#46 鬼哭峠ダンジョン②絶望【世音視点】
「はぁっ、はぁっ…………」
鬼哭峠ダンジョンの地下10階層。
俺――四方津世音は、この階に設置されたS級魔鋼製のシェルターの中に立てこもっていた。4畳半ほどの広さがあるため、俺1人が立てこもるには十分だ。
ダンジョン内には、数階ごとにこういった緊急避難用のシェルターがあるんだ。探索者の命には何よりも価値があるからな。国がそれだけの金をかけている。
しかし――
俺は左手で槍を持ち上げた。俺のじゃない。仲間の遺品となってしまったものだ。
――仲間を1人、失ってしまった。
「……クソッ! あのバケモノめ……っ!」
槍を置いて、左拳で地面を打つ。――右腕は今、使い物にならなかった。
「聞いてねぇぞ。――『守護者』がボス部屋を出て、ダンジョン内を自由に動き回るなんてよぉ……ッ」
この時の俺は知らなかった。
――それは世界的に見てもごく珍しい、『徘徊する守護者』と呼ばれる異常だったらしい。
そして、異常はもう1つあった。
ガタガタと小刻みな音が、すぐ近くから聴こえる。
何のことはない。俺の歯が打ち合わされる音だ。
……震えてんだよ。この俺が、な。
「とうとう戻って来やがったか……」
シェルターに逃げ込んだ後、一時は諦めたかのようにどこかへ立ち去った〝ヤツ〟だったが、今ごろになって俺の息の根を止める気になったらしい。……それとも、俺をオモチャにでもして遊ぶつもりか。
ダンジョンから発生するモンスターには、概して理性がない。知性も乏しい。
B級以上になってようやく、少しは戦闘に頭を使う種が見られるぐらいだ。
1つ、ダンジョンに侵入した者を排除する。
1つ、「ダンジョンブレイク」で外に出たら、人間を始めとするダンジョン外の生物を殺して食う。
――俺が知る限り、その程度の行動原理しかない連中のはずだ。
だが、〝ヤツ〟は違った。
〝ヤツ〟はおそらく、俺を殺そうと思えば殺せた。
出会い頭に大楠の首を一撃で刈り取った〝ヤツ〟は、逆上した俺のラッシュをゆうゆうとかわし、小枝を折るかのような仕草で俺の愛剣『竜殺し』を真っ二つにした。
それから〝ヤツ〟が無造作に放った蹴り。
俺は折れた大剣をそれに合わせたつもりだった。
……が、気づいたらダンジョンの壁に叩きつけられていた。
ガードした右腕はボロボロになって、一時は感覚さえなかった。
A級モンスターからドロップしたポーションをかけてみたが、効き目が薄い。……こいつは下手したら、しばらく治らねぇかもな。
それから俺は、なんとか〝ヤツ〟の気を引いて残りの仲間が撤退する時間を稼いだ。
大楠の槍を拾い、間合いを保って慎重に戦った。
〝ヤツ〟はニヤニヤと笑いながら、俺の慣れない左手での槍さばきを小馬鹿にするようにわざと大げさな動きでかわしていた。
腸が煮えくり返りそうだったが、そんな〝ヤツ〟の舐めプのおかげで助かったとも言える。
『こっちだ、ウスノロ!』
俺は〝ヤツ〟を挑発し、なんとかこの地下10階のシェルターまで逃げ込むことに成功した……ってわけだ。
ただし、気づいたら俺のDフォンはぶっ壊れていた。頑丈さがウリの端末なんだが、モロに〝ヤツ〟の攻撃を食らったかな……
まあ、今さら救難信号を出したところで間に合うとは思えんから、それはいい。
――ガンッ! ガガンッ!
不快な騒音と共に、シェルターが揺れる。
絶望的な気配の持ち主が、隔壁をはさんだすぐ向こう側にいる。
……また、アレと戦うのか……
槍を持つ左手が震えた。
今度こそ、死ぬかもしれねぇ……――いや、死ぬな。まず、間違いなく。
……情けねぇ。
こんなに怖気づいたのは、いつ以来だ……?
