#59 黒の境界【鋼侍視点】
俺たちがハンヴィーという軍用車両に乗って、アル・ガイブ基地を出発してから間もなくのこと――。
「――こちら破瀬、聞こえますか!」
『――うん、感度良好』
屋根のない特別仕様のハンヴィー、その車両後部にある荷台で。
俺――破瀬鋼侍は、杭状の通信デバイス「EX-Pile」を地面に設置する作業に従事していた。
作業に慣れれば、通常速度で運転しながらでも設置できるかもしれないが、それでEX-Pileを壊しでもしたら悲惨だ。
安全確実を期すため、設置の際は車のスピードを落としてもらうことにした。
『地上なら、もう少し間隔は広くても大丈夫そうだ』
「じゃあ、次は500メートル先で!」
テスト通信の相手は、基地の管制室にいるエンジニアの木曽さんだ。
基地内の管制室の一角には、木曽さんやさららを含むオペレーターチームの他、俺たちの攻略をサポートする人たちが集まっているそうだ。
俺はネットワークが正常に稼働しているかを確認するため、EX-Pileを1本設置するたびに通信機を介して会話をするように指示を受けていた。
「――鋼侍! モンスターが来てる!」
後部座席の左側から、叶純が声を上げた。
ちなみに、その右側にはバルディアの女戦士ナジャが、俺と同じ荷台にはフルプレートを着込んだカナダ人男性のベンがいる。
後方を確認していた俺が、接近するモンスターに対応すべく身を起こしたところで――
「問題ないぜ!」
――ズドドドドッッ……!!
重低音と共に、12.7×99mmの弾丸が毎分400発の速度で飛び出していく。
ハンヴィー中央上部の銃座に取り付けられたブローニングM2重機関銃が火を噴いたのだ。
たちまち、こちらに飛んで来ていた複数のワイバーンが絶叫し、蜂の巣のように全身に穴を開けて墜落していく。
……A級モンスターの中でも、最強格の亜竜が完全に雑魚扱いだ。――すっげぇな……
――えっ? モンスターに銃は効かないはずだろ、だって?
……ああ。その通りだけど、あの人の操る銃は例外だよ。
「――さっすが、『銀の弾丸』はダテじゃねぇな」
思わず、彼のあだ名をつぶやいた。
銃座に立つ射手の名は、ウィリアム・ブローニング。――奇しくも武器と同じ名を冠する、アメリカ人のS級探索者だ。
彼は、弾丸などの飛び道具にSPを込めるレアスキルを身に着けているんだ。
ウィリアムはダンジョンには同行しない。その一番の理由は、こういったダンジョン外の任務でこそ、彼のスキルによって最大の戦果を上げられるからだ。
ウィリアムはその代わり、こうして道中の露払いを引き受けてくれた。
おかげで、俺たちダンジョン攻略チームの5名にとって、道中で戦闘をする機会はかなり減った。
――とはいえ、敵は最凶のX級ダンジョンだ。
「すまん! 1匹、仕留めそこねた!」
1頭のS級モンスターが、ウィリアムの〝銀弾〟を浴びながら低空飛行でハンヴィーに急接近していた。
リンドブルムという、ワイバーンよりひと回り大きな翼竜だ。
……あの銃弾の雨に耐えるなんて、相当タフなやつだな。
しかし――、
「任せて!」
リンドブルムが車両まで10メートルの距離に接近したとき、助手席に立っていたリタが車体を蹴って空中に飛び出した。
「ヒートスラッシュ!」
リタの持つ長大なグレイブ――西洋薙刀とも呼ばれる長柄武器――の刃が赤熱化して輝く。
――ザシュッ!
