#54 X級 vs X級【鋼侍視点】
11月23日、水曜。
俺――破瀬鋼侍は、いつものように四谷にある『スター・ウィッシュ』のギルド本拠地に出勤していた。
朝、四谷駅を出たところで会ったのは、サングラスを掛けた端正な顔立ちの美女だ。
美女はサングラスを指でずらして、俺に切れ長の目を見せる。
「おはよ、鋼侍」
ふわっとほほ笑んだその美女の正体は、変装した叶純だ。
「おっ、おはよう」
俺は咳払いをしてあいさつを返した。
その対応に、どこか不自然な点でもあっただろうか――
「――どうかした?」
叶純がサングラスをずらしたまま俺に至近距離まで近づき、きょとんとした、あどけない顔で見上げてくる。
……近いっ! 近いからっ!
「な、なんでもないよ」
俺はドギマギしながら、不自然にならない程度にのけぞってそう答えた。
「そう? じゃあ、行こうか」
そのまま叶純と連れ立って、ギルド本拠地への道を歩く。
すれ違う人々が叶純に目を奪われ、次いでその隣の俺を見て怪訝な顔をしたり、舌打ちしたりするのにはもう慣れた。
……サングラスしてても、美人は美人ってわかるもんだね。
「修理した『破天』の調子はどう?」
「もうバッチリ」
道中、軽い情報交換をまじえた当たりさわりのない会話をした。
一方で、俺の脳内では昨夜さららに言われた言葉がリフレインしていた。
『――叶純さんは、待ってると思うよ』
何を待ってるんだって?
……さすがに、そこまではっきり言われなくてもわかるよ。
「……鋼侍も朝はパンよりご飯派なんだね! ……良かった、私と一緒で」
会話はいつの間にか、朝ご飯・パン論争に移っていた。
気づけば、もうギルド本拠地は目前だった。
――やべっ! 結局、叶純に何も話せてないじゃん!
このままでは、いつもと何ひとつ変わらない。
さららにまた呆れられてしまいそうだ。
「……か、叶純!」
「? ――何?」
俺は意を決して、叶純の名を呼んだ。
振り向いた叶純が、サングラスの奥で目を大きく見開いていた。
……が、それと時を同じくして。
俺の視界に映るいつも通りの光景の中に、いつもと違うものがまぎれていた。
「あっ……! ……アレって、何だろ……?」
「うん?」
叶純が再び首をめぐらせ、俺が指差した先を見る。
そこは、ギルドの本拠地である邸宅の正門だ。
その真ん前に、スーツケースを持ったストロベリーブロンドの外国人女性が立っていた。彼女はペタペタと正門に手で触れ、中に入ろうとしているように見えた。
……観光客か? それとも、ただの不審者……?
「誰だろ? ギルドに何か用事かな?」
叶純は首をかしげつつ、そんなのんきなことを言った。
――と、ここで叶純は、何か思い当たるフシがあったようだ。
「あれ……? あの人って、ひょっとして……」
叶純がそんな言葉を発したとき、当のピンク髪の西洋人女性も俺たちに気づいたのか、こちらを振り向いた。
彼女もちょうど叶純のように、目元を隠すサングラスを着けていた。
「オー! そこのカップル、ちょっとヘルプしてください」
「「カ、カップル!?」」
俺と叶純の声が重なった。
……カップルなんて、そんなっ!? 俺たち、まだ付き合ってもいないぞ!?
「アレ? ワタシ何か間違えた? 日本語ムズカシイ」
西洋人の彼女は片言気味ではあったが、外国人にしては流暢な日本語だと言えた。
そこで彼女は、すっとサングラスを外した。
明るい榛色の瞳で、愛嬌のある顔立ちだ。ティーンエイジャーにも見えるが、実年齢はもう少し上かもしれない。
肌は小麦色に日焼けしていて、健康的な印象だ。
……うん? この子の顔、どっかで見たことがあるような……
ピンク髪の彼女は、俺の隣に立つ叶純の顔をじっと見ていた。いつの間にか、叶純もサングラスを外していた。
「カスミ……?」
外国人の彼女が、眉根を寄せながら言った。
叶純を知ってるのか。
……まあ、日本で数少ないS級探索者だし、不思議はない……かな?
――ってことは、彼女も探索者関係の人なのかな。
「久しぶりね、リタ」
叶純はうなずいて返事をした。
……なんだ、叶純の知り合いだったのか。
――ん? リタ……? リタっていうと、確か――……
俺が頭の中で正解にたどり着くより早く、リタと呼ばれた彼女が視線を俺に移し、指を差してきた。
「……ってコトは、その隣のジミな男は――ひょっとして、〝ハセコー〟?」
――地味で悪かったな。
外国人にまで名前が知られるとは、俺も有名になったもんだ。
「知ってたんだ。――うん、そうだよ」
叶純が肯定の返事をした瞬間、リタと呼ばれた彼女の気配が変わった。
――背筋がゾワッとした。
「見つけた……ハセコー……」
にたぁっと、リタは犬歯をむき出しにして笑った。その表情はまるで、ネコ科の猛獣のようだった。
――――来る!
