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「……忌まわしき転生者よ。今、我が肉体を汚す貴様の卑しき魂を根こそぎ焼き払ってやる!」
佐藤健二はネットカフェという名の「叡智の集積所」で血走った眼をモニターに向けていた。未だに残る風邪の後遺症による眩暈は
ディスプレイの放つブルーライト(禁忌の魔導波)により悪化している。だが、健二のガラケーはインターネットへの接続契約をしていないので
仕方がない。彼にはそれほどの犠牲を払ってでも成し遂げたい目的があった。
健二は検索窓に『転生者 魂 滅ぼす 呪術師』『憑依 追い出す 秘儀』といった、現代の検索エンジンではSEO対策により関係ない結果しか
出ないであろうワードを叩き込み続けた。もはや広大な電脳の海(WEB)でさえ、今や資本主義の走狗である大企業に掌握され、本物の
「魂の処刑人」の手掛かりは容易に姿を現さない。
出てくるのは胡散臭い霊感商法か、あるいは彼が憎むべき「知識チート」が満載の転生者が活躍する創作物語ばかりであった。
「……くっ、奴らめ。情報統制まで敷いているのか? 転生者どもの力、これほどまでとは……」
絶望しかけたその時、画面の隅で不自然に輝くバナー広告が彼の視界に飛び込んでくる。
『現代の錬金術師が教える、魂の等価交換――貴方の人生を黄金に変える、真理のセミナー!』
「……錬金術? 魂の……等価交換!」
健二の脳内でバラバラだったピースが彼に都合よく一つに繋がった。錬金術とは物質の構成を組み替える術。ならば
俺の肉体に定着しつつある異界の魂を別の「何か」へと組み替えることも可能なはずだ。
健二は早速、セミナーの会場である新宿の雑居ビル「黄金の変容塔」へと向かった。会場は安っぽいアロマのような匂いが立ち込める
会議室だった。そしてそこに集まっていたのは死んだ魚のような目をした中年の男女、一方で壇上にはそれとは真逆の一攫千金を夢見るような
ぎらついた目をした若者――その光景は健二の目にはまるで「生贄を対価に悪魔を召喚する儀式」のようにも見えた。
時間になりセミナーが始まると壇上の若者たちの中から仕立ての良いスーツを纏い、自信に満ちた笑みを浮かべる男が前へ歩み出る。その男こそが
現代の錬金術師を自称する者、「神崎」であった。
「皆さん、この世のすべてはエネルギーです! 富も、健康も、そして『金』でさえも、私の開発したAIシステムを用いれば無限に増やすことができる! これが
現代の錬金術、すなわち『自動トレードシステム』なのです!」
健二は最前列で神崎の言葉を一言も漏らさぬようメモを取った。
(……なるほど。一個人では感知できない数字の揺らぎをAIが感知することによって損失を回避し、確実な利益を出す。つまりは魂の質量を数値化し
自動で処理する暗黒魔導ということか……。この男、相当に名のある術師に違いない!)
セミナーが進むにつれ、神崎の熱弁は加速する。
「たとえば今、このシステムに50万円を投じることで貴方の魂は『鉛』のような労働から解放され、自由という名の『黄金』へと
昇華されるのです! 驚いたでしょう? たったの50万円でですよ!」
「……待てッ!!」
健二が叫びながらパイプ椅子から立ち上がった。突然のその叫びに会場に戦慄が走る。そして健二は「雷神の杖(ビニール傘)」を神崎に向けながら再び叫んだ。
「高名なる錬金術師よ! 我は黄金などどうでもいい!! 聞きたいのは一点のみだ。貴殿のその術で我が肉体にこびりついた
『異界の魂』をデリートすることは可能か!?」
想像もしていなかった訳の分からない質問に神崎は一瞬、呆気に取られた。だが彼はプロの詐欺師――もとい錬金術師だ。健二のような
「おかしな客」も訪れることがあるため、その扱いには多少の慣れがあった。
「……なるほど。『異界の魂』を取り除きたいというわけですか。ええ、もちろん可能ですとも。我がシステムに組み込まれた
優秀なアルゴリズムは、株式市場のみならず不要な『魂』ですら容赦なく排除いたします」
「おおっ! これはなんという頼もしい発言か!」
健二は歓喜に震えた。不要な『魂』を容赦なく排除。なんと禍々しくも頼もしい響きか!
「……ですが、佐藤さん。それには膨大な『触媒』が必要です。そう、先ほど申し上げた50万円分の仮想通貨では到底足りません。実は魂は
純金に引き寄せられるのです」
「なにッ! 純金だと?!」
健二の資産など警備員のバイトで得た現金が数万円のみで、IT企業時代の貯金残高は使い果たしてしまっていた。なので、そもそもの前提である
50万ですら今の彼にとっては「世界樹の雫」を数滴集めるほどに困難な所業であった。
「……クッ、ここでもやはり『資本主義』という名の呪縛が立ちはだかるのか!」
健二は歯を食いしばりながら走って会議室を飛び出した。後ろから神崎の「担保があれば融資の相談もお受けしますよ!」という
悪魔の囁きが聞こえてきたが、そもそも健二は価値のある不動産などは所有していなかった。
外はいつものように雨が降っていた。健二は無力感を抱きながらビル街の隙間に落ちる汚れた雨水を見つめる。
(……自身を救うための力ですら金銭という名の呪物でしか手に入らぬとは。この国で資本主義という呪縛に毒されていないのはやはり俺だけなのか……?)
もう何度目かも分からない深い孤独を感じる。世界どころか自分を救うためにすら必要なのは「勇気」でも「正義」でもなく、ただの「紙切れ」なのだ。
「……やはり『資本主義』は壊さねばならん。この狂った世界の理から民心を解き放つのだ!」
またしても大仰な決意を口にする佐藤健二だったが、腹が鳴ってそんなことはすぐに忘れてしまった。思えば朝からまともに食事をしていない。
健二の魔力の高まりがこの世界に何をもたらすのか? それとも結局は何ももたらさないのか? その答えは未だ闇のままであった。




