幕間 世界のバグ
神々の住まう領域である『神域』にて――。
「間に合わなかっタ……」
『神域』の主たるレグラの精神には、落胆と失望があった。
レグラは神の一柱であり、この世界の〝管理者〟の役割を担っている。
世界の〝危険因子〟として認定した〝ハセコー〟――破瀬鋼侍――が、地上における【正典】進行の最前線であるX級ダンジョンを探索している――。
眷属である〝グレムリン〟の報告によってこの事実を知ったとき、レグラの精神は高揚した。歓喜した――そう言い換えることもできるだろう。
『――ヤツを始末する絶好の機会ダ!』
レグラの計算は、その結論をはじき出していた。
世界で最も〝侵食〟を進めているX級ダンジョンの内部は、現地のヒトにとって最も過酷な環境だ。
たとえX級の魔素適合者が1人2人いた程度で、たやすく攻略できるような関門ではない。
――特に、10階層のベヒーモス。
あのモンスターの力は、ダンジョン内にポップする野良のX級モンスターとはわけが違う。
『――ヤツらがベヒーモスに足止めを食らっているウチに、〝ハセコー〟を確実に処分するためのワナを整えヨウ……』
そう考え、計画を練っていたのに――
なんと鋼侍たちは、ベヒーモスと初接触した後、高々2時間ほどの戦闘でそのまま撃破してしまった。
戦闘の記録を確認したレグラの精神は、鋼侍の力に驚愕を感じる。
「アアアアリ得ナイイイイッ!! こんな行動は、ヤツのステータスでは不可能ダ! システムに誤りがアルとでもいうのカッ!?」
周囲の魔素をそのままエネルギーとして利用しているかのような、SPの大盤振る舞い。鋼侍が戦闘中に見せた数々の行動は、ただ魔素に適合しただけの人間にできるものではなかった。
レグラは世界の管理システムに備わった計算機構を用いて、鋼侍の正しい戦力を算出しようとする。
しかし――、
「…………計算不能――――ナゼダッ!?」
何度計算しても、鋼侍を対象に含めた途端に、システムがエラーになってしまう。
――――まるで、世界に生じた1点のバグのように。
「……仕方がナイ。〝ハセコー〟の戦力は、もう1人のX級適合者の3倍と仮定スル」
レグラはエラーの解消を諦めた。
そして、鋼侍を処分するための計画を修正する。
彼を倒すには、生半可な策では通用しないとわかったからだ。
「……守護者ヲ強化する」
それはレグラにとって、最も合理的な判断だった。
ダンジョン内の最大の戦力――つまり守護者――を用いて、鋼侍たち一行を確殺する。それが、システムが導いた最適解だった。
「守護者は、ベヒーモスより強イ。……だが、〝ハセコー〟の戦力に不確定要素がある以上、油断はできない。計算では既定値の133%のステータスで勝てるハズだが、リミッターを5段階解放し、ステータスを200%まで引き上げル。――これで絶対に負けナイ!」
守護者の強化によって、【正典】にも多少の影響は起こり得る。
X級ダンジョンによる世界の〝侵食〟が遅れることになるからだ。
しかし、旗頭であるX級ダンジョンそのものが攻略されてしまっては本末転倒だ。
背に腹は代えられなかった。
――ある意味で、背水の陣でもあった。
もし、強化した守護者さえも敗れるようなことがあれば――……
「――……アリ得ナイ……」
レグラは自らの精神に浮かんだ不安を、非合理的と見なして無視する。
――負けるわけがない。きっと、守護者の元にたどり着いた人間たちは、〝ハセコー〟と共に全滅するだろう。
何度も計算を繰り返したが、その結論に変化はなかった。
レグラの精神は、ここへ来てようやく平静――安心に至った。
そして、レグラは管理者として莫大な量の仕事をこなすべく、今日もただひたすらに世界と向き合う。
なおも精神に浮かぶ、小さな不安にフタをして……




