#58 出撃【鋼侍視点】
俺――破瀬鋼侍が、X級探索者としてあるまじき失態を演じてしまった翌朝。
日本人派遣団に貸し与えられた、プレハブ建築の宿舎内にて。
「……ほら、これが『EX-Pile』さ。破瀬君も実物を見るのは初めてでしょ?」
俺はある日本人の技術者と共に、打合せを兼ねた雑談をしていた。場所は、宿舎内で機材置き場として使うことにした部屋の中だ。
彼――木曽健造さんは、バルディア国まで俺たちと同行してくれたスタッフの1人だ。
木曽さんは俺に「EX-Pile」を1本、手渡してくれた。
それはクレヨンか丸鉛筆みたいな、シンプルなデザインの杭だ。
仕様としては、直径1.8cm、長さ20cm。――だいたい割り箸ぐらいの長さだな。
「うわあ……! これ、壁とか地面に刺すだけでいいんですか?」
EX-Pileは、ダンジョンの壁に溶け込むような砂の色をしていた。
モンスターの目から逃れるためだと思うが、起動状態を示すインジケーターすら付いていなかった。
「――そうそう。必要な設定は全部済ませてあるから。起動するだけで、互いを認識してネットワークを拡張してくれるんだ」
木曽さんは、俺の古巣であるダンジョン管理局東京本部の技術基盤部に属するベテランだ。
実は配信施工員をしていたころにも、何度か話す機会はあった。
……その木曽さんと、こうやって海外でまた一緒に仕事をすることになるとは……――人の縁とは不思議なものである。
「超お手軽ッスね! 日本のダンジョンでも、そのまま使えるんじゃないですか?」
俺がそう言うと、木曽さんは苦笑いを浮かべた。
「いやあ……ちょっとコストがバカにならないからね。正式採用はずっと先かな。今回は特別だよ」
なるほど。
……まあ、すごい技術が使われてるみたいだし、それも当然か。
今日からの俺の仕事は、単にダンジョンを攻略するだけではない。
攻略に先立って、ダンジョン内にこのEX-Pileを用いた通信網を構築するのだ。
それによって、さららを始め後方スタッフの目と耳を現場に届けることが可能になり、より安全確実に攻略を進められるようになる。
――まさに、元・配信施工員の俺にふさわしいミッションだな!
……ふっふっふ。さっそく汚名返上の機会がやって来たぜ。
「――なるべく目立たないところに設置してね。……ちょっとやそっとじゃ壊れないシロモノだけど、X級モンスターに直接ねらわれたら危ないと思うから」
意外と重いこのEX-Pileは、全体をS級魔鋼合金で覆われている。それはX級ダンジョンという、極めて過酷な環境に置かれることを想定しての処置だ。
木曽さんの言葉に、俺はドンと胸を叩いてみせた。
「わかりました! 任せといてください!」
「お、おう……気合十分だね」
木曽さんとのやりとりの後、俺はX級探索者の1人として広い作戦室で攻略会議に参加した。
そして――ダンジョン庁のトップである恵良長官のプレゼンに度肝を抜かれた。
…………あの人、ヤバすぎでしょ…………
なんで、完全アウェームードからあそこまで持って行けるの……?
――でも、1か月で攻略なんて、本当にできるのかなぁ?
