#64 祝勝会【叶純視点】
――私たち5人がベヒーモスとの死闘から無事に帰還した、その夜のこと。
「それじゃあ、ベヒーモス撃破と10階層突破を祝して――――」
リタの呼びかけに続き、一同が飲み物を注いだグラス類を掲げ持つ。
「「「「乾杯!!」」」」
ここは、アル・ガイブ基地内にある広い食堂の一角だ。
私たちは今、ベヒーモス戦の勝利を祝って催された、ささやかな宴の席に参加している。
主な参加者は私――天王寺叶純を含む、5人のダンジョン攻略チームのメンバー。それと、後方でサポートをしてくれたオペレーターチームのみんなだ。
他にも、ダンジョンへの行き帰りの際に同行することが多いウィリアム・ブローニングなど数名の探索者や、日本の如月綺花先生のようなサポートスタッフも参加している。
「コージ、お前のカラダはどうなってるんだ? なんでSPが全然尽きないんだ?」
「ウィリアム、すまん。俺は英語が得意じゃないんだ。――あ、綺花先生! すいません。……ちょっと、通訳をお願いしてもいいですか?」
「いいだろう。――ただし、後で私特製のカクテルを飲んでもらおうかな」
「げっ! や、やっぱりいいです……」
「なに、遠慮は無用だよ」
さららちゃん以外の大人たちはアルコールも入り、ふだんより陽気になっている人が多いように見える。
「リタ……ありがとう。クリスたちの仇を取ってくれて……」
「えぇ……。コージやチームのみんなのおかげよ」
別の席では、リタが目に涙を浮かべながら、ベンのほか昔からの仲間と思われる人々と語らっていた。
その中に1人、眼帯をした片腕のない人がいた。彼女がリタと抱き合って涙を流すシーンが、私の目に強く焼きついた。
周囲の人々の明るい笑い声が絶えない中、私は――――
「――――浮かない顔だな」
「ナジャ……」
テーブルの片隅でひとり静かにカクテルを飲んでいたところ、チームメイトの1人が英語で話しかけてきた。
私と同じダンジョン攻略チームの1人であるバルディア人女性、ナジャ・アッ=サイヤードだ。
隣の席に腰を下ろしたナジャは、私の視線の先に誰がいるかに気づいた。
「――ハセ・コージか……。大したヤツだな、あいつは」
その声の響きからは、鋼侍に対する純粋な称賛が感じられた。
……あれ? ナジャと鋼侍の関係は、初めて出会ってからずっとギクシャクしたままだと思っていたのに――
「鋼侍のこと、もう怒ってないの……?」
私が問うと、ナジャは苦笑してかぶりを振った。
「あのときの私は気が立っていた。海外から基地に来て早々、働きを求めるのも酷だっただろう」
それを聞いて、わたしはホッと安心した。――後で鋼侍にも教えてあげよう。
ナジャの言葉はまだ続いていた。
「ベヒーモス戦では、2度もコージに命を助けられた。これでいちいち目くじらを立てたりしていたら、私は地獄に落とされてしまう」
……確かに、あの戦いでは何度もヒヤリとした場面があった。
もしあの場に鋼侍がいなければ、私たちS級探索者のメンバーは全員命を落としていてもおかしくなかっただろう。
「機会があったら、それを鋼侍に伝えてあげて。鋼侍、あの日のことをかなり気にしてたから」
私がそう言うと、ナジャは吹き出して笑う。
「ハッ! 意外と繊細なヤツなんだな」
屈託なく笑うナジャの姿を見て、私はようやく彼女と打ち解けられたような気がした。
「……で、どうしてお前はそんな風に沈んでいるんだ?」
そう問われ、私は頭の中でふさわしい英語を探しながら答える。
「そうね……――かんたんに言うと、自分の実力不足のせいかな。ベヒーモスには、私の刀があまり通じなかったし」
ウソを言うつもりはなかった。
でも、私の正直な気持ちを伝えるには、やや言葉足らずになってしまったと思う。
ナジャには少し、誤解を与えてしまったかもしれない。
「そうか……。お前は自分の力に誇りを持っているんだな」
――ちょっと違う。
……と思いはしたんだけど、それをナジャに説明するのは難しかった。
「鋼侍の隣に立ちたい」なんて、彼女に相談するのも変な話だし……
「――私から見れば、お前は十分よくやっていた。武器をダメにした私なんかよりも、よっぽどな。X級の2人と比べる方が間違いだと思うが……」
「そうよね……」
私は力なく笑った。
ナジャの言葉は正しいし、嬉しい。――けど、それじゃダメなんだ。
……私はこの場での説明を諦め、話題を変えようと思った。
