30
「……悲劇だな村田殿。この『世界の終わり(年度末の終了)』と共に、貴殿という名の精強な騎士もまた荒野に放り出される運命にあるとは……」
健二は事務所からの帰りに、駐車場にいた漆黒の高級馬車の主・村田を憐れみの目で見つめながらつぶやいた。彼にとって3月末での
雇い止めは「世界の理による一方的なマナの遮断」だった。事務員から年度内に予算を使い切るという「子供のような論理」を聞かされた今、
健二はこの不条理な資本主義のシステムそのものに勇者としての深い絶望を抱いていた。
(……哀れな村田殿。あれほど高級な馬車の『維持費(魔力)』を払い続けるには、絶え間ぬクエスト受注が必要なはず。職を失えばあの馬車も
虚無の王に召し上げられてしまうだろう。せめて最後に勇者として慈悲の言葉を掛けてやるか……)
健二は重々しい足取りで村田のレクサスのボンネットに腰を下ろした。
「……案ずるな。職を失い、漆黒の馬車を奪われ、路頭に迷うことになっても……俺だけは貴殿の戦いを見ていた。4月からの
『暗黒の無職期間』を共に耐え抜こうではないか!」
村田はスマートフォンで競馬の予想をしていたが、慌てて顔を上げた。
「お前そこ座んなよ! それと何だって? 誰が職を失うって?」
「フッ、隠すな。事務員に聞いたぞ? 役所の小遣い事情により4月から我らの仕事は消滅したのだろう?」
それを聞いた村田は鼻を鳴らすと、再び競馬の予想画面に目を落としながら言った。
「あー、お前みたいな『無資格の新人』はそうだろうな。でも俺は4月からも普通に出勤だよ。別の大型現場が決まってるしな」
「…………ッ!?」
健二の背筋に戦慄の衝撃が走った。
「馬鹿な……!? 世界の理は平等にマナを絶つはずだ! なぜ貴殿だけがその『停滞の理』を回避できるというのだ! いかなる禁忌の魔術を使った!?」
「魔術ってなんだよ。普通に『交通誘導警備業務2級』の資格だよ」
村田は制服の胸ポケットから誇らしげに一枚のカードを取り出した。
「これ持ってりゃ現場の配置基準で絶対に必要になるんだよ。会社も資格持ちは手放さねぇからな。お前みたいにただ立ってるだけのやつと違って、
俺には『スキル』があるんだよ!」
「……コウツウ・ユウドウ・ニキュウ……」
チートスキルを披露するかのようなイキった態度で話す村田に対して、健二はその無機質な文字列を呪文のように呟くことしか出来なかった。彼の脳内では
そのカードは黄金のオーラを放つ「帝国守護騎士の認定証」のように見えていた。
健二はそれをどれほど世界が不況(闇)に包まれようとも持ち主の雇用(生存)を永久に保証する、卑怯なまでの「パッシブスキル」に感じていた。
「……おのれ、なんという理不尽。なんというチートスキルだ!!」
健二は刀身が折れた聖剣を抜き放ち、その切先を村田に向けながら叫ぶ。
「貴様……! 結局はこの世も異世界と同じで『天賦の才』を持つ者だけが優遇されるゲームだというのか! 俺がどれほど魂を削り、
聖杖(誘導灯)を振るい、世界の平穏を守ろうとも、その薄っぺらな板一枚を持つ者に敗北するというのか!?」
「いや、お前も2級受けて取ればいいだろ。2日間の講習とかでいいし……」
「黙れッ!! そのような『既得権益』という名の甘い汁を吸う者の言葉など聞きたくない!」
健二の瞳には激しい怒りと不公平感の涙が溜まっていた。自分は「勇者」という名の最高位ジョブについているはずなのに、現実という名の社会システムは
彼を「無資格・未経験」という名のスライム以下として処理しようとしている。一方、自分より明らかに不真面目な村田(ギャンブル狂)がその
「ニキュウ」という名のチートスキル一つで安寧の春を迎えようとしているのだ。
「……壊れている。やはりこの世界のゲームバランスは根底から崩壊しているのだ!」
健二は村田の漆黒のレクサスを睨みつけた。この馬車が傷つかないのも、4月からも仕事があるのも、すべてはその「スキル」という名の
あまりに世俗的で強力なプロテクトのせいだったのだ。
「……いいだろう。村田殿よ、俺がこの地に魔力が届かず干え果てる時、貴殿は独りその漆黒の馬車を駆って優雅に戦場を闊歩するがいい。だが
忘れるな……! 真の勇者はシステムが与えた称号など持たずとも、己の意志のみで戦い続けるのだということを!!」
健二は地響きを立てるような足取りでいずこかへと去って行った。村田はその後姿を見て「最後までわけわかんねぇ奴だったな……」と
呆れたように呟いた。佐藤健二は「スキルの差」という名の妄想では決して埋められない残酷な現実を突きつけられた。健二は自分が
「ニキュウ」を持っていないという事実を「勇者の称号を侮辱された悲劇」として認識し、ますますこの世界の理を憎み始めていた……。




