#56 砂漠の洗礼【鋼侍視点】
バルディア共和国へと向かう航空機内で。
俺――破瀬鋼侍は、ここ最近の出来事を思い返していた。
――X級探索者になっただけでも信じられなかったのに、まさか俺があの悪名高い『不毛の奈落』を攻略しに行くことになるなんて……。
周囲には妹のさららだけじゃなくて、S級探索者の叶純にJ-EMSの特任研究員である綺花先生、ダンジョン庁の恵良長官、さらにあの世界最強のリタ・フェニックスまでいる。
――夢じゃないんだよな、これ?
……思えば遠くまで来たもんだ。
『国内のことは俺たちに任せておいてくれ。――X級ダンジョンの攻略、楽しみにしてるぜ!』
電話口でそう励ましてくれたのは、尊敬するS級探索者の大先輩、四方津世音さんだ。
またX級のイレギュラーでも起きない限り、東京はじめ国内のダンジョンについては安心して任せられるだろう。
成田からの直行便がバルディア空港に到着したのは、出発から約12時間後のことだった。
さすがにだるさはあるが、とりあえず無事に着いてひと安心だ。……飛行機には、いい思い出がない。
空港の出口では、バルディアの政府関係者が出迎えに来ていた。
向こうから呼ばれたので当然といえば当然だが、どうにも自分の場違い感がぬぐえない。……これ、映画の撮影だったりしないよな?
迎えの一団の中で特に印象に残った人は? ――と問われたら、俺はある女性探索者の名を答えるだろう。
バルディアで唯一のS級探索者である彼女は、ダークブロンドの髪を後ろで束ね、砂漠仕様の迷彩服を着込んでいた。彼女は軍隊に属しているのだ。
「……ナジャ・アッ=サイヤードだ。よろしく頼む」
彼女――ナジャは、短く英語で自己紹介をした。
バルディアでは、アラビア語と英語が公用語なのだ。
――俺? 英語はあいさつぐらいしかできないよ。まあ、デキる人が周りにいるからなんとかなるさ。……きっと。
なんと、ナジャも俺や叶純、リタと同世代らしい。
そう聞いて親近感が湧いたのだが、ナジャは俺をふくむ派遣団のあいさつに表情ひとつ変えなかった。
彼女のその様子に、どこかピリピリと張り詰めた空気を感じた。
†
成田を発ったのは早朝だったが、時差の関係で現地ではまだ日が高かった。
空港を出た俺たちは、まず首都バルディアの市内に移動した。そこで、現地の郷土料理による歓迎を受けた。
バルディアといえば砂漠――というイメージだったが、市内は東京と変わらないほど現代的で発展していた。また、道路沿いに街路樹が並び、思ったより緑も多いのだと知った。
「うん、このケバブは絶品だね! ほどよくスパイスが効いている」
会食で隣の席に座った綺花先生が、ほくほくとした様子で料理の味を楽しんでいた。
「肉詰めみたいな料理が多いッスね。ロールキャベツみたいなのもあるし」
「ああ、『ドルマ』だね。この辺りの伝統料理だよ。調理に手間が掛かるから、古くはごちそうの部類だったらしい」
「へ〜、確かに味シミでけっこう旨いッスね」
束の間のことだったが、綺花先生の解説を聞きながら異国の食文化を存分に味わうことができた。
少し離れた席では、恵良長官や叶純が向こうのお偉いさんと何かを話していた。……が、英語だったので内容はわからなかった。
――お客様気分でいられたのは、この会食のときまでだったと言える。
1時間ほどで食事を終えた後。
俺たち派遣団の面々は、恵良長官をふくむわずかな人員を首都に残し、さっそく移動することになった。目的地は、X級ダンジョンの侵攻を水際で防いでいる前線基地だ。
首都からダンジョンまでの距離は、約100km。
俺たちは全員、軍用の大型輸送ヘリのキャビンに乗り込んだ。空から現地へ向かうためだ。
「……あれ、鋼侍? 着替えてなくていいの?」
このとき、叶純やリタはすでにダンジョン装備に着替えていた。
……え? まだ早くね……?