首を斬り落とされたリンドブルムには、悲鳴を上げる隙さえなかった。
リタはそのまま、リンドブルムの死体を蹴り飛ばして車体に舞い戻った。彼女の着地によって車体は少し揺れたが、走行に支障はなかった。
「コージ、次の設置ポイントよ!」
「ああ!」
息ひとつ乱していないリタから指示を受け、俺は再びEX-Pileを地面に設置する。
……こりゃ、もっとダンジョンに近づくまで、俺が戦う番は回って来なさそうだな……
††
助っ人のウィリアムの活躍もあり、俺たちを乗せたハンヴィーはそれなりのペースで走行し続けることができた。
ダンジョンに近づくにつれてモンスターの密度が増し、俺や叶純にも戦闘の機会がなかったわけじゃない。――が、ダンジョン入口に到達したのは、出発からわずか1時間足らずでのことだった。
「いいペースね。これなら、今日のミッションはお昼には片付くかしら?」
「ダンジョン内に入るのは久しぶりだろう? 油断は禁物だ」
リタとナジャがそんな会話をしていた。
今日のミッションは、ダンジョンの地下3階層まで行って帰って来ることだ。当然、EX-Pileや固定カメラの設置も任務に含まれる。
時間的にはもっと行けるだろうが、EX-Pileの在庫もそれほど多くないし、俺や叶純にとっては初めてのX級ダンジョンだ。まだ無理をするところじゃない。
このとき、EX-Pileの残数は80本になっていた。
だいたい、基地からダンジョンまで平均500メートル間隔で打ち込んで来たことになるな。
さて、肝心のダンジョンの入口だが――
「…………でっか…………」
「……うん、確かに……」
俺と叶純は、〝それ〟を見てあっけに取られていた。
そこに広がっていたのは、ダンジョンの内と外とを隔てる空間の境目――正式な用語で「境界」と呼ばれるモノだった。
境界は直径約10メートルのいびつな円形で、7階建てのビル相当の高さがあった。
ふだん行く日本のダンジョンでは、常に人工の建造物である「門」に覆われているから意識が薄かったが、むき出しだとこんな感じなんだな……。
――あ、松濤ダンジョンで「ダンジョンブレイク」が起きたときは、ゲート壊れてたな。
……まあ、あのときは急いでたし、落ち着いて見ているような余裕はなかった。
「――年々チョットずつ大きくなってる。どこまで大きくなるのか、それから何が起こるかは誰にもわからないわ」
リタが言った。
〝――いつか「ダンジョンブレイク」よりも、もっとひどい災害が起こるかもしれない〟
そんな噂話がまことしやかに囁かれるくらいだ。
悲観論だと思うかもしれないが、ダンジョン専門の研究者でさえ、それをきっぱりと否定する論拠は持っていないのだとか。
眼前に広がる境界からは、黒々とした魔素の奔流が絶え間なく流出していた。
……うえぇ……これから、ここに入んのかよ……
ダンジョンに入るのは、俺たち5人のパーティーに限られる。
つまり、ウィリアム(と運転手)とは一旦、ここでお別れになる。
「帰りもまた迎えに来る。みんな、幸運を祈るぜ!」
「サンキュー! ウィリーも、寄り道しないでまっすぐ帰りなよ」
リタの軽口にウィリアムは笑っていた。
……翻訳アプリに頼りきりだけど、「グッド・ラック」と「サンキュー」だけは、生の音としても聞き取れたよ。
ウィリアムはこれからアル・ガイブ基地に一時帰還する。
移動手段は、俺たちが乗ってきたハンヴィーだ。運転手を務めるA級探索者も、彼と行動を共にする。
放っておくとまたモンスターが湧いて集まって来かねないから、間引きを済ませた今のうちに退避する必要がある。
いくらウィリアムが強いと言っても、ここはX級ダンジョンの喉元だ。S級探索者が1人だけでは、待機し続けるだけで命取りになりかねない。
3時間後に迎えに来てもらうときにも、俺たちで事前に周辺の間引きが必要になるかもしれない。
ダンジョンに入る直前、俺は荷物を担当するベンに声をかける。
「ベン、ドローンを出してくれ」
「……あぁ」
ベンがバックパックから取り出したのは、日本から持ち込んだ機材の内の一種。カメラ撮影をふくむ各種機能を搭載した、高性能な飛行ドローンだ。
以前に松濤ダンジョンのボス「アトラス」と戦ったときにも、このような撮影ドローンを用いたが、あれの更に高機能なタイプだ。
「…………よし。見えるか、さらら?」
『うん、バッチリ!』
耳元の通信デバイスから、さららの応答が聞こえた。
カメラの映像が届いたようだ。
このドローンは自律飛行も可能だが、ダンジョン・オペレーターとしてのサポートも兼ねて、さららが動きをコントロールする。
取り出したドローンは合計で5つ。
それぞれ別々のオペレーターが担当し、俺たちのダンジョン攻略をマンツーマンでサポートしてくれる。俺の担当は、さららではなく木曽さんだ。……EX-Pileの設置とかあるから、当然の人選だな。
「……スゴいわね、ニホンの技術は。ドローンは私たちも使ってたけど、ダンジョンの奥でこんなに手厚い支援はもらえなかったわ」
リタが感心したように言った。
「へへっ、まぁな」
――別に、俺がすごいわけじゃないけど。
元・配信施工員として、なんとなく少し得意な気分になった。
……うっ! ナジャが、ジトッとした目で俺を見ている……
そんな目で見ないでくれよ……
ささいな会話の後、リタは境界の寸前まで足を進めた。
俺たち4人を振り返り、言う。
「……ミンナ、準備はいい? ――さあ、ダンジョンに突入よ!」
「「「「応!」」」」