「国内最強」が聞いて呆れるぜ。
――幸村は、ちゃんと情報を持ち帰っただろうか?
どうか、早まった真似だけはしてくれるなよ。
〝コイツ〟を倒すには、S級探索者の1人や2人じゃ足りねぇ。
国内のS級探索者全員を集めての総力戦――それでも確実に犠牲が避けられるとは言えねぇ。それぐらいの相手だ。
できるなら、アメリカの「アイツ」の手も借りた方がいい。国の面子なんざ、犬にでも食わせとけ。
「――――チッ!」
ベキィッ! という激しい音と共に、S級モンスターの攻撃を想定して作られた分厚い隔壁に亀裂が走った。
……どうやら、もう時間はないらしい。
ここ鬼哭峠ダンジョンの守護者。俺はソイツを過去2回、討伐したことがある。
そのボスモンスターの種族名は、「両面宿儺」という。
日本の古い書物に登場する鬼神、あるいは異形の人物から名を取られた、頭と手足が人2人分ある怪人モンスターだ。
だが、今回現れた〝ヤツ〟は――――
このとき、隔壁に空いた亀裂に〝ヤツ〟の手が差し込まれた。
その手は、6つあった。
……メリメリメリと、重厚な魔鋼製の隔壁に空いた亀裂がそれらの手でスムーズに広がっていく様子は、全く現実感がなかった。
そして、
――――ばあ
とでも言い出しそうな薄笑いを浮かべて、〝ヤツ〟が空いた大穴から顔をのぞかせる。……馬鹿にしやがって。
正面からは〝ヤツ〟の顔は1つに見える。
だが、その頭には三方向にそれぞれ顔がくっついている。……まるで、仏教の阿修羅だ。
こんな見た目のモンスターを、俺は知らない。
S級以下のモンスターではないはずだ。力量から言ってもあり得ない。
即ち――X級のバケモノだということだ。
ランクの壁をぶち破る、ダンジョンボスの超進化。
――それが、先の『徘徊する守護者』と同時に起こった、もう1つの最悪な異常だった。
「……来いよ。せめて、大楠の分ぐらいは一矢報いてやる」
俺の悲壮な覚悟をこき下ろすかのように、〝ヤツ〟がケラケラと不快な笑い声を上げる。――3つの声が重なり合って聞こえる。……うるせぇな。
すると、〝ヤツ〟がすっと後ろに下がった。
「……?」
何のつもりだ? まさか、ここまで来て見逃すつもりじゃないだろ?
その次に起こったことに、俺は自分の目を疑った。
大きな亀裂が走っていた隔壁に何十もの縦横の線が走ったかと思うと、隔壁がサイコロ状に寸断されてガラガラと崩れ去った。
土煙の向こうに見える〝ヤツ〟は、6本の手の内の2本で俺の折れた『竜殺し』の柄側と剣先をそれぞれ握ってやがった。
ニィッと、〝ヤツ〟の口が三日月の弧を描く。
――クソがッ……また遊んでいやがった。
〝ヤツ〟はいつでもこうできた、ということだ。
即席の二刀流もどきに過ぎないが、そんな子供だましみたいな芸当でさえ、俺にとっては脅威だった。
……左手に握った槍が、やけに頼りなく感じた。
――――見晴、華音。すまねぇ…………
脳裏に愛する妻と娘の顔が浮かんだ。
『必ず帰る』って、今日も約束してたんだがなぁ……
「……――ぅうおおぉぉォォッッッッ!!」
俺が声を張り上げて無謀な突撃を仕掛けようとした、そのとき――
――ドゴォッ!!
激しい打撃音と共に、〝ヤツ〟が明後日の方向に吹っ飛んで行った。
……………………は?
続いて俺の耳に飛び込んで来たのは、半月ほど前に知り合ったばかりの新人探索者の声だった。
「――世音さん! 無事ですかっ!?」
鋼侍かよ……
いや、ホント。お前さぁ……
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