#57 「奈落」の攻略会議
――アル・ガイブ前線基地。
「不可知」の名を冠するその基地は、バルディア国のX級ダンジョンによって今なお拡大し続ける災厄の防波堤だ。
そこは人類全体にとって、異界の脅威に抗う闘争の最前線だ。その基地に駐留するのは、バルディア国軍だけではない。
PKO――国連平和維持活動の枠組みで招集された、多国籍軍の軍隊もこちらに常駐している。その人数は、後方キャンプ地の交代要員を含めて、実に師団規模(1万〜2万人)に上る。
この軍隊を束ねる総指揮官の名は、ベルンハルト・ロンメル。
ドイツ連邦軍において陸軍中将の肩書を持つ、熟練の将校だ。
「……日本の派遣団が到着したそうだな」
アル・ガイブ基地第2司令室――多国籍軍の駐留が常態化してから増設された新司令室にて。
ロンメルは、同基地に駐留するイギリス人の参謀と会話をしていた。
「ええ。先ほど早速ひと働きしてくれました」
参謀が応えた。
ロンメルとこの参謀の国籍は異なるが、もうこの土地で数年来の付き合いになる関係だ。
参謀が続けて言う。
「……もっとも、主だった戦果を上げたのは、例によってリタ・フェニックスですが」
ここで参謀が言及したのは、鋼侍たちが基地に到着する直前に発生したモンスターたちの襲撃のことだ。
基本的に、モンスターに銃火器の類いは通用しない。それらの攻撃には、探索者が操るSPが含まれないからだ。
銃や大砲でモンスターの動きを阻害することはできても、止めを刺すのは探索者に任せるしかない。
「……フム。日本のX級探索者は期待外れか……その程度の実力で、本気であのダンジョンを攻略する気なのか?」
先ほどの戦闘で、鋼侍は装備の着用に手間取って出遅れてしまった。その結果、満足な活躍を見せることはできなかった。
基地に常駐するS級探索者にも劣る働きだった――と、ロンメルは報告を受けていた。
ロンメルが発した独り言のような問いに、参謀は答える術を持たなかった。
「さあ……。――ところで、日本からの作戦立案書はご覧になりましたか?」
「ああ。だが、あんなものは作戦とは呼べん」
日本の作戦案。
それは日本のダンジョン庁、及びその下部組織であるダンジョン管理局の選抜メンバーから成るタスクフォースによって、短期間で練り上げられたものだ。
――海外の軍人から見たそれは、彼らの理解が及ぶ範囲を遥かに越えていた。
「……ええ。とても正気の沙汰とは思えません」
参謀の見解もロンメルと一致していた。
ロンメルは立ち上がり、司令室の窓からダンジョン方面をにらむ。
【大変革】が起こった25年前、彼に発現した探索者資質はF級。その彼の目にも、黒く湧き上がる魔素の霧が遠方にうっすらと映った。
「……勇み足で貴重な上級探索者を失うようなことだけは、絶対に避けねばならん」
――ロンメルの脳裏には、過去何度か経験した「敗戦」が苦い悲劇の記憶として刻み込まれていた。
「派遣団の代表は、遅れて到着するそうです」
「フンッ、重役出勤のつもりか? ……まあ、実働部隊を先に送ったのは正しい判断と言えるな」
日本からの派遣団や、ロンメルをふくむPKO多国籍軍司令部など、主だった人員を集めてのX級ダンジョン攻略会議が、翌日に予定されていた。
††
――その翌日。
ダンジョン攻略会議の会場とされたのは、基地内で最大規模のブリーフィングルームだ。ロンメルはそこに比較的早く到着した。
日本派遣団の代表者は、開始時刻ぎりぎりになって現れた。彼女の姿を見て、ロンメルは目を見張った。
「フラウ・恵良……」
恵良猪乃。
かつては第一線で探索者として活躍しながら、未知のイレギュラーという悲運によって左足を失った人物。しかしその後、日本のダンジョン庁でトップの地位にまで上り詰めた。
猪乃の歩みには、義足に由来する若干の違和感があった。しかし、彼女のブレのない体幹は、鍛え抜かれた軍人にも劣らないものだった。
