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#40 初デート?【鋼侍視点】

 東京アクア・セレスティア。

 「天界」の名を冠するその水族館は、都心のとある複合商業施設の高層階にある人気の〝デートスポット〟だ。


 霊園から移動した俺とカスミ(変装済み)がそこに到着すると、入口はカップルの列で渋滞していた。


 うえぇ……あそこに並ぶのかよ……


「な、なんだか気後れしちゃうね……」

「……ホント、それな」


 いったい、なぜこんなことに……


 さららの友達が予定をドタキャンした理由はわからない。

 ギルドに向かったらしいさららからは、移動中に水族館でたどるべきルートを指示するメッセージが送られて来た。


 なぜ俺たちに頼むのか、と思わないでもないが、仕方ない。かわいい妹の頼みとあれば、(こた)えてやるのが兄の務めというものだろう。


「――ここまで来といてなんだけど、なんだったら俺1人で入ってもいいよ。付き合わせるのも悪いし」

「えぇっ!? 鋼侍(こうじ)、それはないよ!」


 気を()かせたつもりのセリフは、どうやらひんしゅくを買ったらしい。

 カスミは目に見えて不機嫌な顔つきになった。


「私だって、こ、鋼侍(こうじ)とこういうところに来るの、楽しみなんだからね!」


 そうなのか? ――いや、なんか無理してる感じあるな。

 ……まあ、今さらの提案だったな。

 せっかくの機会なら、楽しんだ方がいいか。


「そっか、悪いな。――じゃあ、とりあえず中に入ろうぜ」


 そう言って、入口に向かって歩きだした直後――


「あ、待ってよ鋼侍(こうじ)


 ――どきり、とした。


 俺の左腕が――カスミの右腕に、絡みとられていただとぉっ!?


 む、むむ、胸の感触が左ひじに……っ!!

 ああ……E級とはExtra(エクストラ)級のことだったのか……


「……こ、ここは人が多いから、ね?」

「そそっ、そうだなっ!」


 少し恥ずかしそうなカスミの声に、声を上ずらせながら答えた。

 駄目だっ……ど、どうしても左腕に意識が集中してしまう……!


 俺は両耳が熱くなるのを感じながら、なるべく平静を装って列に並んだ。

 周りの男どもが刺すような視線で俺をにらんでいたが、知ったことではなかった。


 ――――信じられるか?

 今、俺の隣にいるのって、あの「カスミ」なんだぜ?




「あ、見てよ、あのペンギン! 動きが鋼侍(こうじ)みたいだよ!」

「えぇ〜、俺アレかよ〜」


 大きなアクリルの壁の前で。

 カスミは、1匹のペンギンを指差してはしゃいでいた。


 ぴょこぴょこと歩くケープペンギン。

 そいつはキョロキョロと周囲を見回していたかと思えば、いきなり水の中に飛び込み、見事な泳ぎを披露(ひろう)した。……やるな。


 カスミはその一部始終をスマホのカメラで録画していた。


 ……まあ、楽しんでもらえているようで良かった。


 それから2人でイルカのショーを見て、深海生物のブースを回り、魚のエサやりを体験するなどした。


「――チンアナゴの『チン』って犬の名前なんだな」

「へ〜」


 カスミにとっては、見るものすべてが目新しいようだった。

 俺から見てささいなことでも、彼女は興味津々(しんしん)といったようすだった。


 ……ダンジョンにいるときと全然違うな……

 ――あまりこういう所に来たことはないのかな?


