#5 疑惑
「――か、活動中のS級ダンジョンって……大丈夫なんですか、それ?」
破瀬鋼侍が渋谷から次の現場である、龍ノ顎ダンジョンへの移動を開始した後。
ダンジョン管理局の東京本部オフィスでのことだ。
部下の1人に震える声でそう問われて、東京都のエリア統括である津川瑠依は冷や汗をかいた。
「だ、大丈夫よ! 破瀬君なら、きっと。――ちゃんと護衛も手配したし」
――そう。
破瀬鋼侍という配信施工員なら、問題なく生還できるはず。
瑠依は過去の鋼侍の実績から、それを信じて疑っていなかった。
彼女は鋼侍に奇妙な信頼を寄せていた。
ふだんの鋼侍の見た目は覇気がなく、頼りにしたくなる要素はない。しかし瑠依にとっては、どこに送り出してもひょっこり帰って来るような、そんな安心感があった。
事実、彼はこれまで仕事で怪我らしい怪我をしたことがないという。
……配信施工員の中には、モンスターに襲われて亡くなった者もいるのに。
降って湧いた、S級の龍ノ顎ダンジョンでの配信機材トラブル。
瑠依は管理責任者として、どの施工員を送るかを決めなければならなかった。
――破瀬君にお願いできれば。
瑠依は、すがるような思いで鋼侍に電話を掛けた。
『いいですよ。どこのダンジョンですか?』
鋼侍はいつものように淡々と応えた。
瑠依が「龍ノ顎ダンジョン」の名を告げるとさすがに絶句していたが、「危険手当が出るなら……」と承諾してくれた。
――せめて、護衛は万全にしよう。
それが、部下を死地に送る上司のせめてもの責任だと考えた瑠依は、ダン対(=ダンジョン対応戦隊)に改めて万全のチーム編成を依頼した。
††
それから2時間あまりが過ぎた。瑠依は鋼侍の報告によって、彼が無事に仕事を終えてダンジョンを出たことを知った。
瑠依は、ほっと胸をなで下ろした。
――やはり、破瀬君に頼んで良かった。
そう思った。
――――トゥルルルル…………
その少し後のことだ。
瑠依のケータイに着信があった。
発信者は、つい先ほど護衛の件で連絡を取り合っていた、ダン対のA級探索者の人物だ。
――何かあったのだろうか?
「津川です」
『あ、津川さん。先ほど龍ノ顎ダンジョンに現着したのですが、配信施工員の姿が見当たらなくて困っています。確か、破瀬君でしたっけ?』
「――なんですって!」
瑠依は耳を疑った。
そんな馬鹿な。
ダンジョン内の機材トラブルは、すでに解消している。
――……それなら、鋼侍はいったい誰と一緒にダンジョンに入ったのか……?
瑠依はケータイをデスクの脇に置き、PCを操作してダンジョンの入場記録を確かめる。
「――――1人で入った…………?」
瑠依はその記録を確認し、全身の血の気が引くような感覚をおぼえた。
……ドクドクと、自分の心臓が高鳴るのを感じた。
(――落ち着け、私)
しかし、幸いにして事故は起きていないようだ。
鋼侍自身の無事は、すでに本人の報告から確認できている。
ひとまず瑠依は、ダン対からの電話に応えることにした。
「……すいません。施工員が先にダンジョンに入ったようで……。――あ、もう撤収も済んでます。まだ事情は聞けていませんが、現地の探索者に協力してもらったのかも……。――はい、解散ということで。……お手数おかけしました」
通話を終えた後、瑠依は再びPCに向かい合った。
記録をさかのぼり、鋼侍がダンジョンでたどった足跡を追う。
「……やっぱり1人で行動してるわね。途中で『カスミ』と接触してるけど、それも一瞬」
ダンジョン管理局には、ダンジョン内の探索者の位置情報を追跡するシステムがある。
そのシステムによって、配信施工員の足取りを追うこともできた。
「移動速度が並じゃないわね。常人なら全力で走ってもついていけない。……彼の探索者適性はE級だったはず。まさか、実力を隠していた……?」
瑠依の中で、徐々に疑惑が大きく膨らんでいった。
(――――確かめる必要があるわね)
疑惑を解消するため、瑠依はこの後にどう行動するべきか熟考した。
――ここからの瑠依の行動は、近い将来の鋼侍にとって大きな意味を持つものになる。