「うーん。もう荷物預けちゃったしなぁ……」
「そう? ……何事もないといいけど」
特に指示があったわけではない。何かあったら、そのときに対応すればいいだろう。……この時点では、そう思っていた。
――思えば、まだ俺には自覚が足りてなかったのかもしれない。X級ダンジョンという災害を防ぐために、この国に来たのだという自覚が。
「うぅっ、寒っ!」
『砂漠は乾燥するからね。夜は氷点下らしいよ』
大地から数百メートルほど離れた上空にて。
俺は、真冬並みの寒さに身を震わせていた。
叶純の声は、借り受けたヘッドセットのスピーカー越しに聴こえた。
機内はローター音と振動音がひどく、肉声で会話をしようと思うとかなりきつい。
「――らしいな。さららに聞いてなかったら、薄着で来てたかもしれん」
『……さすが、さららちゃんだね』
叶純はあきれたような、感心したような顔をしていた。
白い息を吐きながら、窓から地表を見下ろす。
眼下の景色はみるみる内に変化した。都市から森へ。それから徐々に草木がまばらな荒れ地へと変わり、完全な死の砂漠へ。まるで負のグラデーション模様だ。
『ダンジョンから漏れ出る魔素が、土地を枯らしているんだ』
そう言ったのは綺花先生だ。
6年前、「ダンジョンブレイク」が起こる前は、ここまでの砂漠ではなかったらしい。
――俺は今、X級ダンジョンが起こした災害を目の当たりにしているんだ。
それを理解した。
『見て、コージ、カスミ。アレがアビスよ』
ダンジョンの近くまで来たところで、リタが窓から前方を指差した。
砂漠のど真ん中に、黒っぽい霧が立ち込めているような場所がある。
「あれ、魔素の霧かよ……」
『あんなにはっきり見えるなんて……』
叶純が息を呑んでいた。
あの霧の中心が、X級ダンジョン『不毛の奈落』の入口らしい。
『ふーむ。……どうやら私には見えないようだ。残念』
……と、言ったのは綺花先生だ。
アレが見えるのは探索者だけみたいだな。
――にしても、魔素がこんな風に見えたのは初めての経験だ。「ダンジョンブレイク」の成れの果てがコレってことか……?
さて、ダンジョンが見えたということは、その手前にあるのが前線基地のはずだ。
ここで、ダンジョンから基地の方に視線を移したリタが、異変に気づいた。
『……戦ってる』
「えっ……?」
その声を受けて視線を動かし、気づいた。
基地に備えられた数多の銃火器が火を噴き、押し寄せるモンスターの群れを食い止めている。
――ウソだろ? 基地の目の前じゃん! あんなとこまで出て来るのかよ!
サーッと、顔から血の気が引いたような気がした。
あーッ、失敗した!
俺の装備、機材コンテナの奥じゃん!!
移動だけだと思ったから、日本から持ち込んだ機材と一緒に積み込んでもらったんだ。
すぐに出してもらわないと……
『――緊急着陸します! 全員、衝撃に備えてください!』
ヘッドセットから乗組員のアナウンスの声が響く。
ヘリは速度を上げ、基地内のヘリポートにすべり込むように着陸した。
「カスミ、先に行くわよ!」
「わかった! 鋼侍、また後で!」
完全装備のリタと叶純が、ヘリの後部ハッチが開いた瞬間に飛び出していく。
一方の俺は、積荷の中から愛用の装備である『破天荒地』――ガントレットとグリーブのセットを取り出すのに手間取っていた。
「お兄、早くっ! みんな待ってるよ!」
「わ、わかってるっ! ……クソッ、ダイヤルが合わねぇ!」
――誰だよ! 「000」から変えたやつ!
俺が下ろしたてのトランクの解錠にモタついていると、両手に二刀を持ったナジャが眉をつり上げて怒鳴る。
「そこの日本人! 貴様は何をしに来たのだ!」
英語だったので正確にはわからないが、たぶんそんなことを言われていたと思う。
ヒーッ! ゴメンよぉ……
結局、俺が装備を身に着けて戦場に出たのは、リタが大暴れをしてS級モンスターの親玉を仕留めた後だった。
襲撃してきたのは、S級とA級が入り混じった約20頭のモンスターの群れだった。リタが倒したS級モンスターが、特に手強かったようだ。
基地に駐留する数名のS級探索者も応戦し、数頭のS級モンスターは全て討伐、または撃退された。
その後は、散り散りに逃げていくモンスターが防衛ラインを越えて来ないように注意して掃討するだけだった。
俺がなんとかA級モンスターを5体ほど倒したところで、撤収の合図があった。
「――やる気がないのなら帰れ! ここは観光地ではない!」
ヘリの近くで再集合した後、俺は再びナジャの罵声を浴びていた。
――何を言われてるのかはわからないが、俺が悪いのは確かだ。
とにかく、「アイムソーリー」と言って頭を下げた。
「ゴメン、ナジャ。……コージの実力はワタシが保証するから、今は許してあげて」
そう言ってとりなしてくれたのは、以前からここバルディアの地でナジャと共に戦ってきたリタだ。
……うぅ、申し訳ねぇ。
「――リタに免じてこの場は見逃す。情けないやつめ」
ナジャは「フン」と鼻を鳴らした後、くるりと背を向けて去って行った。
……あー、やらかした。最悪だ。
――仕方ない。
明日からの働きぶりで、見直してもらえるように頑張ろう……




