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#55 「奈落」への渡航【叶純視点】

 竜巻のようなリタ――リタ・フェニックスの来日から、1週間が過ぎた11月30日。

 私――天王寺(てんのうじ)叶純(かすみ)鋼侍(こうじ)をふくむ一行は、バルディア共和国へ直行する旅客機の中にいた。


 他の主だったメンバーとして、まずX級探索者のリタが挙げられる。

 ここ数年、リタはX級ダンジョンの侵攻を抑えるため、なんと1年の3分の1ほどをバルディアで過ごしているという。


 日本からは、派遣団の代表としてダンジョン庁の恵良(えら)猪乃(いの)長官、メディカルトレーナーとしてJ-EMS(ジェムス)如月(きさらぎ)綺花(あやか)さん、そして公欠扱いで学校を休んださららちゃんが同行している。

 他にダンジョン管理局の技術スタッフなんかもいるけど、ここでは詳細は省く。



    †



 リタが私たちの前に現れたその日、鋼侍はダンジョン庁からの呼び出しを受けた。その際、私も鋼侍のバディとして同行した。

 この時に私たちの前に現れたのが、恵良長官だ。元トップ探索者にして現ダンジョン庁長官という、生きた伝説のような方を前にして、私も鋼侍も緊張を隠せなかった。


『バルディア国、ならびにアメリカの両政府から連名で要請がありました。新たなX級探索者となったあなたを是非(ぜひ)バルディアに派遣してほしい、と』


 恵良長官は、鋼侍に向かって単刀直入に語った。

 ここで、アメリカ政府が連名に入っていることは不思議ではない。希少なX級探索者であるリタを派遣している当事国であり、その負担を軽減したいというねらいもあるだろう。


 その後に続く長官の言葉に、鋼侍は驚きの声を上げた。


『――そして、日本政府はすでにこれを受諾(じゅだく)しました』

『え!?』


 鋼侍からしてみれば、知らない間に自分のこれからの行動が決められていた形だ。驚くのも無理はない。

 ……とはいえ、2か国からの要請を日本政府が断ることは難しかっただろう。遅かれ早かれ、要請には応えることになったと考えられる。


『――私もバルディアに行かせてください』

『叶純!?』


 私は、鋼侍に同行することを志願した。

 恵良長官は、私の方を見て軽くあごを引いた。


『サポート要員としてS級探索者の同行は認められています。ただし――』


 そこで彼女は言葉を切り、細い目つきを更に鋭くした。


『――生半可(なまはんか)な覚悟で行くと、死ぬわよ』


 その言葉は私の(きも)を冷やし、強固な決意を要求した。



    †



 鋼侍と私、それとリタの3人は、この1週間で行動を共にする機会が多かった。

 バルディアでの活動を見すえた連携の確認を兼ねて、『龍ノ顎(りゅうのあぎと)ダンジョン』をふくむ都内のダンジョンで一緒に探索をしたり、地上で模擬戦(もぎせん)を行ったりした。


 ――その結果、私は2人との差を痛感させられた。


 ほんの1か月前まで、鋼侍はダンジョン外で素人同然の動きしかできなかった。


 でも、それももう過去の話だ。


 とんでもない勢いで成長を()げた鋼侍に対して、もうダンジョンでも地上でも、私につけ入るような(すき)はなかった。


 一方、そんな鋼侍に一歩も引かない動きを見せたのがリタだった。

 むしろ、X級探索者として数年の長がある彼女は、鋼侍を凌駕(りょうが)してさえいた。


『――ねぇねぇ、コージ! もう1回、もう1回やって!』

『えぇっ? またかよぉ……』


 鋼侍に何度も模擬戦を挑むリタは、まるで水を得た魚のように()き活きとしていた。

 彼女は鋼侍のことを、早々に探索者名の「ハセコー」ではなく、「コージ」とファーストネームで呼ぶようになっていた。


『……イイね、コージ! すごくイイ!』


 ひょっとしたら、リタは今まで互角に戦える相手がいなくて、フラストレーションが()まっていたのかもしれない。



『……ねえ、コージ。次の作戦が終わったらワタシのバディとしてアメリカに来てくれない?』



 ――――グサリ、とリタの言葉が私の胸に突き刺さった。



 鋼侍はもちろん、その場では断っていた。


 ――でも、鋼侍のバディにふさわしいのは、私よりリタなのかもしれない……


 そう思うと、私の胸の中に黒いモヤモヤした何かが渦巻くような気がした。



    †



 そんな悩みもあった一方で――――


「さららちゃんも一緒に来れて良かったね」

「あはは……ダメ元でしたけど、頼んだかいがありましたね」


 私は機内で隣同士の席に座ったさららちゃんと、ひととき会話をしていた。

 機内の私たちの座席は、ビジネスクラスの一角に固まっていた。


 さららちゃんはもちろん遊びに行くわけじゃない。ダンジョン・オペレーターとして、私たちの後方支援をしてくれる予定だ。


「……正直、本当に私なんかでいいのかな、って気もするんですけど」


 自信なさげな声で言うさららちゃんに対し、私は首を横に振った。


「私は、さららちゃんが来てくれて良かったと思ってるよ」

「本当ですか?」


 私の言葉を聞いたさららちゃんの顔が輝く。

 ……本当に素直ないい子だ。こんな子が妹だなんて、この点に関しては、鋼侍はちょっとズルいと思う。


 私はコクリとうなずいた。

 さっきの言葉は、お世辞なんかじゃない。


「さららちゃんはダンジョンのことをよく知ってて、判断も正確だし――」


 それだけでも、まだ高校生という事実を考えるとすごいことだ。

 でも、さららちゃんの真価はそれだけじゃない。


「――それに、さららちゃんがオペレーターのときは、決まっていつもいいことが起こるからね」

「えっ、そうなんですか?」


 私がさらっと事実を告げると、さららちゃんは素で驚いていた。


 ……あれ? 気づいてなかったのかな?

 配信のときに、そういうコメントもついてたと思うけど……まあ、自覚がないと「まさか」と思うかな?


 ダンジョン資源の発見や、モンスターからのアイテムドロップ、発動しかけたトラップの回避など……。さららちゃんがオペレーターをしているとき、探索者にとってラッキーな出来事の発生率が明らかに上がる。


 私個人としては、なんとなくそうかな、と思っていたぐらいだった。

 その法則を明らかにしたのは、最近のダンジョン探索の記録を確認した姉さん――『スター・ウィッシュ』の神楽屋(かぐらや)寧々(ねね)団長だ。姉さんは、さららちゃんの就業と連動したこの効果に気づくと、驚きに身を(ふる)わせていた。

 なんでも、さららちゃんは一部で「ダンジョン配信界の幸運天使フォーチュン・エンジェル」と呼ばれているそうだ。――と、姉さんが力説していた。


「……だったら、今度のダンジョンでもいいことが起こるようにお祈りしておきますね」

「うん。ぜひお願い」


 そう言って、私たちは笑顔を交わし合った。


 ……ただし、さららちゃんのサポートを得るための前提として、非常に大きな障害が立ちはだかっている。


 ――――バルディア国のX級ダンジョンには、通信インフラが全く整備されていないのだ。





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