#20 非常識な報告
東京都新宿区にある、ギルド『スター・ウィッシュ』の本拠地にて。
「2時間の探索で、A級モンスター30匹にB級モンスター40匹を討伐!? ――しかも、最初の1匹以外は全部素手で倒した、ですって!?」
その異常な戦果報告を聞いて、ギルドの団長である神楽屋寧々は、目を見開いて驚いた。
寧々の目の前には、気まずい顔をした2人の探索者――天王寺叶純と破瀬鋼侍が立っていた。
「私も少しは手伝ったけど、鋼侍には敵わなかったよ」
「……途中で『怪物の騒乱』に出くわしたのがデカかったッスね」
あっさりした様子で2人は言う。
「怪物の騒乱」とは、ときどきダンジョン内で起こるモンスターの大量発生のことだ。
ダンジョンで生じる危険な異常の1つだが、それに遭遇したにも関わらず、2人ともケガらしいケガはしていなかった。装備の損耗もごくわずかだ。
――S級の叶純はともかく、鋼侍に至っては探索者活動を再開したばかりだというのに。
(……ホントに叶純以上の化け物だっていうの……?)
――ほんの数日前、叶純は鋼侍を指して「自分より強い」と言った。それは、決して誇張ではなかったらしい。
しかも今回、鋼侍はモンスターのほとんどを素手で倒したと言う。
「……じょ、常識が息をしてないわね……」
寧々はこのときになって初めて、鋼侍の規格外さの一部を理解するに至った。
「――まあ、これなら文句なしにA級探索者として認められるでしょう。良かったわね」
寧々は、ひとまずそう言って話をまとめようとした。
ダンジョン管理局の話では、A級探索者として十分な実力を示せば、今の暫定ライセンスを正規のものに更新してくれるということだった。
実力に関しては、これ以上を求められることはないと断言できる。
ただし、話はここで終わらなかった。
「姉さん、それだけじゃないんだよ」
「――え?」
叶純のその言葉に、寧々は思わず身構えた。
(まだ何かあるの……?)
寧々としては、規格外の戦果を聞かされてまだ気持ちの整理が追いついていない状況だった。
これ以上、おかしなことを聞かされてはたまらない。
そんな気持ちだった。
しかし、寧々の内心など知らない叶純は、義務感から発見した重大な事実を報告する。
「鋼侍は、魔素中和剤を服用していないらしいんだ」
「――――は?」
その言葉を聞いて、寧々の思考はフリーズした。
(…………魔素中和剤って、アレよね。私たちがいつもダンジョン探索のときに常備して、定期的に飲んでる――……いやいや、アレを飲まないとかあり得ないでしょ。馬鹿なの、死ぬの?)
魔素の恐ろしさは、探索者でなくとも誰もが知る一般常識だ。
地球在来の生物は魔素にさらされると深刻な中毒症状を起こし、ひどい場合には死に至ることもある。
探索者は魔素への抵抗力が高いとはいえ、ダンジョンでの活動時間が伸びれば発症率も上がる。魔素中和剤が開発される以前において、魔素中毒は業界関係者を悩ます大問題だったのだ。
「…………じょ、冗談よね…………?」
寧々が訴えかけるような視線を叶純の隣に向けたところ、その先にいた鋼侍はそっと目をそらした。
寧々はガックリと頭を下げる。
――どうやら、本当に飲んでいないらしい。
「……もうなんか頭が痛くなって来たわね。今までダンジョンに入って体調が悪くなったことはないの?」
「はい。まったく」
きっぱりと答える鋼侍に対し、寧々は大きなため息をつきそうになるのをグッとこらえた。
(――そういえば……)
ふと寧々は、あることを思い出す。
(瑠依が、鋼侍について「伝えたいことがある」って言ってたわね)
鋼侍の元上司である津川瑠依は、寧々にとって高校時代の後輩だった。
寧々は鋼侍とギルドメンバーとして契約を結んだ後、瑠依からメールを受信していた。
『――破瀬君について、「スター・ウィッシュ」の団長である寧々先輩にお知らせしたいことがあります』
そんな文面だった。
(ひょっとして瑠依は鋼侍のこと、何か知ってるのかしら……?)
頭のいい彼女のことだ。その可能性は十分あるだろう。
――寧々はそう思った。
(確認しておいた方がいいわね。それはそれとして……)
寧々は当面の方針を決めて、2人に伝える。
「健康に問題がないなら、とりあえずそのまま様子を見ましょうか。――でも、鋼侍がおかしいのは間違いないわ。しかるべき機関で一度ちゃんと調べてもらった方がよさそうね」
それを聞いた鋼侍は大げさに驚いた。
「ええっ!? 俺、そんなにおかしいッスか?」
今度こそ、寧々ははっきりとため息をついた。
「ええ、おかしいわね」
「そうだね。間違いない」
この点については、叶純にも異論はなかった。
「そんなぁ……」
この場に味方はいないと悟り、鋼侍はガックリと落ち込んだ。