 カスミの振る舞いはまるで10代の女の子みたいで、気づけば俺は、カスミに対して妹のさららへの感情と近しいものを感じていた。




「……どう? S級探索者になった感想は」


 水族館内のカフェスペースで。

 テーブル席で向かい合って座り、カスミにそうたずねられた。


 俺がギルドでS級探索者のライセンスを受け取ったのは、昨夜のことだ。


 ――どうって言われてもねぇ……


「さすがに、まだ実感が湧かないなぁ……。だって俺、ついこないだまで、ただのイチ配信施工(せこう)員だったんだぜ?」

「そっか。……そうだよね」


 それからやや間があって、カスミが少し言いづらそうに言う。


「――ギルド移籍の件も聞いたんだよね……?」

「……ああ」


 俺は首を縦に振った。


 なんでも、探索者法という法律の定めで、S級探索者は同じギルドに1人しかいちゃいけないんだそうだ。

 それも、S級ダンジョンの分布に合わせて、日本中に散らばってないといけないらしい。


 ――なんだよ、それ。……って、思いはするけど、まあ理解はできる。

 この前の「ダンジョンブレイク」みたいな事故がS級ダンジョンで起こったら、最悪でしかないからな。即応できるS級探索者は近くにいた方がいいだろう。


「……『スター・ウィッシュ』を抜けても、私のことを忘れないでほしいな」

「――――」


 ……うん? カスミは今、なんて言った?

 誰が、誰を忘れるって?


「忘れないよ」


 俺は当然、そう答えた。


「ありがとう」と、カスミがほっとしたような笑顔を見せる。


 その彼女の笑顔に、なぜか胸が締め付けられそうになった。




 水族館の帰り、出口はまた人でごった返していた。

 ……ちょっと長居しすぎたか……


「――鋼侍(こうじ)、手を貸して」

「手?」


 俺が右手を差し出すと、彼女はそれに左手を重ねた。


「うん。これで大丈夫。――じゃあ、行こう」

「お、おう」


 ……お、おい。知ってるぞ、これ。

 「手つなぎ」ってヤツだろ? 仲良し同士でやるアレだ。


 ――これじゃまるで、本当に恋人同士みたいじゃん……!


 俺はバクバクと鳴る心臓に気づかないフリをして、人ごみをかき分けるように歩いた。


 エレベーター前までたどり着いたところで、カスミが言う。


「……無事に出られたね」

「うん、まあ」


 ――俺の心臓はもう駄目かもしれんがな。


 つないでいた手を離してエレベーターで1階まで降り、帰りの駅へと歩く。


『――2人でディナーにでも行ってきたら?』


 さららからそんなメッセージが来ていたが、さすがにカスミをそこまで拘束(こうそく)するのは申し訳ない。




「――1つだけお願いがあるんだけど、いい?」


 カスミにそう聞かれて、どきりとした。


 別れぎわ、駅の改札を通る前のことだった。

 通りすぎる人たちを横目に、2人で大きな柱のそばに立って話していた。


「な、なに?」


 なぜかまだ心臓の鼓動が落ち着かないまま、俺は問い返した。


「ときどき――……でもないかな。鋼侍からは、ちょっと距離を置かれてるように感じるんだ」

「え? そ、そうかな?」


 別にそんなつもりはなかったけど。

 言われてみれば、そうか……?


「うーん。なんていうか、探索者の『カスミ』として見られてるような感じかな。私なんだけど、〝私自身〟じゃない感じっていうか……」

「あ、なるほど……」


 ――確かに、それはそうかも。

 カスミのことは、もともとS級探索者の「カスミ」として知ってたわけだし。

 同じギルドに入って以前と立ち位置は全く変わったけど、ギルドの同僚としてのカスミも探索者の「カスミ」ではあるわけで。


 続けてカスミの口から発された「お願い」に、俺は心臓が止まるほど驚いた。


「……うん、そんな感じかな。――だからそうじゃなくて、『天王寺(てんのうじ)叶純(かすみ)』という1人の女性として、もっとちゃんと接してほしいかな」

「――――!!」


 探索者の「カスミ」じゃなくて、「叶純(かすみ)」という女性として接する――――?


 ――――俺みたいな元モブに、そんなこと許されるの…………?


 そのとき俺の脳裏には、先週初めて会ったカスミの親父さん――天王寺和馬さんの姿が浮かび上がっていた。


 脳内の和馬さん――なぜか戦国武将のような鎧姿だ――が俺に言う。


『必要以上に娘に近づくことを禁ず』


 ……和馬さん、教えてください。

 ――娘さんの方から求められたときは、どうしたらいいんですか……?


 俺が固まっていると、カスミが不安そうに小首をかしげた。


「……あれ? ひょっとして私、けっこう恥ずかしいこと言ってる?」


 頬を赤く染める彼女を目の前にした俺の胸の奥では、妹にも抱いたことのないような名前のない感情が湧き起こっていた。





お読みいただき、ありがとうございます。

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