#36 「ダンジョンブレイク」③ボス戦【鋼侍視点】
「――やっと、ここまで来れたな」
「ダンジョンブレイク」の発生から、早4時間余り。
松濤A級ダンジョンに入場した俺たち――破瀬鋼侍とカスミの2人は今、ダンジョン最深部の壁に埋め込まれた巨大扉を目前にしていた。
その扉に手を添えながら、カスミが俺に問いかける。
「……準備はいい?」
「おう!」
巨大扉の奥にあるのは、ダンジョンの「核」へと続く最後の関門――通称「ボス部屋」だ。
内部では、「守護者」とも呼ばれる強力なボスモンスターが待ち受けているはず。
「ダンジョンブレイク」という災害を起こしたダンジョンの主だ。過去の経験から、通常のA級ダンジョンのボスよりも強化されている可能性が高いらしい。
……俺にとって初めてのボス戦が、そんな厄介な相手とはね。とほほ……
そんな風に思っていたら、首筋に着けた骨伝導式の音声デバイスから聞き慣れた声が響いてきた。
『お兄、頑張ってね』
妹のさららの声だ。学校を終えて、今は四谷のギルド本拠地にいるはず。
…………こりゃ、負けられないな!
「――ああ、任せとけ!」
松濤ダンジョンに入場した直後、内部の通信インフラは「ダンジョンブレイク」の余波でズタボロになっていた。――が、箱辺さんに運び込んでもらった機材を用いて俺が応急処置を施したことで、今はなんとか全体的に復旧していた。
ちなみに、箱辺さんは途中で救出した探索者たちと合流して地上に戻ってもらっている。さすがにB級の彼にボス戦まで同行してもらうのは危険、という判断だ。
カスミが扉を軽く押す。
……ゴゴゴゴゴ……
重々しい音が響き渡る。両開きの扉が、俺たちを中に誘うようにひとりでに内側へと開いていく。
――ごくり、とつばを飲んだ。
たった2人で「守護者」に挑むのは異例のことだ。
しかし、今回は一刻も早く「ダンジョンブレイク」を収束させる必要がある。
「核」を破壊して、ダンジョンの活動を止める。――それが、この事態の根本的な解決策だ。
残念ながら、他の探索者を待っている余裕はなかった。
決して、無茶な特攻というわけではない。
こちらには、S級探索者のカスミがいる。俺はA級だが、どうやら並のA級探索者よりは強いらしい。それに、『勝てないと思ったら撤退して』とも言われていた。
「――でっか……」
ボス部屋の中で待ち受けていたのは、見上げても頭が見えないほど巨大な人型のモンスターだった。
「〝アトラス〟――S級のモンスターだけど、通常よりかなり大きいな……」
カスミの顔には冷や汗が浮かんでいた。
――やっぱ、S級だったか……
胸中でつぶやいたとき、視界の片隅にテキストが表示される。
《A級ダンジョンなのに、どうしてS級のアトラスが……》
《イレギュラーね。……やっぱり、他のS級探索者の応援を待った方がいいんじゃない?》
《いえ、ダンジョン外にもまだモンスターが湧いています。攻略は少しでも早い方がいい》
スマートコンタクトレンズに流れるのは、いつものようなライブ配信の視聴者コメントだ。
俺たちは今、関係者限定での配信を行っているのだ。
視聴しているのは、『スター・ウィッシュ』とダンジョン管理局の関係者だけだ。
映像については、修理機材と一緒に持ち込んだ自律飛行式の小型ドローンで撮影している。ボス部屋の中に固定カメラはないからな。
「……どうする?」
カスミに判断をあおぐ。ボス戦含め、彼女の方が戦闘経験は豊富だからな。
彼女は即座に方針を決めた。
「はさみ打ちにして引っかき回そう。できれば足をねらいたい」
「わかった!」
その直後、2人でアトラスの左右を目指して走った。
――グオオォォォォッッ!
ボス部屋全体に響く低いうなり声を上げながら、アトラスが手にした巨大なこん棒を振るう。
俺は攻撃をかいくぐり、アトラスの足元にダッシュする。
――くっ、距離が遠い!
「うらぁっ!!」
十分に近づいたところで、俺は跳び上がってアトラスの左の向こうずねにバールの背を叩きつけた。
――ギャィンッ!?
アトラスは見るからに痛がっていた。……悪く思うなよ。
《……あれは痛いわね》
《うん。……ちょっと、かわいそうかも》
《いいえ、相手はモンスター。情けは無用よ》
配信の方でそんなコメントが流れていたようだが、戦闘中なのでスルーする。
――グガガァッ、ガガァッッ!!
怒りをあらわにしたアトラスが地団駄を踏み、こん棒をめちゃくちゃに振り回す。
そのひと振りがカスミの体をかすめた。
「痛ぁッ!」
「カスミッ!! くそ、このデカブツがぁっ!」
カスミからねらいをそらすため、俺はバールの釘抜き部分を振りかぶり、アトラスの左足の爪に振り下ろした。ぐさり、と釘抜きが刺さって、鮮血が噴水のように飛び散る。
――グギャアァァァッッッ!?
《うぎゃぁっ! 痛い! 痛いっ!!》
《……相手が人型モンスターだと、「もし自分がやられたら……」って想像しちゃうわね》
《心を鬼にするのよ……。破瀬君、あなたならできるわ》
何かコメントが見えるけどスルーで!
「――鋼侍、撃つよ!」
「おうっ!」
カスミの合図を聞いた俺は、バールをアトラスの左足先から引き抜き、横っ飛びでその場から離れた。
このときカスミは太刀を鞘に納め、腰だめに構えていた。居合の構えだ。
「――断空」
小声でつぶやいた後、カスミは白銀の刃を横薙ぎに抜き放った。
それは演舞のように美しく、同時に冷たい殺意を宿していた。
「断空」――カスミの必殺スキルだ。
神速の居合斬り。
SPによって切っ先から不可視の刃を伸ばし、刹那にして刀身の何倍ものリーチを発揮する。
その一撃が、文字通り空を切り裂いた。
――グワアァァッッ!?
ズシンッと音を立てて、大木のようなアトラスの右足が地面に倒れた。
《やったぁ!》
《さすが叶純! これで戦いがかなり楽になるわね!》
《すごい……。あれがカスミさんの必殺技……》
アトラスはかろうじて左足で立っていた。――が、そっちはさっきから俺が痛めつけていた足だ。
「ぶっ倒れろっ!」
俺はアトラスの背後に回り込み、鋭く研いだバールのへらで斬りつけて、ヤツのアキレス腱を断ち切った。
――グオォォォッッ!?
20メートル級の巨人モンスターが背中から倒れる――。
それは、地面が波打つほどの衝撃だった。
後頭部を打ったアトラスは、目を回していた。
俺とカスミは最後まで油断せずに戦った。……が、ぶっちゃけ後は消化試合だった。
――やっぱ、カスミのスキルはすげぇや。
カスミの太刀がアトラスの大首をハネるまで、それから5分と掛からなかった。
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