表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/31

#25 接触事故(前編)【一部叶純視点】

 ――東京丸の内にそびえる巨大なオフィスビル。


 その最上階の社長室に、雄々しい体格をした壮年の男がいた。オーダーメイドのスーツを着こなす男は、この部屋のみならず、このビルを所有する企業の長である。


 男は高級な革張りのチェアに腰掛け、デスクワークをしていた。作業の手を止めると、低く落ち着いた声で秘書に問う。


「……今日中に私の決裁が必要な案件はもうないな?」

「はい」


 返事を受けて、男はPCをシャットダウンする。


「では、これから四谷に向かう。車を表に回してくれ」

「承知しました」


 男は言葉と同時に席を立ち、社長室の扉に向かってまっすぐに歩きだす。


 指示を受けた秘書とは別の若い秘書が、荷物を持ってあわてて男の後に続いた。


「――しゃ、社長! 今回のギルド視察の目的は何でしょうか?」


 2名は、エレベーターまでの広い廊下を足早に歩きながら、言葉を交わす。

 若手秘書の率直な質問に対し、社長と呼ばれた男はこう答えた。


「目的、か。そうだな……。新人の見極め――といったところか」


 秘書はぞくりとした。

 彼にとって畏敬(いけい)の対象である社長が、獅子(しし)のごとき獰猛(どうもう)な笑みを浮かべていたからだ。


 秘書は、社長に見極められるという探索者ギルドの新人に心から同情した。


 ――社長と呼ばれていた男は、名を天王寺(てんのうじ)和馬(かずま)という。


 巨大企業集団である天王寺グループのグループCEOにして、グループの舵取りを行う天王寺ホールディングスの代表取締役だ。



    †



「――和馬(かずま)義兄(にい)さん、いらっしゃい」


 四谷にある探索者ギルド『スター・ウィッシュ』の本拠地(ホーム)にて、ギルドの団長である神楽屋(かぐらや)寧々(ねね)和馬(かずま)を出迎えた。

 『スター・ウィッシュ』は、天王寺グループに属する営利企業の1つでもある。その経営者の名を冠するのは、他ならぬ和馬だ。


 そして、寧々にとって和馬は義理の兄でもある。

 急な来訪ではあったが、出迎えないという選択肢はなかった。


「ご苦労。……例の新人は来ているか?」

「ええ。今は叶純(かすみ)と訓練をしています」

「なに……?」


 愛娘である叶純の名が出てきたことで、和馬の眉がピクリと動いた。


「訓練室だな? では行こう」


 そう言うや否や、和馬は迷わず邸宅の奥へと足を進める。


「えっ……――は、はいっ!」


 寧々は(あわ)ててその背を追った。




    †††




 この日、私――天王寺(てんのうじ)叶純(かすみ)は四谷にあるギルドの本拠地(ホーム)で、新人探索者である鋼侍(こうじ)と組手をしていた。


「……本当に、地上ではSPを全く使えないんだね」


 トレーニングウェアを着た私は、立ったまま言った。


「だ、だから、そう言ったじゃん……」


 ジャージ姿の鋼侍が、畳の上で大の字になったまま答えた。

 彼は汗びっしょりで荒い呼吸を繰り返していた。明らかに私より疲れている。


「うーん……。F級やE級の探索者ならともかく、上級に行けば行くほどダンジョン外でもSPを使えるようになるはずなんだけどなぁ……」


 SP――スピリット・ポイントは「魂のエネルギー」というのが名前の由来だ。

 SPは、私たち探索者がダンジョンでモンスターと戦うための最大の武器であり、防具でもある。


 探索者の素質を持つ者が初めてダンジョンに行くことで――あるいは、魔素(まそ)を体に浴びることで、SPという〝第6の感覚〟に目覚める。


「俺は、もともとE級なんだって」

「でも、今はA級だろう?」

「ぐっ……」


 地上で全くSPを使えない上級探索者なんて、聞いたことがない。

 ダンジョンでは無類の強さを発揮する鋼侍だが――ひょっとして、これも彼の特性の1つなんだろうか。


 ――ふふっ


 気づくと、私は(ほほ)の肉が持ち上がるのを抑えられずにいた。


 明らかに自分より格上だと思った相手が、私にいいように転がされているのが面白かったんだ。

 稽古(けいこ)という意味では期待外れでもあったのだけど……――鋼侍には、今度ダンジョンでも模擬戦(もぎせん)を挑んでみたいと思う。


「――もう1本やろうか。どうやら、基本的な体の使い方がなってないようだし」

「うへえ」


 私がそう言うと、鋼侍はあからさまに嫌そうな顔をした。……が、すぐに畳に片ひざをついて立ち上がる。やる気はあるらしい。


「次も鋼侍から仕掛けてくれていい。私にはSPがあるから、何をやっても大丈夫だ」

「……よし、言ったな!」


 あおり文句だとでも思ったのか、鋼侍はいきり立ってつかみ掛かって来る。


「うおっ」「あっ」


 鋼侍の攻撃を紙一重でかわす際、思わず彼のジャージの(すそ)を踏んでしまった。

 バランスを失って鋼侍が倒れる。……いけない。頭を打っちゃう――

 私はとっさに、自分の体を鋼侍と畳の間にすべり込ませた。


 ――バタンッ


 畳に背をついて見上げると、間近に迫る鋼侍の顔と目が合った。

 ふだんは細い彼の瞳が、驚きで見開いていた。


「――鋼侍? ケガは……」

「はわっ! あわわわっ」


 鋼侍は言葉にならない声を叫び、激しくうろたえていた。


 鋼侍の顔は、()でダコのように真っ赤に染まっていた。

 そんな彼の顔を見て、私も今さら現状を再認識し、顔に血が集まるのを感じた。

 ――これじゃ、まるで押し倒されてるみたい――


 ふと、人の気配がした。

 私は仰向けのまま顔を右に傾けて、訓練室の入り口の方を見る。


 ――あっ……。ヤバい、かも……


 そこには(あご)が外れそうなほど大口を開けた父と、ぷるぷると肩を震わせて笑いをこらえている叔母(おば)の姿があった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