#65 トリニティ・システムEX【叶純視点】
ふと気づくと、私――天王寺叶純は見知らぬダンジョンの中にいた。
『叶純、大丈夫か?』
「う、うん……」
目の前にいた鋼侍に問われ、戸惑いまじりに応えた。
……なんだろう、声が遠くから聴こえる……
ここは、バルディアX級ダンジョンの下層だろうか?
見回すと、攻略チームの他の3人もそばにいた。
――――映画のシーンのように、世界が暗転して切り替わる――――
次の瞬間、私たちはいわゆる「ボス部屋」――「守護者の間」とも言う――の前にいた。
何度か見たことがあるS級ダンジョンのそれよりもずっと大きい。
……とうとう、ここまで来たんだ。
心のどこかでそう思いながら、更に別のどこかでハッと気づく。
――――あ。私、いま夢を見てるんだ…………
この現実感のなさの正体は、そういうことだった。
夢の中のリタが、振り返って私に言う。
『カスミ、ここから先は危険よ』
「――え?」
その言葉に私が驚いていると、夢の中の鋼侍が続けて言う。
『――そうだな。この先は俺とリタの2人で行く。S級のみんなは、ここで待機しててくれ』
それは私が最も恐れ、最も鋼侍に言われたくないセリフだった。
「鋼侍! そんなっ!?」
私があせって叫ぶと、リタが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
『安心して、カスミ。私がちゃんとコージのバディを務めるから』
「うぅ、リタ……」
私はナジャやベンと共に扉の前に取り残され、鋼侍とリタだけが2人並んで扉の中へ吸い込まれていく。
どんなに前へ進もうとしても、扉は私を拒絶して受け入れてくれない。
それは、私が最も避けたい未来の形――悪夢そのものだった。
――――再び、世界が暗転する――――
……
…………
……
「ここは…………」
そこは、私たちのギルド『スター・ウィッシュ』の本拠地内にある談話室だった。
10人は座れるテーブル席に無料のドリンクも常備され、ギルドメンバーの憩いの場となっている。
私はここで、鋼侍やさららちゃんと一緒にのんびりとおしゃべりする時間が大好きなんだ。
……3人で一緒のときもあったっけ。
心がポカポカと安らぐひとときだった。
――――コンコン
ノックの音が響いた。
「……はい?」
誰だろうか。
「――――失礼する」
まじめそうなあいさつに続いて入室してきたその人は、私が心の中で予想したどの人物とも異なっていた。
きれいめのジャケットを着た、印象の薄い男性だ。
歳はわかりにくいが、父さんと同じぐらいだろうか。
背は鋼侍よりも少し低い。
顔立ちは地味で、どこか鋼侍を思わせるところがあった。
間違いなく、初対面の相手だ。
……私の夢なのに、私が知らない人が出て来るなんて――――そんなことってあり得るの?
その人は、当然のように私の名前を知っていた。
「……天王寺叶純さんかな?」
「はい。あなたは――?」
私がそうたずねたところ――
「まあ、私のことはいいだろう。どうせすぐに忘れる」
と、取りつく島もない感じだった。
……なんだろう。意外と個性的な人なのかもしれない。
男性は抑揚のない声で淡々と語る。
「ここで会えて良かった。このまま永遠に、あなたの夢の中をさまようのかと思ったよ」
……深刻なことを言ってると思うんだけど、なんでもないことのように聞こえる……
不思議な人だな、と思った。
「用件は1つ。『トリニティ・システムEX』について伝達することがある」
「トリニティ……三位一体のことでしたっけ?」
私がそう問い返すと、彼は少しだけ目を見開いた……ように見えた。
「博識だね。……私の息子にも爪の垢を煎じて飲ませてあげたいよ」
息子さんについて語るとき、彼の言葉から初めて感情らしきものがうかがえた。
「息子さんがいらっしゃるんですね」
「ああ。あなたと同い年のはずだよ」
「へえ……」
この人の息子さんってどんな人なんだろう。
想像もつかないなあ……
彼は話を続ける。
「――『トリニティ・システムEX』は、世界のバグによって副産物的に生まれた仕組みだ」
「え……? 世界のバグ?」
いきなり壮大な話になった。
……世界って、バグがあっても動くものなの……?
あまりに気になったので、つい言葉が口をついて出た。
「……ふむ。そちらについても触れておくか――」
どうやら説明してくれるらしい。
さっきは「どうせ忘れる」などと言っていた割に、妙に親切なところがある。
「今から4年前のことだ。私はある出来事があって、以前に仕えていた神に祈りを捧げた」
「はい」
敬虔な方なんだな。
以前は――ということは、今は違うのかな……?
「ところが、全く同じときに別の人物が正反対の神に祈りを捧げていてね」
「はい?」
正反対の神――?
そんな神様いるの……?
