#29 「国内最強」
東京発、関西方面行き東海道新幹線の車内にて――。
「あの……。もしかして、『ゼオン』さんですか……?」
「うん?」
窓際の指定席に座っていたゼオンこと四方津世音は、隣の席の女性に遠慮がちに話し掛けられた。
世音が返事をするよりも早く、彼女はサングラスに隠された素顔の主を確信したようだ。
「やっぱり! あの、私あなたの大ファンで――」
「しーっ! 静かにしてくれ。話すのは構わないが、騒がれるのは好きじゃないんだ」
探索者業界のトップに立つ世音にとって、こういったファンを相手にするのは珍しいことではない。
時としてハニートラップもあり得るため注意が必要だが……世音が確認した限り、この女性はただの一般ファンのようだった。
世音はそれから彼女と同乗する2時間の中で、ある程度ファンサービスに務めることにした。
――ブルルルル……
そんなあるとき、備え付けのテーブルに置いていた世音のスマートフォンが振動した。電話の着信だった。
「悪い――通してくれ」
「はい、どうぞ」
世音は女性の前を横切って通路に出る。突き当たりの扉からデッキに出る途中で、スマートフォンの通話ボタンを押す。
「俺だ」
『あ、世音さん。お疲れさんです』
電話を掛けてきたのは、世音が団長を務める大阪の探索者ギルド『無明六文衆』の副団長だ。幸村という名のA級探索者である。
『さっきチャット見ましたけど、急に帰って来るってどないしたんですか? 予定やと明後日って話やったでしょう』
そう。世音は予定を2日前倒しして大阪に帰っているところだった。
その理由は――
「仕事が早く終わったんだよ」
『へ……?』
幸村が間の抜けた声を上げた。
世音の「仕事」とは、S級ダンジョン――龍ノ顎ダンジョン――でのモンスターの間引きだ。それが予定より早く終わるということが理解できなかった。
『ああ……モンスターが思ったより少なかったっていうことです?』
「いや――むしろ多かったな」
『えぇ……? そんなら、なんで……?』
思い当たった理屈を否定され、幸村は混乱した。
「――例の新人だよ」
世音は端的に答えた。
新幹線は、間もなく名古屋に着くころだった。
『ああ、「ハセコー」ですね。あいつがまた、なんかやりよったんですか?』
幸村も、ハセコーこと破瀬鋼侍のダンジョン配信をよく観ていた。従って、鋼侍が常識外れの探索者だということは察していた。
世音の表情がこわばる。
彼は龍ノ顎ダンジョンでの鋼侍の戦果を思い出し、畏怖を感じていた。
「……アイツ1人で、龍ノ顎ダンジョンにはびこるモンスターをさんざん倒して回りやがった。A級もS級もおかまいなしだ。カスミはさておき、俺はついていくのがやっとだった」
そう答える間に、幸村が息を呑む声が世音にもはっきりと聴こえた。
――あり得ない。
それが幸村の心境だった。
『世音さんが……? ウソでしょ、そんな……』
世音は日本の全探索者の頂点に立つ男だ。
いくらハセコーが常識外れとはいえ、ぽっと出の新人が世音を上回るなんて、あってはならないことだ。
――そう思った。
しかし、
「ウソじゃねぇ。後で配信観とけ」
他ならぬ世音がこう言った。
『観ますけど……世音さんより上言うたら、あのアメリカのバケモンぐらいしかおらんでしょ。アレと同類っちゅうことですかね?』
「……かもな」
世音の予定より早い帰還に付随する出来事については、このような会話があった。
それから2人は、世音が大阪を離れていた間の情報交換をかんたんに済ませ、通話を終えた。
座席エリアに戻った世音は、再び先の女性の前を通って自席に腰を下ろす。
その間、世音は東京で出会った規格外の新人探索者――鋼侍について、思いを巡らせていた。
鋼侍は龍ノ顎ダンジョンで、驚異的な戦闘力を見せつけた。
確かに未熟な探索者らしく、技術面ではまだつたないところが目立つ。
単純に基礎能力でゴリ押ししているだけ――そう言えなくもない。
しかし、そのスペックが他を圧倒している。
世音は戦闘技術に関しては国内最高峰だと自認していたが、ダンジョン内で戦った場合、鋼侍に勝てる気がしなかった。
両者の間には、それほど基礎能力に開きがあった。
……アレはもはや、〝S級〟などという枠には収まらず――――
フッと、世音は乾いた笑いを漏らした。
「――いよいよ、俺も〝国内最強〟の看板を下ろすときが来たか……」
そう口走った後、世音はふと隣の席に顔を向けた。
――「『ゼオン』のファンだ」と語った女性が、信じられないものを見る目で彼を見ていた。
「えっ……?」
『〝国内最強〟の看板を下ろす』――その意味が少し遅れて、女性の頭の中で理解されつつあった。
それは彼女にとって、ゼオンがゼオンでなくなるということに等しかった。
(あ……やべ)
世音は失言に気づいた。
今の発言が探索者界隈に流れたら、大ニュースになってしまう。
世音は無理やり笑顔を作って、女性に話し掛ける。
「…………な、な〜んちゃって。驚いたかな?」
――このあと世音は、なんとか女性を言いくるめて、先の発言をなかったことにした。
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