#67 X級ダンジョン・ボス戦①【鋼侍視点】
一夜明けて、決戦当日――。
仲間とともに早朝から作戦行動を開始した俺――破瀬鋼侍は、午前10時ごろには再び地下30階層のボス部屋前まで到着していた。
「守護者の間」とも呼ばれるボス部屋の前は、見渡す限りの大壁によって隔てられていた。フロアの端まで――とは行かないが、ボス部屋自体もかなりの広さだと予想される。
広大な壁の中央にあるのが、縦横5メートルはありそうな黒色の巨大扉だ。
この先に進めば、ついに守護者との決戦になる。
「――行くわよ」
「……ああ」「ええ」
今さら怖気づく者なんていない。
振り返ったリタの確認の声に、4人全員が肯定の意思を示した。
リタが巨大扉にそっと手で触れる。
ガコン、とロックが外れるような音が響き、ゆっくりと扉が内側に開いていく。
「あれが――このダンジョンの守護者か……」
扉から50メートルは進んだときだったか。
ボス部屋の最奥部でうずくまっていたソイツは、ばさりと翼をはためかせて俺たちの眼前に降り立った。
かなりデカい。
ベヒーモスほどではないが、全長10メートルは下らない。
〈――ギャオオオォォォンッッッ!!〉
耳をつんざくような咆哮が、三重に重なって聞こえた。
三頭の巨竜――それが、このX級ダンジョン『不毛の奈落』の攻略をはばむ最後の難関だった。
『――アジ・ダハーカ……』
呆然とした声で言ったのは、ナジャのオペレーターをしているバルディア人のカリムという青年だ。
「なんだそれは?」
問い返したのは、ナジャだ。
カリムの解説が日本語に翻訳され、スマートコンタクトレンズの片隅に表示される。
『ゾロアスター教の伝説に出てくる怪物だよ。本当にアレがそうかはわからないけど、特徴はよく似ている』
そんな伝説があるのか。
……まあ、名前はあった方が便利だ。それなら、今後は「アジ・ダハーカ」と呼ばせてもらおう。
アジ・ダハーカは、全身を鋼のような鱗に覆われた三つ首の巨竜だ。
こういうモンスターは腹側が柔らかかったりすることが多いが、コイツは見た感じそんなこともなさそう。
1対の大きな双翼とは別に、長い尾と太くたくましい四つ足を持つ。まさしく、西洋のドラゴンって感じだな。
ただし、その頭部だけが異形となっている。
肩口から伸びる3本の首は、いずれも長さ2メートルはあった。それぞれ頭脳を持っているのか、見る限り独立してばらばらに動いていた。
〈――――ギュルギュルルル…………〉
『攻撃して来ない……?』
オペレーターの誰かが、困惑したように言った。
不思議なことに、アジ・ダハーカは登場してしばらくの間、何もせずに翼をたたんで地に伏せていた。
……まるで、俺たちの強さを見定めているかのように。
「――チャンスね。今の内に、最大の攻撃を叩き込みましょう」
「わかった!」「望むところだ」
リタのその判断に異を唱える者はいなかった。
「ベンは念のため、防御スキルで後衛の2人を守れる位置に」
「了解」
大物を倒すときは、まず敵の機動力をそぐのがセオリーだ。
俺とリタが左右から翼を攻撃し、叶純とナジャが左後ろ足をねらうことになった。
「今よ! 攻撃開始!」
俺はベヒーモス戦で身に着けた新スキル「光の盾」を発動させ、先端の大きな刃でアジ・ダハーカの左の翼を斬り裂く。
――硬ぁっ!
ギリギリと強い抵抗を感じながらも、翼の半分まで裂く重傷を負わせた。
〈ギャイィィンッッ!!〉
アジ・ダハーカの三つ首が悲鳴のような叫び声を上げる。
リタの「紅炎の巨剣」も、かなりのダメージを与えられたようだ。
「クッ……!」
「そんなっ!?」
一方、そんな声を上げていたのはナジャと叶純だ。
どうやら2人の攻撃は、アジ・ダハーカに全く通じなかったようだ。
……まさか、叶純の必殺スキル「断空」でもノーダメージとは……。あの鱗の防御力は見た目以上だな。
残念ながら、この時点で2人は〝戦力外〟と見なさざるを得なくなった……。
その次の瞬間――――
――――背筋にゾワッと悪寒が走った。
「反撃が来る!」
俺の警告に、みんなが防御姿勢を取る。
アジ・ダハーカは、ぐるりと左に向きを変える。
俺はいざというときに備え、少し下がってみんなを守れる位置についた。
ゆらゆらと動く巨竜の3つの頭がカパッと同時に口を開く。
そして、3つの喉の奥が明るく白紫色に輝く。
――まさか、〝竜の息吹〟――強力な竜系モンスターが放つという、あれか!?