――まさか、ここであの日本の英雄に対面するとは……
彼女のエピソードをよく知るロンメルの胸中で、さざ波のような感動が湧いていた。
「――明朝から早速、ダンジョン攻略作戦を開始したいと考えています」
会議が始まって早々のことだ。
ステージに立った猪乃は、英語の通訳を介して話をした。猪乃自身、英語を話せないわけではない。――が、探索者上がりの彼女は決して英語が得意というわけでもない。その自覚があった。
猪乃の言葉は、10か国以上の国々から100名以上の将兵が集ったブリーフィングルーム内を大きくざわめかせた。
猪乃は語った。
――本日の午後をダンジョン攻略チームの訓練期間とし、明日から攻略を開始する、と。
「さすがに、拙速すぎるのでは?」
「X級ダンジョンは、日本のおままごととはわけが違うんだぞ!」
複数の国の将校が、英語で野次のような文句を投げかけた。
ただし、猪乃はそんな文句に表情ひとつ動かすことはなかった。
「――静粛に!」
進行役の将校が大声を上げ、室内のざわめきが徐々に収束する。
その終わり際、ロンメルが挙手をして、猪乃にストレートな批判をぶつける。
「ミズ・恵良。あなた方が提案する作戦は突飛すぎる。私のような歴の長い軍人から見て、とても実現可能とは思えない」
ドイツ語のなまりが強い英語だったが、通訳はそれを正確に訳して猪乃に伝えた。
猪乃はひとつ頷いた後、補助スタッフに指示してある物をステージに持って来させた。
――それは、20cmほどの細長い金属製の棒だった。
スタッフからそれを受け取った猪乃は、高くかかげて会場内の全員によく見せる。
「これが『EX-Pile』です」
「EX-Pile」――それは、日本の技術の粋を凝らした結晶だ。
そして、これこそが日本のダンジョン庁がX級ダンジョン攻略のために用意した秘密兵器だった。
「これ1つで、半径100メートルから500メートル以内の通信が可能になります」
そう。
日本のお家芸である、ダンジョン内における通信インフラの構築。
彼らはそれを、ここX級ダンジョンにおいても実現しようとしていた。
「『EX-Pile』には、内部にモンスターコアを加工した極小のバッテリーを内蔵しています。これによって、周囲に魔素がある環境であれば永久に稼働し続けることが可能です」
猪乃が朗々と語った内容によって、ブリーフィングルーム内に再び大きなどよめきが起こった。
モンスターコアとは、モンスター討伐時に確率的に入手できる球状の物体だ。このモンスターコアからは、特殊な方法でエネルギーを取り出すことができる。
EX-Pileでは、それを電源として利用しているということだ。
「……モンスターコアで永久機関が現実になったのか……」
「……少し前に論文で基礎理論を見たばかりだぞ。まさか、もう実用化していたなんて……」
この場に集った各国の将兵たちが、ヒソヒソとそんな言葉をささやき合っていた。
猪乃の話は続く。
「なにぶん急な派遣要請だったため、今この基地に持ち込めた数は初期ロットの100本のみですが――」
この場の日本人以外にとっては、100本あるだけでも驚きだった。
「最終的には1000本を超える数量を用意し、ダンジョン最深部までの通信を確立します」
その言葉に思わずロンメルは手を叩き、それにつられる形で会場内に拍手が巻き起こった。
しかし、猪乃はすっと片手を上げ、その喝采を早々と収束させた。
聴衆らは、彼女のその態度に疑問符を浮かべる。
……もはやこのブリーフィング会場は、完全に彼女の掌中にあるかのようだった。
「――1か月以内に、X級ダンジョンの攻略を目指します」
会場にこの日、最大のどよめきが沸き起こった。
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