#4 撤収【鋼侍視点】
…………いやー、危ないところだった。
俺――破瀬鋼侍が今いるのは龍ノ顎ダンジョン。その地下3階層だ。
紫っぽい獣のモンスターを倒した俺は、そのままダンジョン内の機材トラブルが起こっている場所へと1人きりで走っていた。
さっきの探索者は、俺でも知ってる超有名S級探索者の「カスミ」だ。
――5年前、U-17世界探索者競技会での彼女の活躍はものすごかった。
世界の若い探索者達と渡り合って、個人戦で2位の座に輝いたのだ。
惜しくも決勝戦ではアメリカの代表者に敗れてしまったが、日本人選手が個人戦で表彰台に上ったのは、確か10年ぶりとかじゃなかったかな。
そんな彼女には、きっと俺なんかの手助けは不要だったと思う。
――が、なんか嫌な感じがしたので、ついうっかり手を出してしまった。
……べ、別にカスミが美人だからって理由じゃないぞ!
案の定、その獣モンスターはS級ダンジョンには珍しい雑魚だったらしく、俺程度でもワンパンでKOできた。
仕事を言い訳にそそくさと逃げ出した判断は、間違ってなかったと思う。
早とちりで余計な手出しをしてしまった。……マジ赤っ恥もんだわ。
「……――ひょっとして、俺って強い?」
……まさか、な。
さっきのは、たまたま。そう、たまたまだ。
閑話休題。
俺が危険を冒して、1人でここS級ダンジョン――龍ノ顎ダンジョンに入場したのにはわけがある。
『…………お兄、今日は早く帰って来れる?』
俺の唯一の妹――破瀬さららから、そんな連絡があったからだ。
疑問形だったが、間違いない。あれは、早く帰って来てほしいのだ。
――――返事は、「はい」か「YES」しかなかった。
俺は、ダンジョンの入口でしばらく待った。
何を――って? 当然、手配されていたダン対(=ダンジョン対応戦隊)の護衛チームだよ。
……配信施工員が単独でS級ダンジョンに入るなんて、普通は自殺行為だからな。絶対に真似しないでくれよ。
ただし、ダン対は護衛チームの編成に手間取っていた。
S級ダンジョンともなれば、人選が難航するのもわかる。
しかし、こっちはさっさと仕事を済ませて帰りたいのだ。
そこで俺は、時間通りに護衛と合流できなかったことを言い訳に、1人でダンジョンに入ることにした。
その結果、さっき倒したアイツ以外は別のモンスターに見つかることもなく、俺は比較的早く仕事を終えることができた。
「あっ……」
もう間もなくダンジョンを出るという頃になって、俺は忘れていたことを1つ思い出した。
ゴソゴソとポケットをあさり、錠剤を取り出す。
魔素中和剤。
ダンジョンに入る者にとっての必携品だ。
「魔素」というのはダンジョン内に充満していると言われる謎の成分で、人体や環境に悪い作用を及ぼすらしい。
S級ダンジョンは魔素濃度も他のダンジョンより高いため、中和剤を多めに服用する必要があった。
「…………もう今さらだな」
ダンジョンを出る直前になって飲んでも意味がないので、俺は中和剤をポケットに戻した。
俺は、この中和剤をよくうっかり飲み忘れていた。今回もだ。
これもバレたら怒られそうなので周囲には秘密にしているが、不思議と体に不調が生じたことはない。むしろ、飲まない方が調子がいいくらいだ。
――――中和剤って意味あります?
……と、誰かに聞いてみたいところだが、残念ながらこれまでそんな機会はなかった。
おかしな質問をして、周りに変な目で見られるのもイヤだ。
そのまま何事もなく地上に出られた。
時刻は午後6時を少し回った頃だった。
――――よし、さっさと撤収しよう。
俺は仕事の終了連絡を入れ、最寄りの管理局事務所へと急いだ。
…………この日の出来事は、俺にとってはまだ日常の延長線だったんだ――――
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思ったら、★評価やブックマークをすると作者が跳びはねて喜びます!
明日(4/28)は朝昼夕の3回更新します☆




