面の操作は、説明を受けなくても直感でわかる。
――私は戸惑いながら、「スキル」の表示を指でタップするように意識する。
その操作によって現れた新たな画面に、目を見開いて驚く。
「スキル」の詳細画面。
そこに表示された「スキル」は、たった1つだった。
――私が得意とする抜刀スキル「断空」ではない。
ここでいう「スキル」とは、そういう〝武技〟とは別次元のものだった。
そのスキルとは――――
【比翼連理】……破瀬鋼侍を想えば想うほど、ステータスが向上する。破瀬鋼侍の近くにいるほど効果上昇。
「なっ……!」
思いがけないスキルの内容に、ボンッと顔から火が出たような気がした。
私は反射的に脳内の「スキル画面」を閉じていたが、そのスキル名と説明文はしっかりと記憶に刻み込まれた。
――比翼連理……って、夫婦や恋人同士に使う言葉よね!?
私は熱く火照ったほっぺを両手ではさみ込んだ。
もし人目がなかったら、きゃあああぁっ……と大声で叫んで転がり回っていたと思う。
ナジャとベンが、そんな私を見ていぶかしげな顔をしていた。
「どうしたんだ、カスミ。お前、さっきから変じゃないか?」
「い、いや……気にしないで!」
……神様のいたずら?
それにしては、ちょっとやり過ぎなんじゃ……?
なぜ今、こんなスキルが発現したのかはわからない。
私の心の奥にあった願いが、なんらかの理由で叶えられたのだろうか?
……恥ずかしすぎて、誰にも相談できないよ……
ひとまず、理由については棚上げにしよう。
……考えてわかるようなことでもない気もする。
――大事なことは、これで私も戦いに参加できるということだ。
なら、行こう。
悩んだり、恥ずかしがったりしてる場合じゃない。
じっと私を見ていたベンが、そのとき何かに気づいた。
「カスミ。何が起きたんだ……? その力はいったい……?」
「え――? 確かに……」
ナジャもベンに続いて、私の変化の一端を感じ取ったみたいだ。
……申し訳ないけど、詳しく説明してるひまはないかな。
「2人はここにいて」
私は愛刀を鞘から引き抜き、SPをまとわせる。
――青白い雷光がまばゆく輝いた。
「「なっ!」」
2人の驚愕する声が重なる。
……うん。私も驚いた。
「――私も、行って来る」
そう言って、私は音をその場に置き去りにし、ボス部屋の中へと疾走した。
†
ボス部屋では、激戦が続いていた。
鋼侍が少し前に切り落としたアジ・ダハーカの左首は、すでに元通り再生していた。
本当に恐ろしいボスだ。
「――ぐわぁっッ!」
私が室内に足を踏み入れたとき、鋼侍はアジ・ダハーカの尻尾をまともに食らい、こちら側に弾き飛ばされていた。
彼はずっと戦い続けていたから、集中がわずかに途切れてしまったのかもしれない。
そのせいで、リタが単身で突出した形になってしまった。
……これはまずい。
アジ・ダハーカの3つの顎が開き、喉の奥が紫白色に輝く。
――あの恐ろしい光線を撃とうとしているのだ。
「リタぁっ! 避けろぉっ!!」
鋼侍が絶叫した。
しかし、リタの動きは鈍い。自分だけが前に取り残されてしまったのが、意外だったのか――
――もはや、わずかな猶予もない。
私は刀を一度鞘に戻し、居合の構えを取る。
「――断空」
数え切れないほど修練を積んだ得意のスキルを、全力で放つ。
……さっきは傷1つつけられなかった。
でも、今なら――!
私の放った刃は――――
――――アジ・ダハーカの三つ首を、3本まとめて斬り飛ばした。
「――――はっ…………?」
何が起こったのか、理解できなかったのだろう。
私の斜め後ろにいた鋼侍が、呆然と声を発した。
――勝手に参戦しちゃったし、少し声を掛けておこう。
「待たせた、鋼侍」
……それと、私の決意表明も。
「――もう『下がれ』なんて言わせないよ!」
私がそう言った後、鋼侍はようやく状況を認識したみたいだ。
「か、叶純っ!?」
前にいたリタも、こちらを振り返って驚いていた。
――……ん?
――2人とも、ひょっとしてもう戦闘が終わったと思ってる?
私はまだ、アジ・ダハーカの生命力に衰えが見られないことに気づいていた。
「2人とも、話は後で! まだ終わってないよ!」
私が大声で言うと、2人はあわててアジ・ダハーカに注意を向けた。
「げげっ! マジかよ!」
このとき、近くにいた鋼侍の声はよく聞こえた。
〈――グギャアアァォォンッッッ!!〉
すべての首を失いながら、いったいどうやって声を発しているのか――
不快な叫び声を上げたアジ・ダハーカは、首から紫色の血を滴らせながら、上空へと舞い上がった。
――――さあ、勝負はこれからね!




