#42 高嶺の花【鋼侍視点】
八王子A級ダンジョンで、モンスターの掃討を終えた後のこと。
『2人ともモンスター退治お疲れ様! ――それでは、本日の配信は以上となります。みんな、また観てね♪』
後半のセリフを視聴者に向けて、オペレーターのさららがダンジョン配信を停止した。
俺と叶純はその後、すっかりモンスターがいなくなったダンジョン内を歩いて、地上まで戻った。
さて、ダンジョンの入口付近には、探索者向けのロッカールームがある。町中を武装したままうろつくわけにはいかないし、当然だな。
ロッカールームの脇には、男女別の更衣室もある。
叶純と別れて男性用の更衣室に入った後、探索者装備から変装込みの私服へと着替えた。
ロッカールームの前で待っていると、叶純もすぐにやって来た。
「お待たせ」
「い、いや……」
チラッと叶純を横目で見てから、すぐにまた目線を前に戻す。
――ダメだ。
あのときから、叶純の顔をまともに見れねぇ……
正直に言おう。
4日前――あの水族館での出来事以来、俺は叶純に対する自分の感情を持て余していた。
「――行こう」
叶純の指先が、俺の手にほんの少しだけ触れる。
それだけで、俺の心臓はびくりと跳ねた。
「う、うん」
そのまま進路へとうながされ、ギクシャクと歩きだす。
このときにはもう、俺と叶純の手は離れていた。
……あれぇ? さっきまでA級モンスターの大群を相手に無双してた俺はどこに行ったんだあ……? ……あ、そういや叶純ってS級かぁー
アホなことを考えつつ、リュックを背負って八王子の探索者協会の事務所に続く通りを歩く。
ドロップアイテムの買取りのためだな。今回もばかみたいにモンスターを倒しまくって大漁だったから、引き取ってもらえないと困る。
「お疲れさまでした。買取額は査定の上、『スター・ウィッシュ』の口座に振り込ませていただきます」
協会の事務所で、職員からいつものように買取受付の控えをもらった。
それから俺と叶純は、建物を出て八王子駅へと向かう。今日はギルドには寄らず、それぞれ自宅に直帰する予定だ。
『――探索者の「カスミ」としてじゃなくて、「天王寺叶純」という1人の女性として接してほしい』
これはあの夜、叶純に言われた言葉だ。
そのときのことを思い出すたび、首筋にかっと血が上るような感覚がした。
ダンジョンでは探索とモンスター退治に集中できたと思うが、たまに叶純と話すときは緊張した。……周囲から見て、不自然に映ってないといいんだけど。
叶純を1人の女性として見る、か……。――そんなこと、俺なんかがやっていいのか? と、思う。
叶純は、日本で知らない人はいないと言えるぐらい有名な探索者だ。そこらのアイドルの比じゃない。
「次期最強」と呼ばれる、世音さんに次ぐ業界のカリスマ的な立ち位置の存在だ。
俺からして見れば、「超」が最低3つ並ぶぐらいの高嶺の花である。
――え? お前もS級探索者だろ、だって?
……無茶言うなよ。
俺はこないだまで、底辺モブの配信施工員だったんだぜ?
叶純と「釣り合う」なんて言ったら、叶純の熱狂的なファン連中から八つ裂きに遭うぐらいじゃ済まないぜ。
――そりゃあ俺だって、叶純とお近づきできるんなら嬉しいけどさ……
歩きながら、頭の中でそんなことを悶々と考えていたころ――
「――ねえ、鋼侍」
隣を歩く叶純が、なにげない様子で話しかけてきた。
――あ、やべ。俺、ずっと黙って考え事してたな……
「……なに?」
問い返す俺に、叶純がまぶしい笑顔を見せる。
――その頬が赤いのは、夕焼けのせいだけではないのだろうか。
「こ、鋼侍さえ良かったら、休みの日にでもまた2人で出掛けない? ……ほら、愛知に移籍したら、一緒にいられる機会も減っちゃうからさ」
雷に打たれたような衝撃が、全身を貫いた。
断る理由なんか、どこにもなかった。
…………不釣り合い? ――知ったことかッ
叶純からこんな風に誘われて断る男が、どこの世界にいるって言うんだよっ!
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