ねらいは――後衛だ!
3頭の攻撃を同時にすべて防ぐことはできない。
俺は叶純の正面に立ち、光の盾を最大出力にして防御姿勢を取った。
――――ピカッ
光が強くなったかと思えば、1条の太い光線が俺の光の盾に衝突していた。
――うおおおぉ、ヤベえぇぇぇっ!!
有り体に言えば、〝光線ブレス〟というところか。
それは、ロボットSFに登場するビーム兵器を思わせる、極めて強力な攻撃だった。
……これ、光の盾じゃなかったら耐えられなかったな……
ガリガリとSPで形成した盾を削られながらも、なんとか俺はその攻撃に耐えきった。
――――しかし、
「ベン!」「ナジャ!」
リタと叶純が悲痛な声で叫んでいた。
…………ぼたぼたと、鮮血が地面を濡らしていた。
ベンの持つタワーシールドには、大穴が空いていた。それどころか、アジ・ダハーカが吐いた破壊光線はベンの手甲さえも貫き、ごっそりと彼の腕の肉を削り取っていた。
そして、ナジャは……――光線をかわしきれなかったらしい。
このとき、ナジャは右足だけで立っていた。
左足は――足首から先が、失われていた……。その断面からは、止めどなく血が流れ続けていた。
「ぐぅっ……!」
苦痛を押し殺したようなナジャの声が聞こえた。
――いけない。
S級の3人は、この戦いの場にいちゃいけない……。
「――3人とも、下がっててくれ!」
胸の内側から急速に膨れ上がった感情が、俺の口をついて外に飛び出していた。
「コイツは、俺とリタで相手をする!」
……悪い、リタ。
リーダーのお前を差し置いて、勝手に決めちまった。
しかし、基地にいるオペレーター陣を含めて、誰からも反対の声は上がらなかった。
「コージの言う通りよ! 3人は下がって!」
「わかった……」「すまない。後は頼む……」
片足を失ったナジャに肩を貸しながら、3人が後退していく。
「鋼侍……」
物言いたげな叶純の視線を感じながら、俺とリタはアジ・ダハーカとにらみ合った。
††
長く、苦しい戦いが続いた。
「……コージ、もうワタシのSPが持たないわ!」
「わかった! 一旦、後退して休んでくれ!」
「ゴメンねっ!」
俺と違って、リタのSPは無限ではない。
彼女が離脱している間、俺はたった1人でアジ・ダハーカの相手をすることになった。
『お兄……、無理はしないでね』
「ああ、まだ大丈夫だ!」
オペレーターを務めるさららの気づかわしげな声に、空元気で応えた。
もう1時間は戦ったと思うが、相変わらずアジ・ダハーカを倒すための糸口はつかめない。
SP的にも体力的にも問題はないが、こうも手応えがないと精神的に参ってくるような気はするな。
――1度、撤退するべきか……?
