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「癒しの神殿」の最奥。佐藤健二は震える手でその「上位ポーション」を
老魔術師・山岸の机の上に置いた。ペットボトルの中で揺れる茶褐色のドロドロした液体。それは河川敷の泥と
得体の知れぬ雑草の怨念が煮詰まった、もはや「呪物」と呼べる代物である。しかし魔力の高まりで瞳孔の開いた健二の瞳には
それは神々しい輝きを放つ至高の一品に見えていた。
「……老魔術師よ、鑑定を頼む。俺の全魔力を注ぎ込み大地の息吹を凝縮した『ハイポーション:試作零式』だ。これを売れば
我が魂を救うための軍資金(50万円)が手に入るはずだ!」
山岸院長は眼鏡の奥の細い目をさらに細め、そのペットボトルを手に取る。そしてキャップを開けた瞬間、診察室に
ドブ川の汚水を煮込んだような鼻を突く凄まじい悪臭が充満する。背後に控えるやる気の無さそうな新しい看護師(田中の後任)が
あまりの臭いに嗚咽を漏らしてどこかへと駆けて行った。
だが、山岸院長は表情一つ変えずその悪臭を深く吸い込んだ。そして次の瞬間――。
「……フンッ!!」
山岸はその「ハイポーション:試作零式」をゴミ箱へと投げ捨てた。ガンッ、という鈍い音と共に、ペットボトルは
綺麗にゴミ箱へとシュートされる。
「……な、何をするッ!?」
思わず健二は絶叫した。そして顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
「俺の、俺の叡智の結晶が! 魂を救う唯一の希望が! どういうつもりだ、老魔術師よ!!」
健二は椅子を蹴り飛ばし山岸の胸ぐらを掴もうとした。激しい怒りが健二の体を突き動かす。
「……みっともないぞ、静かにしろケイン殿」
山岸の声は静かであったが氷のように冷たく、そして鋭かった。彼は健二の腕を軽く払い除けると椅子に深く腰掛け顎を上げた。
「鑑定の結果を教えてやろう。それはゴミだ、ただの汚水だ。そんなものに価値を見出し金に換えようとするその『浅ましい精神』こそが
今の君の魂の最大の不純物であると何故気付かない?」
「なん……だと……?」
「失望したぞ勇者ケイン。さきほど君は何と言った? 『これを売って魂を救う軍資金を得る』だと? 笑わせるな!」
山岸は机を激しく叩いた。その瞳には狂気が混じっていたが、確かに「教育者」としての熱を帯びていた。
「勇者が自分の為だけに自らのスキルを使って金儲けを企むとは何事か! 魂を救うだと? すでに君の魂は骨抜きにされている! 資本主義という名の
甘い毒によってな!」
健二はその言葉の暴力に雷に打たれたような衝撃を受けた。
「……なんということだ!」
「君がすべきは汚水を売り歩くことではない。その『雷神の杖(ビニール傘)』を手に取り、偽りの世界を破壊することだ! 君の魂は君自身の力で
取り戻さなくては意味が無い! 勇者が相手の得意とする経済システムという名の檻の中で、行儀よくルールを守っていて勝利が得られると思うのか?!」
山岸の叱責は健二の思考をより過激で、より暴力的な方向へと向かわせるための方便であった。山岸は健二に「近代的な解決策」を禁じ、
「自力救済(暴力による解決)」を命じたのだ。
山岸のその言葉に健二の瞳から迷いが消えた。代わりにドロドロとした暗い炎が灯る。
「……そうか、そうだったな。俺は……俺はいつの間にか資本主義という名の魂の『呪縛』に膝を折っていたようだ」
健二はゆっくりと椅子から立ち上がり、壁に立てかけていた「雷神の杖」を掴んだ。その手はもう震えていない。
「老魔術師よ、礼を言う。俺の眼は今、完全に開かれた!」
「行け、ケイン殿。君の清廉たる物語に資本主義の汚れを持ち込ませるな」
健二はうなずくと一言も発さず診察室を後にした。決意に満ちた彼の足取りはまるで死地へ向かう兵士のそれであった。入れ違いで
診察室に帰ってきた看護師が、能天気な声で山岸に問いかけた。
「あ、さっきの臭い汁ゴミ箱に捨てたんですね。じゃあゴミ袋交換して窓開けて換気していいですか?」
「ああ、よろしく頼むよ」
山岸は看護師が鼻をつまみながら回収したゴミ箱の汚泥入りペットボトルを一瞥すると、ふいに笑みを浮かべた。
「さて、彼の美しい物語がどう完結するか。楽しみになってきたね」
その頃、佐藤健二は降りしきる雨の中、新宿へと向かっていた。当然だが50万円は用意していない。錬金術師を名のるあの男を討ち取るためだ。
勇者ケインの物語は最終空想へと向かっているのか? それはまだ誰にも分からない。




