#60 2年前の悪夢
「破瀬君、そこの岩場あたりに固定カメラの設置よろしく」
『了解です!』
「叶純さん、左の通路から熱源が近づいています! 数1、中型のモンスターです!」
『ありがとう、了解!』
バルディア共和国、アル・ガイブ前線基地。
――PKO多国籍軍向けに、基地の増設エリアに設置された広い管制室の一角にて。
木曽健造や破瀬さららといった日本人のオペレーターがヘッドセットを装着し、通信を介してダンジョンに進入した攻略チームのサポートを行っていた。
日本人だけではない。
「――リタ、ペースは順調だよ。そろそろ休憩を取ってもいいと思う」
「――ベン、後ろにも注意してね。モンスターが追いついて来てるわ」
「――ナジャ、前に出すぎだ。もっと周りに合わせろ」
アメリカ、カナダ、バルディア。
各国のダンジョン攻略メンバーと気心の知れた同じ国籍のオペレーターが、マンツーマンで探索者をサポートしていた。
その模様を間近でながめるのは、多国籍軍の司令官ベルンハルト・ロンメルだ。
ロンメルは表情こそふだん通りだったが、内心で舌を巻いていた。
――ダンジョン攻略における、日本の先進技術と方法論は素晴らしい。
その事実を、認めざるを得なかった。
5台のドローンによるカメラ撮影の映像は、リアルタイムで管制室のモニターに表示される。
EX-Pileの設置と共に通信エリアが広がり、ダンジョン内のマッピング情報が次々と更新されていく。
安全性と合理性を兼ね備えた、優れた探索手法だった。
ロンメルは当初、日本のダンジョン庁が立案したダンジョン攻略作戦に否定的だった。
――ダンジョン攻略の模様をリアルタイムで基地に中継して、オペレーターが攻略をサポートする? ……それができるのなら、こちらでもうやっている。
当然、資料にはそれを実現するためのキーアイテムである「EX-Pile」の情報もあった。――が、それは当時のロンメルの常識の外にあった。
――所詮、ダンジョン配信を一般大衆向けの娯楽にしているような国だ。X級ダンジョンの攻略を、その延長線上に置かれるなんてまっぴらだ。
そんな先入観から来る思い込みもあった。
しかし今回、日本が考案した作戦の効果を見て、ロンメルの認識は変化していた。
――これは、未来につながる探索だ。
この作戦で構築した通信インフラは、今後も継続して活用できる。
たとえ今回、攻略そのものが失敗したとしても、その成果は決して無駄にはならない。
今後の探索・攻略は、これまでより格段に楽になるからだ。
通信インフラを介して、後方要員の目・耳・声等を前線に届けられることの価値はそれだけ大きい。
更に、EX-Pileと共に設置された固定カメラ等によって、定常的にダンジョン内の情報を収集できる。
「ショーンさん、リタさんに伝えてください。以前のマップと比べて、ダンジョンの構造が変化しています」
「やっぱり……ダンジョンの『構造変動』が起こったんだな。――わかった。ありがとう、さらら!」
日本の女子高生だというオペレーターが、慣れない英語を駆使して同じ立場のアメリカ人とやりとりをしていた。
今回、日本が持ち込んだ高機能ドローンには、エコーロケーションによって付近の建物の構造を解析する機能も備わっているそうだ。
また、体温が一定以上のモンスターであれば、サーモグラフィーによって所在を明らかにできる。
光学カメラと合わせたこれらの機能のおかげで、攻略チームの索敵の負担は大きく軽減されていた。
(……もっと早く、日本のチームに相談すべきだったのかもしれない……)
過去を振り返り、ロンメルの胸の内に後悔の念が湧く。
ベストは尽くしていたつもりだった。
しかし、視野が狭くなっていたかもしれない。
〝ダンジョン内では通信が届かないから、仕方がない〟
そう決めつけ、最初から諦めてしまっていたのではないだろうか。
〝現場の攻略チームに全てを託すしかない〟
それは、責任逃れの言い訳になってはいなかっただろうか。
(……日本を巻き込んでいれば、あのときの結果ももっとマシだったかもしれん)
――過去最悪の悲劇を生んだ、2年前のダンジョン攻略作戦。
ロンメルの脳裏に、苦々しい敗戦の記憶がまざまざと蘇った。
††
それは、人類がバルディアのX級ダンジョンという災厄の攻略に挑んだ、過去最大の作戦だった。
X級のリタ・フェニックスを中心にS級以上の探索者のみで構成された、世界最強の12名によるドリームチーム。
「奈落」の確実な攻略を見込んで、万全の体制で作戦に臨んだそのチームは――――地下10階層で壊滅した…………。
五体満足で帰って来れたのは、リタとベン・ウッドの2名のみ。
帰還した他の3名の内2名は探索者引退を余儀なくされ、1名はそのときのケガと魔素中毒症によって死亡した。
残りの7名はMID(=Missing in Dungeon:ダンジョン内行方不明)――事実上の死として扱われた……。
††
「――2階層も踏破したぞ! X級2人の討伐記録がすごいな!」
「過去最速のペースね! この仕組みはやっぱり最高だわ!」
ロンメルの目の前で、4か国から成るオペレーター陣が快哉を叫んでいた。
――当時の我々にも、もっとできることがあったのではないだろうか?
順調なダンジョン探索を見届けるロンメルの胸中には、じくじくとした悔恨が募っていた。
†
2年前の12名チームに対し、今回ダンジョン攻略の要となるチームの人数は、わずか5名。
X級探索者が2人に増えたという大きな違いはある。また、S級探索者3名の質も申し分ない。
しかし、たった5人でいいのか――という声は、もちろんあった。
先の攻略会議で上がったその懸念に対し――
『――S級探索者の人数をこれ以上増やしても、お荷物になるだけです。それは、ロンメル司令。あなたもよくご存知なのでは?』
日本の恵良猪乃――ダンジョン庁長官が応えた言葉がこれだ。
この猪乃の見解には、その場に出席していたリタ・フェニックスも同意を示した。
†
ロンメルは再び顔を上げ、5台のドローンによって映されるカメラ映像を凝視する。
その向こう側では、次々と現れるS級モンスターがリタや鋼侍によってあっという間に葬られ、光の泡となって消えていた。
――仮に攻略が失敗してもいい。確実な成果を得て、無事に帰還してくれれば……
ロンメルは、そう強く願う。
……フラウ・恵良の言った「1か月での攻略」は大言壮語だろう。が、十分な成果を出して帰還できれば、それだけで及第点だ。そして、すでに通信インフラの設置という成果は出ている。
くれぐれも、先走ってむやみに命を散らすような真似だけは慎んでほしい。
攻略チームの働きは、決して無駄にはならない。
――――たとえ、あの〝10階層の悪夢〟を乗り越えられなかったとしても……。
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(2026-05-25)今週の平日は1日1話のみの投稿となります。土日には2話ずつ投稿します。




