#22 新生活【鋼侍視点】
『――引っ越し、ですか』
俺――破瀬鋼侍が、探索者としてギルド『スター・ウィッシュ』に所属することが決まった日の昼間のことだ。
『ええ、そうよ』
俺はギルドの団長である神楽屋寧々さんから、引っ越しを勧められた。
『今のアパートだと、セキュリティが心配だから……。オートロックもないんでしょう?』
『そうですね。ボロいアパートですから……』
寧々さんの話によると、上級探索者ともなると色んな悪い大人に目をつけられるらしい。この前日の朝に『ブラック・ハンターズ』のスカウトが来たが、アレでもまだマシな方だったようだ。
――俺はともかく、さららを危険な目にあわせるわけには行かない。
『妹さんの学校とウチのギルドから、アクセスがいい物件をいくつかピックアップしておいたわ』
寧々さんが用意してくれた資料には、広くて立派なマンションが並んでいた。
ただし、――――
『…………なかなか、いいお値段ッスね…………』
俺は頬が引きつるのを感じた。
――どの部屋の家賃も、住んでいたアパートとはケタが1つ違う金額だった。
俺がそう言ったところ、寧々さんは首をかしげた。
『契約金があるでしょう? それにこれからA級探索者として働くんだから、これぐらい安いわよ』
そうだ。
『スター・ウィッシュ』と契約した俺の銀行口座には、既に目玉が飛び出るような額の契約金が振り込まれていた。
それまで配信施工員として働いて得た貯金が、吹けば飛ぶようなレベルだった。
……上級探索者って、やっぱ儲かるんだなぁ……
こうして俺とさららは、4年間暮らしたアパートを引き払ってマンションに引っ越すことになった。
†††
「……このピッてやつ、まだ慣れないなあ」
「もう、お兄。お上りさんみたいなこと、やめてよ」
カスミと共に銀座A級ダンジョンの探索をした日の帰り。
マンションのエレベーターに乗るとき、さららに注意されてしまった。
……なんで、エレベーターでもう1回キーをタッチしないといけないんだ? オートロックってややこしいな。
「ただいまー。すぐご飯つくるね」
「おう」
今夜はさららが我が家の食事当番だ。
真新しいキッチンで料理をするのが楽しいのか、さららの足取りは軽い。
やることがなくなった俺は、広々としたリビングに向かう。
大きな窓からは、明々とした新宿の夜景が一望できる。
俺たちの新居は、ここ『グランド・ホライズン』というマンションの21階にある。
都庁から伸びるツインタワーを眺めながら、俺はふとこの1週間の出来事を思い返す――。
……はじめのきっかけは、あの龍ノ顎ダンジョンでのカスミとの出会いだったのだろうか?
この急展開の直接の原因ではないはずだが、あの出会いを忘れてはいけないだろう。
――そのわずか2日後に、あの事件が起こった。
……まあ、やらかしたのは俺だけど。
配信施工員としてルーミエに取材を受けた際に、俺がオークロードをぶっ倒してしまったのだ。
……てっきり、ちょっとゴツめのオークかと思ったら、上位個体だったらしい。
後で聞いたところ、このときの配信動画が原因で大騒ぎになっていたんだそうだ。
たったそれだけのことで、翌朝にはアパートにギルドのスカウトが押しかけて来て、ダンジョン管理局の前で大勢の人々に囲まれる事態になってしまった。
……探索者業界、ヤバいよな。
――で、気づいたら『スター・ウィッシュ』と契約して、再び探索者として活動することになってました……というわけだ。
俺はなにげなく、自分の右の掌を見つめる。
――俺は、E級探索者じゃなかったのか……?
今までは、俺にやられるようなモンスターなんて雑魚だと思ってたけど、逆だった。
俺がめっちゃ強いだけらしい。
『――鋼侍ならS級もすぐだよ』
あのときのカスミのセリフは、お世辞じゃないのかもしれない。
『――しかるべき機関で一度、調べてもらった方がよさそうね』
と、寧々さんは言っていた。
検査を受ければ、俺の強さや探索者資質について何かわかるだろうか?
なんとなく右手をグーパーしてみるが、昔との違いはわからない。
「…………ま、なるようになるか」
幸い、今のところ物事は良い方向に進んでいる、と思う。
少なくとも、当面のお金の心配はなくなった。さららの学費も問題ない。
ともかく俺は、さららの日常と将来を守れればそれでいい。
――――4年前、両親が亡くなったときにそう誓った。
それから俺は、まだ荷ほどき前だった段ボールに手をつけることにした。
「――お兄、ご飯できたよー」
「はいよー」
ちょうどいいタイミングで、さららからお呼びが掛かった。
手に持っていた荷物をコトリ、とリビングのローテーブルに置く。
4年以上前、最後に4人で撮った家族写真だ。
俺はさておき、他の3人は良い笑顔をしている。
天国にいる両親も、俺たち兄妹の新しい門出を祝福してくれている――――そんな気がした。
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