荷物やサングラスを置き去りにして、リタの姿が俺と叶純の目の前からかき消えた。
「ちょっと、リタ!?」
あわてて叶純が静止しようと動いていたが、それは一歩遅かった。
――どっちだ? 右か? 左か?
俺はわずかな空気のゆらぎを感じ、攻撃の来る方向に合わせて左手を上げた。
パシッと乾いた音がした。
リタの鋭い蹴りが、俺の左手によって防がれていた。
……こりゃ、SP(=スピリット・ポイント)で強化してなかったら、ダメージ受けてたな。
つい1か月前までは、俺はダンジョン外では非力な一般人でしかなかった。――が、J-EMSの如月綺花先生にヒントをもらってから、訓練によってダンジョン外でも割とSPを使えるようになったのだ。
――この動きからして、間違いない。
リタは探索者だ。それも、かなり上級。――低くとも、S級以上の実力者だ。
……ったく、初対面のときの世音さんといい、探索者ってのは非常識なヤツしかいないのかねぇ?
――そして、リタという名前のそんな探索者で思い当たる人物なんて、この世に1人しかいない。
まさか、彼女が日本に来ていた……?
俺と叶純が背後に回り込んだリタの方へ振り返る間に、リタは蹴り足を地面に下ろしていた。
「……ヤルわね、ハセコー。ワタシの蹴りを防ぐなんて。……やっぱり、あの動画はフェイクじゃなかった。――アナタを、X級にふさわしい実力の持ち主だと認めてあげるわ」
「は、はぁ……」
リタの話が飲み込めないまま俺が困惑していると、次の瞬間、彼女はとんでもない行動に出た。
「――そして、これはお近づきのシルシよ」
そう言うと、リタは俺の服の襟首をぐいっと掴んで顔を引き寄せ、唇目がけてキスをしてきたのだ。
「ああ゙ーっッ!? ダっ、ダメえぇぇッッ!!」
その瞬間、叶純が大あわてで叫んでいた。
……叶純のそんな声を聞いたのは、出会ってから初めてだったかもしれない。
――――時が止まったような、しばらくの間があって…………
「…………チョット、コレはあんまりじゃない?」
と、リタが言った。
――俺はすんでのところで手の平を自分と彼女の口の間にはさんで、キスを回避していた。
手の平に当たった彼女の唇の感触については、コメントを差し控える。
……にしても、めっっちゃくちゃ、危なかった!!
いきなりなんてことやってくれるんだ、この子はっ! ――しかも、叶純の目の前で! ――キスなんて、叶純とだってまだなんだぞっ!!
「……に、日本人は奥手なんだよ。いきなりキスとか、やめてくれ」
俺は心の中の動揺を押し殺し、なんとかそんな言葉を返した。
「――確かに、口は急ぎすぎたかしら?」
すっと身を引いたリタは、ぺろりと舌で唇をなめる。
明るく快活な印象の彼女がそんな仕草を見せると、妖艶というよりはむしろ好戦的に映った。
――と、ここで叶純が両手を広げて、俺をリタから隠すように立ちふさがった。
「だだだ、駄目だぞ、リタ! 鋼侍に手を出したら許さないからなっ!」
……叶純……同じギルドの先輩として、俺を守ってくれてるんだな……。ありがてぇ……
そんな叶純の様子を見て、リタはおもしろいものを見つけたように目を細める。
「アラ……? だったら、勝負でもスル?」
「の、望むところだ!」
……まずいな。
売り言葉に買い言葉で、叶純がいつも以上にヒートアップしてるみたいだ。
なんとなく、良くない雰囲気を感じた俺は、本題にせまることにした。
「――叶純、いったん落ち着こうぜ。……それで、世界最強の探索者さんが、いったいウチのギルドに何の用なんだ?」
俺は叶純の肩に手をかけ、一歩下がってもらう。
そう。彼女のフルネームは、リタ・フェニックス。
世界で1人目のX級探索者――いわば、俺の先輩だな。
「フフフ……。よく聞いてくれたわね」
俺の問いを受け、リタはまた好戦的な笑みを見せる。
「私がニホンに来た理由――その1つは、国際X級探索者の審査のため、ハセコーの実力を確かめること」
「……えっ? 国際?」
……なんのこっちゃ。そんな話、初耳だぞ。
しかし、その俺の疑問はリタの次の発言によってかき消された。
「――もう1つは、ハセコーの実力を確かめた上で、X級ダンジョンの攻略に同行してもらうためよ!!」
――――マジかよッ!?
X級ダンジョン――現在、世界で唯一その認定を受けたダンジョンは、中東のバルディアという国にある。
6年前に大規模な「ダンジョンブレイク」を起こし、俗に『不毛の奈落』と呼ばれるダンジョン。
――それは、今なお攻略を許さず地球環境への侵食を続ける、災厄の中心地だ。
お読みいただきありがとうございます。
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