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#35 「ダンジョンブレイク」②確執

「あ、ああ……」


 松濤(しょうとう)の高級住宅街で暮らす椎名(しいな)早苗(さなえ)は、迫り来るモンスターの恐怖におびえ、壁を背にしてへたり込んでいた。

 現れたモンスターはA級のマーナガルム。体長2メートルもある獰猛(どうもう)な巨狼だ。


「逃げてください! 早くっ!!」


 早苗をその背にかばうのは、濃紺のコンバットスーツを着込んだ大柄な男性――ダンジョン対応戦隊のA級探索者、宇藤(うどう)だ。


 しかし、早苗は動けなかった。腰が抜けてしまい、立ち上がれなかったのだ。

 彼女は怪物から目を離すことを恐れ、手で()って移動することさえままならなかった。


 宇藤はぎりっと奥歯を()みしめる。


 早苗が背後にいる限り、俊敏なマーナガルムの前から動くことはできない。

 ただでさえ、1対1では勝算が低い相手だ。

 ――宇藤は、劣勢を強いられていた。


 仲間のもう1人のA級隊員と別れたのは失策だったかもしれない――宇藤の脳裏にそんな後悔が浮かんだとき、マーナガルムが動いた。


「くっ……!」


 宇藤はマーナガルムの噛みつきを後退してかわし、愛刀のサーベルを振って元の距離まで押し返そうとする。

 しかし、マーナガルムはその場で体をつむじのように回転させた。


「――ぐわぁっ!?」


 マーナガルムは宇藤の刃をいなしながら、後ろ足と尻尾で巻き込むようにして彼を横方向に吹き飛ばした。


(――しまった!!)


 宇藤が吹き飛ばされた今、早苗とマーナガルムの間をはばむものは、もう何もない。


「ひっ! い、いやあぁっっ!!」


 早苗は恐怖に怯え、半狂乱になって泣き叫んだ。


 ――目の前で、民間人を死なせてしまう……!!


 宇藤の胸に強い焦りが湧き上がったそのとき――――



 ドゴォッッ!!



 ――――激しい打撃音がして、マーナガルムの首が1回転した。

 グキッと骨が折れる音が響いた後、モンスターの首はあらぬ方向を向いていた。


 マーナガルムの全身がドスン、と地面に崩れ落ちる。その後、巨狼が目覚めることは二度となかった。


「――ふうっ……。間に合ったか」


 巨大なバールを担いだ男がそう言った。

 その言動はどこか、遅刻ぎりぎりで出勤してきた現場作業員の姿をほうふつとさせた。


 そんな場違いな空気をまとった男の名は、破瀬(はせ)鋼侍(こうじ)

 元・配信施工員という、異色の経歴を持つ探索者だった。




「助かったよ、破瀬君。――いや、大したものだ」

「いえいえ。間に合って良かったです」


 鋼侍と宇藤ほか2名のダン対隊員は即席のパーティーを組み、ダンジョン外に現れたモンスターの掃討を続けながらダンジョンに向かうことにした。

 民間人の早苗については、後方から応援に駆けつけた別のダン対隊員によって保護された。


「…………」


 今、宇藤を間にはさんだ鋼侍の反対側には、宇藤の部下であるもう1名のダン対隊員がいた。箱辺隊員よりも更に若く、鋼侍と同年代と思われる男性だ。


「そうだ。まだ紹介していなかったね。――雨江(あまえ)! 破瀬君に自己紹介を」

「…………雨江(あまえ)輝人(てるひと)だ…………――チッ」


(いま舌打ちされたんだが)


 なぜか不機嫌そうな雨江の態度に、鋼侍は困惑して眉をしかめた。

 宇藤の表情に苦笑いが浮かぶ。


「ハ、ハハッ……。すまない。雨江も最近A級探索者に昇級したんだが、どうも破瀬君に対抗心があるようなんだ」

「はぁ……」


(そんなこと言われてもなぁ)


 鋼侍と雨江は初対面同士だ。なぜそんなに敵対的な態度を取られなければならないのか、鋼侍にはさっぱり見当がつかなかった。


 しかし、今はモンスターの討伐が最優先だ。

 鋼侍は疑問を棚上げにし、戦闘に集中することにした。

 荷物を背負った箱辺以外の3名は、箱辺を中心に陣形を組み、彼を守りながらモンスターと戦った。


 S級のモンスターこそいなかったが、ダンジョンに近づくにつれて高ランクモンスターの出現頻度が上がっていた。

 どれも地球の猛獣よりも格段に恐ろしい怪物たちだ。1匹でも逃がしたら大変なことになる。


(こいつはさすがにキツイな……。でも、やるしかない……!)


 ごろごろと転がるモンスターの死骸と、むせかえるような血のニオイに吐き気を感じながらも、鋼侍はモンスターを仕留め続けた。


 ――もし、妹のさららのように何の力も持たない人がモンスターに襲われたら――


 そんな想像が頭に浮かぶと、鋼侍のバールを持つ手にいっそう力が入った。



 なお、鋼侍が事前に懸念していたSPの枯渇(こかつ)については、実のところ全く問題がなかった。


「――破瀬君、中和剤は飲んだかい?」

「大丈夫です!」


 宇藤の問いに鋼侍が答えたものだ。

 そう。既にバリケード内は、魔素中和剤を服用しなければならないほど魔素があふれ返っていた。

 実は、特異体質である鋼侍は薬を飲んでいなかったが、鋼侍にはそれをいま宇藤たちに説明する気がなかった。


 戦闘を繰り返しながら、鋼侍たちがダンジョンの手前へとたどり着くまでに30分ほど掛かった。


 ちょうどそのとき、逆方向から黒髪の女性探索者が現れる。


「――鋼侍(こうじ)! ケガはない?」


 S級探索者の「カスミ」こと、天王寺(てんのうじ)叶純(かすみ)だ。

 彼女は鋼侍らと同様、別ルートからモンスターを掃討しながらダンジョンに向かって来た。


「カスミの方こそ、大丈夫か? だいぶ汚れてるけど」

「ああ。全部、返り血だよ」


 互いにねぎらい合う2人の探索者を見ながら、鋼侍に同行していたダン対の雨江が眉間に強くしわを寄せた。


(……雨江君? あの2人に何か思うところでもあるのか――?)


 そのことに気づいたのは、たまたま彼の横手に立っていた箱辺だけだった。


「――よし、外はあらかた片づいたな。後は我々だけでも大丈夫だろう。ダンジョンの攻略は『スター・ウィッシュ』の2人に任せよう」

「…………はい」


 宇藤の言葉に、雨江は不承不承といった様子で(うなず)いていた。


 破壊されたゲートを通って、鋼侍と叶純、そしてバックパックを背負った箱辺の3人が地下のダンジョンへと降りて行く。

 その姿を見送りながら、雨江がポツリとつぶやく。


「――――…………あの、横取り野郎が…………」


 そのつぶやきは、誰の耳にも入らなかった。





【Q&A】

(Q)雨江は不満があるなら、箱辺と交代してダンジョンに入ればいいのでは?

→(A)雨江は荷物持ちとかキライだよ。鋼侍の指示なんか受けたくないとも思ってるよ。あと、このときはA級のダン対隊員として、ダンジョン外の治安維持の任務もあるよ。


(Q)そもそも雨江って何者?

→(A)それは、禁則事項です(まだ秘密です)。

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