「ありがとう。これからもよろしくね、ナジャ」
「ああ」
カランと、ナジャの手の中でウイスキー入りのグラスが揺れる。
「……ベヒーモスを倒せたのは幸いだったが、私としては是非このままダンジョンの攻略を達成したい」
ナジャの力強い言葉に、私は目を見張った。
――今日、偉業を達成したばかりなのに、もうそんなに先のことを考えているなんて――
ナジャの方こそ、意識が高くて立派だ。
そう思った。
……でも、考えてみればそれもそうか。
「――ナジャにとっては、この国の一大事だものね」
ナジャはコクリとうなずく。
「もちろん、それもある」
そこでナジャは、グラスを一気にあおった。
「――……それに、あのダンジョンは父の仇でもあるんだ」
その言葉を聞き、私はハッと酔いがさめたような気がした。
「そうだったの?」
ナジャがうなずいた。
「ああ、『ダンジョンブレイク』が起こった6年前――A級探索者だった父は、ちょうどダンジョンに潜っていたんだ。――そして、帰って来なかった……」
「そう……」
知らなかった。
ナジャがそんな事情を抱えていたなんて。
彼女のひたむきで頑なな姿勢は、きっとそこから来ているのね……
「あのベヒーモスを倒せたんだ。今のパーティーなら、決してダンジョンの完全攻略も夢ではないと思っている」
――だから、こちらこそ、今後ともよろしく。
そう言って、ナジャは私のいた席から離れて行った。
†
ナジャが去った後、私は鋼侍のいる席に向かった。
――正直、今の気持ちのまま鋼侍と向き合いたくない思いもあったのだけど、いても立ってもいられなくなった。
「……あら、カスミじゃない」
鋼侍の隣にはリタがいた。彼女の右手のフォークにはぷりぷりとしたソーセージが刺さっている。
なんとリタは、鋼侍に手ずから食べ物を食べさせていたのだ。
……私もなんて言うのかは知ってる。「あーん」ってやつでしょう?
リタはちょっと前までしんみりしていたくせに、今はずいぶんと機嫌が良さそうだ。
ああ、良かった。彼女が元気になってくれて。
「……楽しそうなことしてるのね」
私がにっこりと笑ってそう言うと、周囲の人たちが驚いたようすでザザザッと後退りをしていた。ガタンと椅子が倒れる音まで響いた。
――どうしたんだろう? ……まるで、ドラゴンでも見たみたいな顔をして……
……まあ、どうでもいいか。
リタはフォークを置いて立ち上がり、私に向かって挑発的な顔で笑う。
私とリタの間に火花が飛び散り、周りから「ひっ」と押し殺した悲鳴のような声が聞こえた。
「カスミ、勝負しない?」
「へえ、どんな?」
リタはテーブル上に並んだビールの瓶を指さす。
「お酒の席だし、お酒で勝負しましょう」
「いいわね」
やけに協力的なギャラリーの手によって、瞬く間に勝負の舞台が整えられていく。
「――それじゃあ、勝った方がコージにキスする権利を得るってことで」
「わかったわ」
「ヒューヒュー!」「羨ましいぞ、コージ!」
リタが決めたルールを聞いて、ギャラリーが口笛を吹いて歓声を上げる。
「ほぇっ……?」
ただ1人鋼侍だけが、状況を理解していないのか間の抜けた声を上げていた。
……鋼侍の英語力だと、きっと何も聞き取れなかったのね……
――まあ、その方がいいのかもしれない。
問題はない。
勝つだけだ。
「お、おい! コージ。お前、アレ止めなくていいのか?」
「……へ? なんで?」
「お前しか止められるヤツいないだろ!」
ウィリアムが必死に鋼侍に何かを訴えていたが、鋼侍には全くピンと来ていないようだった。
ウィリアムはやがて説得を諦めたのか、肩をすくめてやれやれと首を振っていた。
私とリタは、互いのグラスになみなみとビールを注ぐ。
「――じゃあ、まずは1杯目ね」
「ええ」
――カン! とゴングの音が鳴った。
誰かがわざわざ基地のどこかから持ってきたらしい。
――――昼のベヒーモス戦とは、また違ったタイプの激戦が始まった。
いったい何杯飲んだんだろう……
30杯までは記憶にあるんだけど……
……あんなにお酒を飲んだのは、人生で初めての経験だった。
戦いが始まってから数十分後――、
リタが虹色の吐瀉物をぶちまけたのを目にした瞬間、私は意識を失った。
――――私の勝ちね…………!
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