……とはいえ、それで状況が好転するような気もしねぇな……
せめて、次につながる何らかのヒントぐらいは持ち帰りたいところだ。
「――よし!」
俺は覚悟を決め、首の1本をねらって集中攻撃してみることにした。
どうやら、アジ・ダハーカは再生力も高いらしい。
最初に俺とリタで両の翼につけた傷は、ものの数分で回復していた。
飛ばれたら、文字通り手が届かない。……ので、それからは数分おきに、どちらかの翼にそれなりの傷を与えることにしている。
これで首も再生するようなら、厄介度はハネ上がる。確かめておいた方がいいだろう。
俺はアジ・ダハーカの左の爪をかいくぐって、また光の盾で翼を深く斬り裂く。
〈ギィヤャァァッッ!!〉
3つの口からまた耳障りで不快な悲鳴が上がる。
……どうせすぐ再生するくせに、いちいち大げさでやかましいヤツだ。
俺はそのままアジ・ダハーカの背中に飛び乗った。ちょうど、左側の首が目の前にある。
〈ギャッ!?〉
よしよし……いい子にしてろよ。
コイツの鱗はメチャクチャ硬い。――だが、何度も斬りつければ……
俺はその場で体をコマのように回転させる。もちろん、両手に光の盾を広げた状態で。
――さしずめ、〝光の旋刃盾〟と言ったところか。
〈グギャギャギャギャギャッッッ!?〉
左の首に連続して10回以上の斬撃を浴びたことで、さしものアジ・ダハーカも本気で痛がっている様子だった。
――――ブツンッ
そんな音に続いて、俺と同程度の大きさの首が地面に音を立てて落下する。
『――やった! 首を1つ落としたぞ!』
『スゴい! さすがコージね!』
オペレーター陣の歓声を聞きながら、アジ・ダハーカが暴れ出す気配を察した俺はすぐに背中から飛び降りた。
それからが大変だった。
「……クッソ、こいつ! 首を落としたら急に本気になりやがって!」
その後の約10分間、アジ・ダハーカは俺に狂ったような猛攻を仕掛けてきた。だから、それをしのぐのに精一杯で、とてももう1本首を落としたりするような余裕はなかった。
そして――――
『お、おい。ヤツの首が……』
『ウソだろ……』
オペレーター達がそんな声を発していた。
俺が苦労して落としたアジ・ダハーカの首は、何事もなかったかのように復活していた。
……こいつは、冗談きついぜ……
「――コージ、お待たせ!」
それから間もなくして、SPを回復させたリタが前線に戻って来た。
――リタと2人がかりなら、首の2本ぐらい同時に行けるか……?
そんなことを考えていたせいだろうか。
俺は知らず知らずの内に、足を止めてしまっていたらしい。
『お兄、危ないっ!!』
耳元に着けたパッチフォンから、さららの叫ぶ声が響いた。
――そのときには、アジ・ダハーカの長い尻尾が目前に迫っていた。
――しまった!!
あわてて前に構えた左手のガントレット――『破天』が、強烈な尾の一撃によって粉々に砕かれた。
「ぐわぁっッ!」
硬い尻尾の攻撃をまともに食らった俺は、その場から30メートル以上ふっ飛ばされてしまった。
「コージ!?」
――まずい! リタが前に取り残された!
この戦いの中で、俺はタンクに近い役割をこなし続けていた。
その俺がいない状態で、リタが1人でボスと相対する――その状況に、俺は強い危機感を感じた。
しかも、アジ・ダハーカは首が3つとも揃って万全の状態だ。
――アジ・ダハーカの3つの口が大きく開き、喉奥が白紫色に輝く。
――ヤバい! また光線が来る……!
リタは、戸惑ったように立ちすくんでいた。
「リタぁっ! 避けろぉっ!!」
――間に合わない。
その直観を強く打ち消すように、俺は絶叫した。
そして、次の瞬間――――
――――アジ・ダハーカの3本の首が、根本から断ち切られていた。
「――――はっ…………?」
俺は目の前で起こったことが信じられなかった。
白昼夢かと思ったぐらいだ。
そんな俺の前に、いつの間にか、俺のよく知る探索者が刀を振り切った姿勢で立っていた。
その刀身には、青白くゆらめく光――高密度のSPがまとわりついていた。
「――――待たせた、鋼侍」
彼女――叶純は、自信に満ちた声でそう言った。
「叶純…………?」
このとき、俺は混乱していた。
叶純から感じるオーラが、ほんの1時間ほど前とは別人になっていたからだ。彼女の体内からあふれるSPが、まるで蒸気のように立ち昇っていた。
――ハンパないオーラだ。リタや俺よりも上なのでは……?
ただし、その変化の理由については全くわからなかった。
叶純の目線は、じっとアジ・ダハーカをとらえていた。
その彼女が、少しだけ俺の方を向いて、言う。
「――もう『下がれ』なんて言わせないよ!」
何が起こったのかはわからない。
わかったことは、ただ1つ――
俺の相棒は最高のタイミングで、飛躍的な覚醒を果たした。




