#14 スカウト合戦【さらら視点】
探索者ギルド『ブラック・ハンターズ』の訪問という、突然の出来事があった朝。
私――破瀬さららは、お兄に宣言した通り、今日は学校を休むことにした。
これは、その後の話――――。
「……よし、クリアー」
私はアパートの勝手口に人気がないことを確かめた上で、手招きをして、階段で待機させていたお兄――鋼侍兄を呼んだ。
「…………なあ、ここまでする必要あるのか? 俺、有名人でもなんでもないのに」
お兄ののんきな言葉に、私はがっくりとうなだれた。
今の私は私服に着替えた上で、サングラスに帽子を着けて変装をしている。当然、お兄にも伊達メガネと帽子で変装させている。
――ひょっとして、何のためにここまでやってるのか、わかってない?
……いや、わかってなさそうだなぁ……
誠に残念なことに、ウチのお兄はニブいを通り越してアホのようだ。
――私がしっかりしなければ。
「はぁ……、一応ね。スカウトとかに捕まったらめんどくさいでしょ」
「まあな」
「じゃあ、見つからない内に行きましょ」
お兄は見ていないだろうが、私はアパートの正面口にスカウトやメディア関係っぽい人たちが集まっているのをこの目で見た。
いつ誰かがこっちに回って来ても不思議じゃない。
私はお兄の手を引き、地下鉄の駅を目指した。
行き先は、霞が関――ダンジョン管理局の本部だ。
お兄は今日、仕事で本部に呼び出されたらしい。
――今朝のスカウトの件も含め、管理局とは一度しっかりと今後について話をする必要がある。
そう考えた私は、出勤するお兄に同行することにした。
お兄は嫌そうな顔をしていたが、私の意思が固いことを知ると観念したようだった。
†
霞が関。ダンジョン庁庁舎前。
ダンジョン管理局の本部ビルは、上位組織のダンジョン庁と同じ敷地内にある。
「……うそっ……」
「……こりゃあ、参ったな」
ここまで来て、私たちは途方に暮れてしまった。
庁舎前は、ギルドやメディア関係者と思わしき人々であふれ返っていたのだ。
――こんなの、普通じゃあり得ない。
これ全部、お兄が目当ての人たちなの……?
駅から出てきた私たちの様子を、ちらちらと見ている人も多い。
マズい……このまま、ここにいたら……
「――お兄、1回戻ろう」
「あ、ああ」
私たちは一旦、引き返そうとした。
でも、その判断は少し遅かったみたいだ。
「――破瀬鋼侍さんと妹のさららさんですね?」
気づいたときには、カメラやマイクを持った大人たちが私たち2人を取り囲んでいた。
「ち、違います!」
「またまた〜。そんなチャチな変装じゃ、ごまかせませんよ」
私はきっぱりと否定したが、その場にいた多くの人たちの目をだますことはできなかった。
「――なあ、そこを通してくれよ。これから仕事があるんだ」
お兄が正面の人を押しのけるが、すぐそこに別の人が立ちふさがる。
「『クロス・トレジャーズ』の者です。破瀬さん、ぜひ当ギルドの話を聞いてください」
「あ、ウチは『グレート・オーダー』です。どうぞお見知りおきを!」
いつの間にか、私たちを中心として何重もの人の輪ができていた。何人集まってるのか、数える気にもならない。
――ふと、誰かに肩をつかまれ、ぞくりとした。
「やめて! 離してくださいっ!」
「おい! さららに触るな!」
しかし、このとき周りに群がっていたのは、私たち兄妹への配慮など二の次だと思っているような大人達ばかりだった。
「今のお給料の倍、いや3倍出します! どうかウチのギルドに!」
「ウチなら5倍は出せるぞ!」
「ダンジョン放送局の者です。破瀬さん、カメラに向かってひと言お願いします!」
「知るかあぁぁっ!!」
――キキィィーーッッ!
そんな混沌とした状況を打ち破ったのは、やけに大きく響いた車のブレーキ音だった。
「……っぶねぇ!」
「……何だ、この車?」
その車は、人だかりのすぐそばで停車したらしい。
バタン、と大きな音を立ててドアが閉まり、誰かが地面に降り立った気配がした。
「……お、おい。あれって……」
「……ウソだろ。あの人まで出て来たのか……?」
私たちを取り巻く群衆の外側から、ざわめきが広がっていた。
人だかりにわずかなすき間ができて、その向こうに真っ白な高級車の姿が見えた。そこからさっそうと歩いて来る、すらっとした黒髪の女性の姿も。
――あの人は、確か…………
私は、彼女が誰かすぐにわかった。――でも、どうしてここに……?
まるで聖書に描かれたモーセの海割りのように、群がった人々が彼女の前に道を開ける。その道は、私たち兄妹のところまでまっすぐ伸びていた。
――さすがは国内トップレベルの探索者。オーラが周りとは段違いだ。
「あー! あんたは!」
視界が開けたところで、お兄が彼女を指差し、すっとんきょうな声を上げた。
……もう。恥ずかしいから、やめてくれないかなぁ。
だけど、指を差された彼女はそんなお兄に歩み寄ると、柔らかくほほ笑んだ。
「――やあ。あのときは助かったよ」
彼女――S級探索者「カスミ」――のそのひと言に、周囲は色めき立った。
「……あの男、カスミと知り合いなのか!?」
「……いったい、どういう関係なんだ?」
それは私も聞きたい。
驚いたのは私も同じだ。
お兄は、いつの間にカスミさんと知り合ったんだろう?
……まさか、一緒にS級ダンジョンに行ったわけでもあるまいし。
群衆のざわめきをよそに、カスミさんは私たちに優しく手を差しのべる。
「……面倒なことになっていたようだね。私が来たから、もう大丈夫。――さあ、行こうか」
その姿は私たちにとって、まるで救いの女神のように映った。




