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#45 鬼哭峠ダンジョン①急行【叶純視点】

 鬼哭(きこく)(とうげ)ダンジョンを探索していたゼオンこと四方津(よもつ)世音(ぜおん)さんが、ダンジョン内のイレギュラーによって遭難してしまった。

 その知らせを聞いた私たち――天王寺(てんのうじ)叶純(かすみ)破瀬(はせ)鋼侍(こうじ)の2名は、すぐに京都から大阪の現地へと急行した。


 ――鋼侍との京都散策が途中で終わってしまったのは残念だけど……、とてもそんなことを言ってられる場合じゃない。


「どうしよう、世音(ぜおん)さんに何かあったら……」


 鬼哭峠ダンジョンへ向かうタクシーの車内で。

 ふと不安に(おそ)われた私は、それを言葉にしてしまった。


 世音さんは私にとって「師匠」とも呼べる人だ。その安否が全くわからないという状況が、私を強く不安にさせた。


 すると、隣のシートに座っていた鋼侍が、私の右手に左手を重ねる。


「落ち着け。あの人なら、きっと大丈夫だ」


 鋼侍はそう言って(はげ)ましてくれた。


 ふだんはちょっと頼りないけど、こういうときは頼もしいな。

 鋼侍がいてくれて良かった。

 もし私ひとりだったら、どれほど心細かったか……。


 ……彼の耳の後ろが赤いのは、今は気づかなかったことにしておこう。



    †



 S級ダンジョンの正確な所在地は、一般には伏せられている。

 「鬼哭(きこく)(とうげ)」という地名が実際にあるわけではない。これは、東京の『龍ノ顎(りゅうのあぎと)ダンジョン』についても同様だ。


 鋼侍(こうじ)と私は、下鴨(しもがも)神社から京都駅を経由してタクシーでダンジョン前まで移動した。姉さん――神楽屋(かぐらや)寧々(ねね)叔母さんから連絡を受けてから1時間あまりが過ぎていた。


 タクシーを降りてダンジョン前まで行くと、すでにそこにはダン対(ダンジョン対応戦隊)の部隊が展開されていた。

 濃紺のコンバットスーツを着込んだリーダー格の人が、私たちの姿を見て笑顔を浮かべる。


「おお、カスミさん! それにハセコーまで! 近くに来ていたんですか」

「ええ」


 少し会話をしていたところ、ちょうどダンジョン入口のゲートがプシュッと音を立てて開く。

 このゲートは、どのダンジョンにも設置される人工物だ。モンスターのダンジョン外への進出を防ぐもので、かつ、許可された者だけを通す認証機構を備える。


 ダンジョンから出て来たのは、それぞれダン対の隊員に肩を借りた2人の探索者だった。見るからに疲労困憊(こんぱい)で、顔色も悪い。

 私はその2名の探索者を知っていた。世音(ぜおん)さんが団長を務めるギルド『無明六文衆むみょうろくもんしゅう』の団員だ。


幸村(ゆきむら)さん!」


 その内の1人の名前を呼んだ。

 ダン対リーダーの元を離れ、ゲートの方へと早足で進む。


 『無明六文衆』の副団長である幸村さんは、私と鋼侍の姿に気づくと、まるで地獄で仏に会ったかのような顔を見せる。


「2人とも来てくれたんか! 良かった! ()よう世音(ぜおん)さんを助けてやってくれ!」

「そのつもりです。――何があったのか、お聞きしても?」


 真剣な表情でそうたずねる。

 すると、幸村さんの顔つきが沈痛なものに変わった。ただでさえ悪かった顔色が、ますます青くなった。


「……もちろんや。あれは、俺らが9階層に降りたときのことやった――――」


 幸村さんの声は震えていた。

 それから彼が語った内容は、私や鋼侍の意気をくじくだけの恐ろしさを秘めていた。



    †



 20分後。

 私たちの姿は鬼哭峠ダンジョンの中にあった。


 メンバーは、私と鋼侍(こうじ)を含む6名。

 私たち2人の他は、ダン対のA級隊員が3名。内1名は佐川さんという方で、通信機材や救急用品が入ったバックパックを背負っている。

 そして、最後の1人は――――


「8階までは間引きが済んどるから、メインルートに沿って進めば1時間も掛からんはずや」


 道案内を買って出た幸村さんが、再びこのダンジョンに入場していた。

 幸村さんは今回、疲労や恐怖をこらえて私たちへの同行を申し出てくれた。


『2人はこっちのダンジョンに慣れてへんやろ? ……あのバケモンの相手だけは無理やけど、ここで何もせんかったら世音さんに合わす顔がないわ』


 とは、幸村さんが言った言葉だ。

 私たちのためというより、世音さんのためなのだろうけど、それでも頭が下がる思いだった。




「――ウソやろ……なんでこんなに()いとるんや」


 地下5階層に降り立ったとき、異変は如実(にょじつ)に表れた。

 それまでも散発的にモンスターが出現しては、私や鋼侍が対処していた。

 ――が、いま私たちの目の前には、S級とA級のモンスターが10体以上の群れを成していた。

 心当たりがある。この現象は……


「イレギュラーでダンジョンが活性化しているのかもしれません」


 先日の松濤(しょうとう)A級ダンジョンでもそうだった。

 ダンジョンの異常な活性化。それに(ともな)うモンスターの大量発生によって、2名のB級探索者がダンジョン内で命を落としたという。


 まだ、ここ鬼哭峠ダンジョンのゲートは破られていない。しかし、もはや一刻の猶予(ゆうよ)もないかもしれない。


「……これは2人でもキツいんとちゃうか? 待ってな。確か迂回(うかい)ルートが――」

「いえ――その必要はありません」

「へ……?」


 回り道を提案しようとする幸村(ゆきむら)さんに、太刀を抜きながら(こた)えた。


 そう。わざわざ遠回りする必要はない。


 ――私が太刀を構えるよりも早く、黒い稲妻がモンスターの群れのただ中を走り抜けていた。


 直後、半数以上のモンスターが光の泡となって虚空(こくう)に消える。


「な、なんや……!! 何が起こった!?」


 私にとってはもう、何度も見た光景だ。

 漆黒の装備に身を固めた鋼侍(こうじ)が、一陣の風――あるいは雷となってモンスターをなぎ倒して行く。


 黙って見ているわけには行かない。

 私もまだ状況が理解できていなさそうな残敵を仕留めるべく、即刻その場から飛び出した。


 それから敵モンスターが全滅するまでに、1分と掛からなかった。


「す、すごい……」

「あれだけいたモンスターが、あっという間に……」


 A級探索者の実力を持つ4名が、畏怖(いふ)の目で私たちを見ていた。……本当にすごいのは鋼侍だから、照れくさいような……。でも、同列に見られて嬉しいような……


「……これなら、あのバケモンにも――……いや、でもさっきはあの世音さんが――……」


 ブツブツとつぶやく幸村さんはさておいて、私は再び進路へと足を踏み出す。


「――――このまま、最短ルートを進みましょう」



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