†††
昼食をはさんで、午後。
X級探索者のリタ――リタ・フェニックスをリーダーとする俺たちダンジョン攻略チームは、基地内にある格納庫の一角で顔合わせをしていた。
明日からのダンジョン攻略に備えて、合同訓練を行うためだ。
――ただし、チームの5人中4人はすでに顔見知りだった。
「彼はベンよ。『動く要塞』と呼ばれてるわ」
いま俺たちの目の前にいるのが、その最後の1人だ。
「……ベン・ウッドだ。ヨロシク」
「お、おぉ……」
リタの紹介を受けてガチャリと鎧を揺らしたのは、カナダ出身のS級探索者だ。
――馬鹿デカい
とにかく、そんな言葉しか出て来ないほどの巨漢だった。
ベンの身長は2メートルを超えていた。
まるで西洋甲冑のような重厚な魔鋼合金製のフルプレートアーマーを着込み、戦鎚とタワーシールドを持つその姿は、文字通り鉄壁の要塞をイメージさせた。
兜の面頬を上げたベンの顔には、醜い大きな傷跡が走っていた。
それは、2年前にリタと挑んだ、ここバルディアのX級ダンジョン攻略作戦で負った傷なのだそうだ。
――その作戦では、何名ものS級探索者が戦死したと聞く……。
……そういや、リタの体にも傷跡があったな。あれもその作戦で負ったケガなんだろうか……
俺たちは、5人パーティーでダンジョンの攻略に挑むことになった。
あとの2人は叶純とナジャ――ナジャ・アッ=サイヤードだ。
「副リーダーはナジャよ。みんな、ワタシかナジャの指示に従ってね」
「フンッ……」
顔合わせの際、ナジャは俺とは目を合わせようとはしなかった。
……うーむ。やっぱ、嫌われちゃったかな……
訓練で、ちょっとでも打ち解けられるといいんだけどなぁ。
――――そう思っていた時代が、俺にもありました…………(涙)
見事に撃沈したよ。トホホ……
†
「――ベン、これを着けて」
「? コンタクトレンズ……?」
自己紹介の後で。
リタにスマートコンタクトレンズを渡され、首をかしげるベンという絵面が見られた。
指示通りにレンズを装着した後すぐ、ベンはその効果を理解した。
「……なるほど。これは便利だ」
同じレンズをつけた俺の視界の端には、ベンが発した英語が日本語に翻訳されて表示されていた。
同様に、俺が日本語で喋っても、チームメンバーのレンズ上ではそれぞれ設定した言語で表示される。
ふだんは、動画配信アプリで視聴者コメントを表示するために使っている機能だ。その応用だな。
――これで言葉の壁もバッチリだぜ!
†††
訓練から一夜明けた朝。攻略作戦の開始直前。
俺たちダンジョン攻略チームの5人は、昨日顔合わせをした格納庫の前に再集合していた。
「――『EX-Pile』のストックはベンが持って」
「……了解」
リタの指示に従って、ベンが合計90本あるEX-Pileの束を無造作にバックパックに入れる。
……合わせて80キロ以上はあるんだが、自身の装備だけで数百キロに上るベンにとっては誤差みたいなものらしい。
「設置はコージの担当ね」
「――ああ、任せてくれ!」
最初に設置すべき10本のEX-Pileは、もう俺の手元にあった。
格納庫から車のエンジン音が響く。
ゆっくりと俺たちの前まで進んで来たのは、ハンヴィーという軍用の高機動車だ。
幅広の大型車両で、車体の中央上部には銃座が取り付けられている。
これが俺たちの移動手段となる。
基地からダンジョン入口までの距離は、10km弱。
俺たちS級以上の探索者なら、まあ楽に走破できる距離だ。が、ベンの装備は徒歩移動に不向きだし、基地の近くではモンスターは少ない。
ダンジョン入口まである程度の間引きを行う必要はあるが、なるべく無駄な疲労や戦闘は避けたいというねらいがあった。
全員でハンヴィーに乗り込む直前、リタが改めて初期目標を告げる。
「基地戦力の援護が得られるのは、ダンジョンの入口までよ。まずはそこまでの通信ルートを確保しましょう!」
「おお!」「了解!」
アル・ガイブ基地には今、俺たちパーティーメンバー以外にも8名のS級探索者がいる。
ダンジョンへのルート上に存在しない、S級以下のモンスターの対応は彼らに任せることになる。
俺たち5人がハンヴィーに乗り込んだ後、リタが号令を発する。
「――フェニックス班、出撃よ!」
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