#34 「ダンジョンブレイク」①異変【鋼侍視点】
「『ダンジョンブレイク』ってマジですか!」
『ええ、あなたもすぐ現場に向かって!』
品川区のB級ダンジョンを探索していた俺――破瀬鋼侍は、ギルドの団長である神楽屋寧々さんからの緊急通信に応じていた。
『場所は渋谷――松濤A級ダンジョンよ!』
――最悪だ。
渋谷という人口密集地帯での「ダンジョンブレイク」発生。
うかうかしてたら、どれだけ死者が増えるかわからないぞ……。
3年前の横浜で起こったB級ダンジョンの「ダンジョンブレイク」では、1000人を超える死者が出た。
……管理局は何をやってたんだ! ――って、またマスコミやネットで叩かれそうな事案だな。
今の俺は日本で101人目のA級探索者。そして、『スター・ウィッシュ』は管理局から正式に出動要請を受けた。
――こんなときに役に立てなきゃ、せっかく身に着けた力の意味がないぜ!
俺は全速力でダンジョンの3階層から地上まで駆け上がった。
途中ですれ違った探索者がびっくりして腰を抜かしていたが、あいにく気にしている余裕はなかった。
『――探索者は、ダンジョンに適応することで徐々に体を魔素に慣らしていく。その過程で、魔素から変換して得たSPを体に蓄える技術を習得していく』
綺花さん――J-EMSの如月先生の言葉を思い出す。
『君にもソレができないとは限らないんじゃないか? 今まで能動的にやろうとしなかっただけで』
――実際、その後に魔素を発生させた実験室で試したところ、少しコツが掴めた気がする。
……まだまだ、カスミと比べたらショボいSPだったが。
SPがなければ、ダンジョンの外に出てきたモンスターを相手にはできない。
いつものように、ダンジョンを出た瞬間に体が重くなっていたりしたら、外のモンスターにあっさり殺られかねない。
ダンジョンを出る直前、俺は気合を入れて体内にSPを留めるイメージをした。
††
渋谷駅は人であふれ返っていた。
みんな渋谷から離れようとしているのだ。
俺が降りた山手線の電車は、ホームで待機していた乗客によってすぐに満員になった。
すれ違う人々が俺の姿に気づき、ヒソヒソと話す。――そういえば、ダンジョン装備のまま出てきたから、今は変装してないんだよな。
「……おい、あれ。ハセコーじゃん!」
「『ダンジョンブレイク』に行くのかな?」
「あいつなら何とかできるんじゃねえか」
不安と、期待がないまぜになったような視線を感じながら、駅の案内表示に従って移動する。
「――あれ? ハセコー、どこ行くんだ?」
「あっちは……――ヒカリエ?」
集団の中の人たちが疑問の声を上げていたようだが、いちいち答えている場合じゃない。
実は、現場に行く前に1つ、頼まれ事があったのだ。
俺は渋谷ヒカリエに寄り道をしてから、松濤方面に向かった。
松濤を含む広い街区を取り囲むようなバリケードの手前に、シックな濃紺のコンバットスーツで身を固めた集団がいた。
ダン対――ダンジョン対応戦隊の人たちだ。
俺が立ち止まって声を掛けると、その場のリーダーらしい人が比較的若い隊員を連れて現れた。
「話は聞いています! 彼を荷物持ちとして使ってください」
「箱辺です。よろしくお願いします!」
箱辺さんは、探索者としてはB級だそうだ。
このとき俺は、スーツケースのような見た目のバックパックを背負っていた。
これは、ついさっき渋谷ヒカリエ内のダンジョン管理局事務所で受け取ってきたものだ。
「重いんで気をつけてください」
一緒にくくり付けていたバールだけ外して手に持ち、バックパックを箱辺さんに背負ってもらう。この中には、ダンジョンで使うための機材や工具類が入っている。
俺と箱辺さんの準備が整ったところで、先ほどのリーダーが言う。
「バリケードの中に宇藤さんたちがいます! ご武運を!」
「! 宇藤さんが――わかりました!」
宇藤さんといえばダン対の隊長の1人で、A級探索者の資格も持つ実力者だ。俺は配信施工員時代、何度か彼にダンジョンで護衛をしてもらったことがある。
宇藤さんは少数の精鋭を連れて、ダンジョンからあふれたモンスターの対処をしているらしい。
ひょっとしたら、援護した方がいいかもしれないな。
俺は箱辺さんと共にバリケードの中に進入した。
松濤町内は閑散としていた。
「避難は終わってるみたいですね」
「ええ、そのはずです。逃げ遅れた人がいないといいんですが」
箱辺さんと会話を交わしながら角を1つ曲がったところで、大型のモンスターに出くわした。
フクロウの頭を持つ身長3メートル級のクマのモンスター、オウルベアだ。C級モンスターのそいつが、住宅の玄関を破壊していた。
「――もうこんなところまで!」
驚く箱辺さんに先行して俺はオウルベアの背後を取り、バールの釘抜き部分をそいつの心臓にぶっ刺した。
「すごい……。タフなオウルベアを一撃で……」
箱辺さんの声を聞きながら、このとき1つの事実を思い出した。
――「ダンジョンブレイク」によってダンジョン外に現れたモンスターの死体は、消滅しない。
事切れたオウルベアの胸からバールを抜き取ると、血で真っ赤に染まっていた。
生臭い鉄サビのようなニオイが鼻につく。
ただいつものようにモンスターを殺しただけなのに、異様な後味の悪さを感じた。
……まるで、それまでリアルなVRゲームをプレイしていただけなのに、いきなり生身で殺し合う合戦の現場に放り出されたかのような――
「破瀬さん、大丈夫ですか……?」
箱辺さんが心配そうに俺の顔色をのぞいていた。
「ああ……」
……立ち止まってる場合じゃないな……
俺はバールから血を振り落とし、再びダンジョンへと走る。
「――――きゃああぁぁぁっっ!!」
甲高い女性の悲鳴が聞こえてきたのは、そんなときだった。
新章スタートです。
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