表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/87

#13 勧誘【鋼侍視点】

 「ルーミエ」という探索者の取材配信に協力した翌朝のことだ。


 俺――破瀬(はせ)鋼侍(こうじ)――と妹のさららは、アパートでいつも通りの朝を過ごしていた。


「――じゃあ、私そろそろ学校行くね」

「おう」


 キッチンで洗い物をしていた俺は流していた水を止め、さららの登校を見送ることにする。

 テキパキと支度をしながら、さららは鼻歌を歌っていた。


 ――なんか、昨夜から機嫌(きげん)が良さそうだな?

 ……何かいいことでもあったのかな?



 ピンポーン



 2人で玄関に向かっていたとき、まるで(ねら)いすましたかのようなタイミングで呼び鈴が鳴った。


 ……朝っぱらから珍しいな。


「さらら、俺が出る」


 誰が来たのかわからんが、何かの営業とかだったら、男の俺の方が断りやすいからな。

 玄関のドアを開けると案の(じょう)、ぴっちりしたスーツ姿の男が名刺を構えていた。


破瀬(はせ)鋼侍(こうじ)さんですね。私、『ブラック・ハンターズ』のマネージャーをしております、菱田(ひしだ)と申します」

「はあ……」


 菱田と名乗った男は、なぜか俺の名を正確に知っていた。


 ――うさんくさい


 そう思った俺は、差し出された名刺を受け取ることはしなかった。


 『ブラック・ハンターズ』という名前には聞き覚えがあった。

 確か、最近A級に格上げされた探索者ギルドだ。他のギルドに対する強引な引き抜き工作がネットで話題になっていた。……あの件は、裁判沙汰にまでなったんだっけ……


 ――そんなギルドが、しがない配信施工員でしかない俺に、いったい何の用だろうか?



 …………えっ? 探索者ニュース?

 見てないよ、そんなもの。興味ないし。



 俺が名刺を受け取らないと見ると、菱田はサッとそれをポケットにしまった。


 ――その次に菱田が放った言葉は、俺にとって全くの予想外だった。



鋼侍(こうじ)さん、ウチで探索者としてデビューしませんか?」

「――――!」



 その単刀直入な誘い文句に、俺は完全に意表を突かれてしまった。


「……俺が、探索者に……?」


 驚く俺の様子を見て、菱田の目がきらりと怪しく輝いた……ような気がした。


「ええ。あなたの実力なら、すぐにでもウチのエースになれます。年収1億はカタいでしょう」

「1億っ!?」


 年収1億――非常に魅力的なその文句に、俺は自分の目が「¥」マークになったように感じた。


 すると、菱田の表情が急に同情的なものに変わった。


「……どうやら、ご自身の価値を正しく理解されていないようですね。これまでダンジョン管理局で搾取(さくしゅ)されてきたのでしょう。あなたの今の境遇は不当なものです。あなたはもっと相応(ふさわ)しい場所で、相応しい待遇を受けるべき人だ。ウチにはその用意があります」

「そ、そうですかね……?」


 菱田にベタ褒めされたことで、このときの俺はちょっと気を良くしてしまっていたかもしれない。


「ええ。よろしければ、こちらの契約書にサインを――」

「ストーーーップ!!」


 俺が菱田から契約書を受け取ろうとしていると、間にさららが割って入って来た。

 このとき、菱田がチッと舌打ちする音が聞こえたような気がする。


 …………ハッ! イカンイカン。完全に相手のペースに()まれていた。


 我に返ったところで、俺はさららの手で後退させられていた。


「もう、お(にい)! いきなり契約の話なんかしちゃダメでしょ!」

「す、すまん……」


 さららに詰め寄られ、俺はたじたじとなって謝る。


 さららはくるりと菱田に向き直り、物怖じひとつ見せずに言う。


「すいませんが、兄はいま冷静ではないようなので、一旦お引き取りください」


 急に話の風向きが180度変わったことで、菱田は目に見えてあわてた。


「そ、そんな……! もう少しだけ、詳しい話をさせてもらえませんか? よければ、妹さんもご一緒に……」


 菱田がすがるような顔で訴えるが、さららは眉根を寄せて目を丸くする。


 ――は? この人、何言ってるの?


 そんな、さららの心の声が聞こえたような気がする。


「私はこれから学校なんです! 資料とかあるんだったら置いて行ってください。ほら、早く!」

「クッ……!」


 菱田は苦虫をかみつぶしたような顔をしながら、先ほどの契約書をふくむ資料一式をさららに手渡す。


「良いお返事をお待ちして――」


 バタンッ!


 玄関から1歩外に出た菱田が言い終えるより早く、さららはドアを閉めてガチャリと鍵を掛けた。


 しばらく、その場は沈黙に包まれた。


「…………さ、さらら。助かったよ。……ごめんな。俺ちょっと舞い上がっちゃって……」


 俺は遠慮がちに、さららの背に声を掛けた。


 ――どうやら妹は俺が知らない間に、俺なんかよりよっぽどしっかりした子に育っていたみたいだ。


 すると、さららはドアから手を放し、ゆっくりと振り返る。


「あー、ビックリしたぁー……。ギルドのスカウトって、こんなに早く来るんだねぇ」


 さららはホッとした様子で、胸に手を当てて大きく息を吐いた。


 さっきは勢いで押し切っていたが、やっぱり緊張はしていたんだな――――


 ――――って、あれ…………?


 こんなに早く来る(・・・・・・・・)…………?

 それって、スカウトが来ること自体は、わかってたってこと…………?


「おい、さらら。それってどういう――――」

「お兄。私、今日、学校休むね」

「――は?」


 俺が質問するより早く、さららは更に予想外のことを言い出した。


「だって、さっきみたいな人、まだまだこれからたくさん来るでしょ? お兄ひとり放っておいたら、どんな契約つかまされるかわかったもんじゃないし」


 ――とりあえず、俺にさららからの信用がないことはよくわかった。


 ……だけどその前に、いま何が起こってるのか、誰か俺に説明してくれないか……?





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