#26 接触事故(後編)【寧々視点】
私――神楽屋寧々にとって、その現場に居合わせたことは幸運だったと言うべきだろうか――
「か、叶純っ!? ――貴様、娘に何をしているんだっ!!」
最愛の一人娘が見知らぬ男――鋼侍のことだ――にのしかかられている現場を目撃した和馬義兄さんは、大慌てで靴を脱ぎ捨て、トレーニングエリアに足を踏み入れる。
たぶん、組手中に揉み合って倒れただけなんだろうけど、今の和馬さんに言っても伝わるとは思えない。
「ひ、ひえっ!?」
鋼侍はびっくりしてるわね。
……無理もないわね。天王寺グループのトップがいきなり姿を現したんだもの。きっと、初対面だろうし。
「うわっ!」「きゃっ!?」
――あらあら、まあまあ……
あせって起き上がろうとした鋼侍が、逆に叶純を組み伏せちゃったわ。
お姉さん、ドキッとしちゃった。
2人とも真っ赤になってるわね。初々しいわ〜。
――あ、和馬さんも真っ赤になってるわね。…………怒りで。
「貴様あぁぁっ!! さっさと離れんかぁっっ!!」
和馬さんは鋼侍の上体を後ろから抱え上げて、強制的に叶純から引きはがした。
――残念。もうちょっと見ていたかったのに。
……それにしても、和馬さん相変わらずパワフルね。
メチャクチャ忙しい人のはずなのに、トレーニングは欠かしてないんでしょうね。まあ、別に探索者じゃなくても体は資本よね。
あ、鋼侍がきょとんとしてるわ。
フォローした方がいいかしら?
「…………えーっと、どちら様で…………?」
――ウソでしょ!?
今度は私が驚く番だった。
――天王寺グループのトップで、このギルドの社長でもある和馬さんの顔を知らない!?
確かに説明はしてなかったかもしれないけど……。そのぐらい、知っといてよぉ……
和馬さんも、開いた口がふさがらないって顔をしてるわね……
このときには、もう叶純も立ち上がっていた。
――任せて、大丈夫かしら……?
「鋼侍、この人は私の父だ」
「お、お父さんっ?」
叶純の言葉に鋼侍が驚きを表す。
そのとき、和馬さんのこめかみから「プチンッ」……って音が聞こえた気がする。
「貴様に父と呼ばれる筋合いはないわぁっ!!」
「ひいいぃぃっっ!! ごめんなさいぃぃっ! 失礼しましたぁっ!!」
怒りを噴火させた和馬さんに対し、鋼侍はほとんど土下座せんばかりに平身低頭していた。
「父さん、落ち着いて」
何度も怒鳴って息切れしていた和馬さんだが、叶純になだめられて少し落ち着きを取り戻していた。
「フンッ! 新しい探索者がこんな非常識な男だったとはな!」
ごもっとも。
それについては、まったく異論がない。
こんな非常識な探索者は、私も彼以外に見たことがなかったから。
「……すいません」
鋼侍はひたすら恐縮した様子で頭を下げる。
そんな鋼侍の姿を見て、和馬さんの目つきがだんだん疑わしいものになった。
――本当にコイツが強力な探索者なのか? ……とでも、思ってそうな顔ね。
この私の想像は、たぶん的を射ていたんだと思う。
「――なあ、君は非常に有望な探索者だそうじゃないか」
「は、はあ……そうなんでしょうか?」
「聞いているのは私だよ。しっかりしたまえ」
和馬さんと鋼侍の間で、会話がドッジボールをしていた。
「どうだ、1つ私と組手をしてくれないか? ……いや、相手にならないのはわかっている。だが、君に娘の安全を頼むことになる父親の気持ちをわかってほしい。私にどうか納得をさせてくれ」
やっぱり。
和馬さんも無茶するなあ。
……和馬さんらしいといえば、その通りだけど。
まあ、鋼侍の実力を知ってもらうのに、ちょうどいい機会かしら?
――そう思って眺めていたら、急に鋼侍が顔中にだらだらと汗をかきはじめた。
「い、いやあ……それは、ちょっと……」
……うん?
様子がおかしいわね。
視線を移すと、叶純も血の気が引いたような顔色をしている。
――あれ? ひょっとして、なんかまずい……?
「と、父さん。そこまですることないんじゃないかな……?」
叶純が言うが、和馬さんはもう上着を脱いでネクタイを外していた。
「叶純、下がっていてくれ。男には引けないときというのがあるんだ」
「えーっと、鋼侍はたしかに強いんだけど、そこまで強くはないというか……」
叶純がしどろもどろでそう言うと、和馬さんは逆に全身に覇気をみなぎらせた。
「なに――? それは聞き捨てならないな。そんなヤツがお前の足を引っ張りでもしたら大変だ。――さあ、破瀬君! 用意はいいかね!」
「うえぇっ!? いや、ちょ、ちょっと待っ……!」
和馬さんの激しい気迫を受け、鋼侍が戸惑いながらも構えを取る。
……シロウトくさい構えねぇ。――そんな構えで大丈夫なの?
「行くぞ! うおおおおぉぉっっ!!」
「――ぐはあっ……!」
次の瞬間、体重80kgを超える和馬さんの全力のタックルを受けた鋼侍は、トレーニングエリアの端まで吹っ飛んでいた――。
………………あれ?
「まさかまともに食らうとはな! 油断でもしたかね? ダンジョンでは一瞬の油断が命取りだろう! さあ、立ちたまえ。もう1本だ!」
「ち、違うんだ父さん! 話を聞いて!」
「ええい、下がっていろと言っただろう!」
ヒートアップした和馬さんは叶純の制止を振り切り、鋼侍を無理やり立ち上がらせては、再び畳に叩きつける。
「どうした! それでも探索者かっ! さあ、私をねじ伏せてみろ!」
「ぐえっ! ふぎゃっ! ちょ、ちょっと待って……」
――結局、鋼侍は合計で10回ぐらい畳の上にダウンしていただろうか。
肩で息をし始めた和馬さんと鋼侍の間に、叶純が体を割って入ったことで、この組手は強制終了した。
そのときには鋼侍はグロッキー状態で、体のあちこちに痛々しいアザを作っていた。
まさか、鋼侍がダンジョン外ではSPを使えない体質だったなんて、知らなかったわ……。
それを叶純から聞いたとき、私の中の鋼侍の「非常識録」に新たな1行が追加された。
それから、一時は呆れ果てた和馬さんが鋼侍をクビにしかける場面があった。ので、叶純と私で必死に弁解した。最終的に、鋼侍のダンジョン探索の動画を見せることで、なんとかクビは回避できた。
「――いいか。必要以上に娘に近づくなよ」
「ハ、ハイ!」
そう言って鋼侍に特大の釘を刺した上で、和馬さんはギルドから立ち去った。
以上、和馬さんがギルドを訪れて、たった1時間の内に起こった出来事だった。
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