どこかの神話ならそんなこともあるのかもしれないけど、このときの私にはピンと来なかった。
「――2つの神の力が合わさった結果、この世界にバグが生じてしまった……と、まあ、そういうわけさ」
「そんなことが……」
結局、ひょうひょうとした彼の口ぶりからは、それがどのくらい深刻なことなのかわからなかった。
――バグって、何……?
そんな私の疑問を察してか、彼が補足のような言葉を添える。
「――気になるかもしれないが、そちらは間もなく〝落とし前〟をつけるところだ。あなたが気に病むようなことは何もない」
「……そうなんですね」
……ん? 〝落とし前〟……?
不穏なワードが聞こえた気がするのだけど、そろそろ彼は本題に戻ろうとしていた。
「話を『トリニティ・システムEX』に戻そう。これは、対象者――つまりこの場合はあなただ――の願いを叶える仕組みだ。いわゆる『願望機』のたぐいだな」
それは、すごい。でも――
「なぜ、そのシステムに私が――?」
私がはさんだ問いに、彼はよどみなく答える。
「システムの中核を成す〝2人の人物〟の承認を得たからさ。――ゆえに、〝トリニティ〟と言う」
「なるほど……」
その〝2人の人物〟とは――……?
非常に気になったが、今回は問いをはさむ余裕がなかった。
「メッセンジャー役に私が選ばれた理由はわからないが……まあ、きっと都合が良かったんだろう」
「…………」
彼はボヤくように言ったが、それは私にもよくわからない話だった。
「さて――実はもう、システムによってだいたいの解析は済んでいるんだが……改めて聞こう」
雰囲気の変化を感じ、私はなんとなく姿勢を正した。
「あなたの願いは何だい?」
――きっと、この問いこそが、今までの話の核心なんだ。
そう理解した。
「私の願い……」
改めて自問自答をする。
――答えはすぐに見つかった。……これ以外のものはない。
それは冷静に考えれば、初対面の男性に話すようなことではなかっただろう。
でも、ここは私の夢の中だ。気にする必要はないだろう。
それに、この人なら何を言っても平然と受け止めてくれるような気もした。
私は改めて彼と目を合わせる。
理知的で真面目そうな瞳。今はそこに、気づかいと温かみも感じられた。
「私の願いは、この先の人生を鋼侍と共に歩むことです」
そう聞いた彼が、ほんの少しだけ身動ぎした気がする。
「……本当にその願いでいいんだね?」
その問いは、ひょっとしたら、何か別の言葉を呑み込んだ末のものだったのかもしれない――
「はい」
迷いなく答えると、彼はうなずいて理解を示した。
「わかった。……実はもう、あなたの中にインストールは完了している」
「えっ」
いったい、いつの間に――――?
「これから最適化の処理に入る。少し時間がかかるかもしれないが……。完了次第、スキルか何かの形で発現するはずだ」
「そ、そうなんですね」
願いを叶える仕組みが、私の中に――――?
「きっと、あなたの願いを叶えるのに役立つだろう。上手く使ってほしい」
――伝えるべきことは伝えた。
彼のそんな口ぶりから、私はこの会話の終わりを悟った。
「では、私はこれで――」
「あ、あの!」
そそくさと談話室を出ようとする彼を、私はあわてて呼び止めた。
もうドアに手をかけていた彼がくるりと振り返る。
「……ん? 何かな?」
私は足をそろえて、深々と頭を下げる。
「ありがとうございました!」
正直、まだ狐につままれたような気分だった。
でも、どうしてもここでそうしなければならないという衝動が、胸の奥から湧き上がっていた。
顔を上げると、彼は会話の中で一度も見せなかったような柔らかい笑みを浮かべていた。
――その顔が、記憶の片隅にあった誰かと一致する。
「礼には及ばないよ」
私はハッと気づく。
――鋼侍のマンションを訪ねたとき、一度だけ見たことがある家族写真。その中に映っていた――
私が声を出そうとしたそのとき、大きな音を立てて世界が急速に崩壊を始めた。
――目覚めが近い。……こんな時に……
待って! まだあの人と話を……
ボロボロと崩れていく世界の中で、淡々とした彼の声だけが明瞭に耳朶を打つ。
「息子のこと、よろしく頼む」
――あなたは、破瀬守さん――鋼侍のお父さんだったんですね……
……
…………
――翌朝。
「うぅぅ…………」
ベッドの上で目を覚ました私は、二日酔いで頭が割れるようなひどい頭痛に苦しんでいた。
……目覚める前、何か夢を見ていたような気がする……
でも、いくら考えても内容はさっぱり思い出せなかった。
――昨日のリタとの勝負は、私の勝ちだったよね……?
……あー、頭がガンガンする……
手で頭を押さえつつ、のろのろとベッドから這い出して、個室に備え付けのバスルームに向かう。
――今日は、ダンジョンに行くのきついかも…………
……でも、鋼侍に置いて行かれるのは嫌だよぅ……
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